かいめい.1
「ようやく仕事が終わって、盛大に皆で打ち上げと行きたいところだけど……柴崎君、始めてちょうだい」
ぽつんと一人で居る時は、別段の思いもなかった新聞部の部室が、
今はとても窮屈に感じられる。
それは、かさばるような巨体を無理に押し込める秋山呉介の所為であり、
急遽助っ人としてスカウトされた赤眼の美少女、市原繭が居るお陰でもある。
「部外者の私が、本当にここに居てもよろしいのでしょうか?」
「もう何言ってんのッ! マユちゃんが手伝ってくれたから新聞が無事に完成したの。皆が感謝してるんだから。それにコレは、マユちゃんにも知る権利がある。ん? それだとなんか偉そうだな。――違う違うッ! マユちゃんにも知っていてほしい! 同じ、〈ヨット高新聞部〉の仲間として!」
そう言って、ナツキはマユに笑いかけた。
僕たちは、ありとあらゆる偶然が折り重なった結果、一同に会している。
ひとつでもボタンを掛け違えれば、おそらく現在はなかったろう。
僕は、ここに集った仲間の顔をゆっくりと見渡して、口を開いた。
「これまで僕は皆の力を借りて〈ヨット高七不思議〉を調べていました。これは我が〈四戸高等学校〉に話し継がれている噂話です。噂という性質上、それは時代を経るに従って原型とかけ離れて行きます。ですから現在の形を辿っていても、いつまで経っても中心部には辿り付けません」
部屋の隅に追いやられたホワイトボードを引き寄せると、
僕はマジックペンの蓋を取った。
「これはそのひとつ、〈歩き回る少女〉に関する目撃談です。かなり重複する部分が多いので、似たような証言は割愛します」
黒髪を腰まで伸ばした大人の女性。
白い服を着た少女。
悲しげな表情。
恐ろしい顔を向ける鬼女。
西欧の女性。
血のように赤い振袖姿。
光の集合体ような。
窓から消える。
腕を引っ張られて向こうの世界に引きずり込まれる。
呪文を唱えると助かる――
「一方では“大人の女性”、また一方では“幼い少女”。あるいは服装であるとか仕種であるとか、矛盾した点が頻繁に出てきます。これは僕の推測ですが、学校に現れる幽霊は、少なくとも“二体”存在します」
突然、呉介が声を荒げた。
「おいおい、ユーレイとかマジに言ってんのかよ。しかも、ふたつ!? ははあ。とうとうイカレたか柴公、そんなのこの世に居るワケねーじゃん。もし居るんなら今すぐに、ここに来るようにメールしろよ。アドレス聞いてんだろオマエ」
くくく、とそれから楽しそうに呉介は笑う。
「……あれ?」
笑っているのは彼だけだ。
景山部長もマユも、昨日【公民館】に同行したナツキはもちろん、
榮倉先輩に至っては顔色がまだスッキリしない。
「ちょっと皆マジすか。ナツキもそう思ってるワケ? マジ?」
「えっと秋山君。その……見たのよ私、学校じゃないけど昨日、町の【公民館】で“それらしいモノ”」
呉介は、徐々に表情を引き攣らせていった。
マユが口を開いた。
「この世には、科学では解明出来ない事象がいくつもあります。私たちの理解が及ぶのは、私たちが認識する世界のごく一部のことだけ。幽霊というのは、私たちが便宜上そう呼んでいるに過ぎなくて、だから幽霊だとかオバケだとか、私たちの常識では考えられないようなことが日常で起こるのは珍しいことではない。だって、それは“その人に見えないだけ”なのだから! これは私の大好きな作家が、作中の登場人物に言わせたセリフですけど」
便宜上付けられる名前――幽霊。
その一括りにするから本質を見失うのだ。
僕たちは、そこに覆われたマヤカシをひとつひとつ見極めなければならない。
「――話を戻します。目撃談に出て来る〈歩き回る少女〉の容姿については統一を計る必要がありました。“少女”か、“大人の女性”であるか。しかし〈歩き回る少女〉と呼ばれるからには小さな女の子である可能性が高い。そもそもどうして混同されていたのか――ひとつ、それについては思い当たる節があります」
僕はナツキを見た。それを教えてくれたのは彼女だ。
「ああッ! 〈真っ赤に染まる音楽室〉の殺された女教師ッ!」
ナツキから聞かされた〈真っ赤に染まる音楽室〉の怪奇を、
僕はそのまま説明した。
赴任してきた女教師が、筆舌共に尽くしがたい扱いを受けた後、
同僚に無慈悲に殺される話――以来、【音楽室】には女教師の怨念が憑き、
次々に人々を呪い殺すそうだ。
「それが貴方の考える、大人の女性の幽霊ね」
「はい。しかし、こちらはまだハッキリしたことは分かっておらず、調査中と言わざるを得ません。しかしこの場合、少女の幽霊を追っていくことで自然と分化は進みます。別に〈真っ赤に染まる音楽室〉を調べているワケではありませんから。今回はあくまでも〈歩き回る少女〉に関して知りたいんです」
〈ヨット高七不思議〉のひとつを取り上げただけで、
これほど話がこじれるのだ。更にもうひとつの噂を検証するとなると、
やるべき照合作業が膨れ上がってしまう。そんなのゴメンだ。
――と、景山部長が微笑する。
「な、なにか不審な点でも!」
「いえ違うの、ごめんなさい。ただ、改めて見ると凄いなあと思って。柴崎君の凄いところは、それを頭の中だけで組み立てるところ。だって、そこまで証拠らしい証拠は出てきてないじゃない? よく心が折れないな、って」
真似出来ないわ、とそれから部長は呟いた。
なんだか皮肉のようにも聞こえる。いや、間違いなくそうだ。
それについて少しだけ反論すると、証拠らしいものはあるのだ。
マユに手伝ってもらってなんとか調べ上げた周辺の郷土史。
……しかし、やはりそれも想像に過ぎないか。
そういった“背景”があるだけで、それに繋がる“物的証拠”は存在しない。
「ごめんなさい。悪意はないから続けてちょうだい。それから貴方たちは、この学校の歴史を調べたのよね?」
「はあ。でもそれは部長たちも御存じでしょう」
「ダメよ焦らないで。今回それは大きな要素になっている。順を追っていかないと見失ってしまう。それに呉君はその時、【図書室】に植物図鑑を探しに行っていて知らないと思うわ。彼にも分かるように説明してあげて」
呉介と視線が合う。
実のところ、イカレ野郎、とこの男にさっき罵られたことを
僕はまだ忘れちゃいない。
「――まあいいです。真新しいことはありませんが聞いてください。この学校の前身は、地元の有志である“一戸清次郎の自宅”だったそうです。これは学校が年一回発行する会報誌、『立蛇の歩み』にその記述が残っていて、鮮明ではありませんが、紙面には当時の【ヨット高】の写真も載っています」
その呉介は、とぼけたようにこちらを見返している。
まるで話し甲斐がない。話が少し複雑化すると、
この男は思考を停止させるらしい。しかし、大人しくていい。
勝手に口を動かすようになっては大変だ。
「昨日僕たちは【四戸町役場】の隣にある【公民館】へと行き、一戸清次郎について話を聞きました。そこの学芸員の白瀬さんによると、清次郎氏には一人娘が居たそうで、そしてその子は“十歳になる前に”急逝しています」
すると僕は、そこから先を継ぐのが恐くなった。
その先もやはり、想像に過ぎないからだ。
「白瀬さんは、その……他とは少し違った人でした」
そう言って僕は景山部長の表情を窺う。部長は普段と変わりない。
そう言えば、彼女から勧められて僕たちは【公民館】へと足を運んだのだ。
「どう違ったの? “その人”は」
景山部長が神妙に問いかける。
部長と学芸員の白瀬は、きっと面識があるはずだ。
「……彼は、モノに宿る記憶を視覚で捉える事が出来るようです。いや、上手い言葉が僕には見つからない。俗っぽく言えば、幽霊が見える、と言いましょうか」
「おう! そりゃなんとも、すんげえヤツだなあ柴公」
「ちょっと秋山君、黙ってて」
「あのな、そんなアホな話があるか。いいかナツキ、それが本当なら一緒にテレビ出ようぜ。ビックリ人間コンテストで優勝間違いナシの、ソイツは逸材だからな。ついでに学校に出る、そのユーレイとやらを捕まえて!」
「もうッ! 真面目に聞く気がないなら出て行ってよ!」
「静かにしなさい」
怒気を孕んだ静かな叱責は、榮倉先輩から発せられたものだった。
先輩は言った。
「あるのよ秋山君。――悔しいけど。私たちが理解出来ないものは、この世にいくらでも存在するらしいの。私だって見たくなかったけど、見たわよ。白いワンピースを着た女の子。幽霊にもちゃんと表情があるのね……こっちを振り返って、悲しそうに去っていった。きちんと“閉められた窓”からね」
思いもしない方角からの砲撃に遭い、呉介はそれきり沈黙した。
榮倉先輩がそれを口にするには少なからぬ葛藤があったはずだ。
――ぱん、と破裂音がした。
小動物のように驚いて跳ね上がるマユがここから見えた。
「休憩しましょう、再開は十分後。呉君はそれまでに集中力を補給しておいて。ややこしくなるのは、きっとこれからだから」




