しょうごう.9
タキシードを着た一戸清次郎氏の隣で微笑んでいたのは、
日本人が持つ黒とは違う、明るい瞳の色――
そしておそらく金か銀の鮮やかな髪色――
それは褪せたセピア色の写真でもはっきりと確認出来る。
そこに映る美しい彼女は、間違いなく“遠い異国の女性”だ。
と、絹を裂くような悲鳴が上がる!
永遠にも思える館内の静寂を切り裂いたのは、
未だ年端もいかぬ少女のもの。
突拍子もない叫び声。
飛び上がった心臓を無理に押さえつけ、
まったく言うことを聞かない両足を引きずりながら僕は
急いで廊下に飛び出た。
二人の姿がそこにある。
ずっと遠くで虚空を見つめたまま尻もちを突き、
まるで存在を確かめ合うかのように彼女らは、互いの肌に触れていた。
「先輩ッ! 加賀さん!」
僕の声など聞こえていないといった様子で、
二人は向こうの壁を注視している。辺りは真っ暗だ。
ぼんやりと光る非常灯が、足元をほのかに照らしている。
「どうしたんですか一体ッ」
床に倒れ込んだ榮倉先輩の肩に手をやると、
彼女はびくっと身体を震わせて、
それから驚いたように僕の顔を穴が空くほどに眺めた。
「柴崎君……?」
「何を見ましたか。身体が震えています」
榮倉先輩は肩に置いた僕の手をそっと引き寄せると、
震える反対の手で向こうを示す。
その先には何もない。
それほど大きい建物ではないのだ。
廊下の端から端までは、十分もあれば余裕でたどり着く。
廊下は一本道で、隠れられる場所などどこにもない。
僕は“その問い”の答えを想像しながら、恐る恐る尋ねた。
「“誰”が居たんですか」
僕の手を痛いくらいに強く握り締め、それから彼女は何度でも呟いた。
「白いの……女の子……」
「女の子?」
「窓から出て行った……小さな女の子」
白い服を着た――
「ここで先輩が見たのは、もしかすると」
「嫌ッ! 言わないでッ!」
握りしめていた手を振り離し、
彼女は半狂乱になって耳を塞いで目を閉じる。
何も見ない、聞かない、そんなものはこの世に居ない!
理解出来ないことは、きっと彼女にとって、
何より恐ろしいことなのだ。
いつも凛とした榮倉先輩はまるで子供のように、
僕の前でずっと震えていた。
ナツキは放心しているのか、先ほどからピクリともしない。
ただじっと突き当たりの壁を目印に、
ふとした拍子に飛んで行ってしまった自身の
『魂』の在り処を探っているようだった。
尋常でない二人の反応は、それを目にしていない僕にまで伝染し、
言い知れない不安を掻き立てる。
ここに現れたのだ。
何が。
そんなの決まっている。
ナツキと榮倉先輩が、ここで目にしたものとは――
「会ってしまったのですね。彼女に」
何もない空間から、哀愁を帯びた男の声が響いた。




