しょうごう.8
放心状態で榮倉先輩は呟いた。それは僕とて同感だ。
――その人は、実在した――
「この人が【ヨット高】を作った偉い人?」
写真の下の経歴に【四戸高等学校】は出てきていない。
地域発展に多大な尽力を果たす、と漠然とした表記があるだけだ。
「それをこれから探すの。彼に関すること全てね」
「待ってください。先輩は何か掴んでいるんですか? 僕が探しているのは、何度も言いますけど〈ヨット高七不思議〉なんです。その中の〈歩き回る少女〉の怪奇現象なんです。学校の歴史や、この町の歴史じゃない。繋がりますか? 一戸清次郎氏と、彼女は」
しかし、それだけの話ではなくなっている。
〈ヨット高七不思議〉は突然発生したのではない。
誕生した時代背景があり、それを話し継いだ先輩があり、
そして今――それに触れている“僕ら”が存在する。
果てしない時間が流れる中で、変わっていないものとはなんだ。
それを確かめるために、僕はここに居るんだ。
すると榮倉先輩は自信満々に宣言する。
「ぷんぷん匂う。私の鼻がそう言っている」
「はあ。勘ですか」
「勘もバカに出来ないわ。何よりその典型的な例が、柴崎君――あなた。私は君と違って思いつきから入ることをしない。まず曲げられない事実があって、そこから取材を進めていく。だからオバケとか心霊とか七不思議だとか、そういった人間の主観に頼らざるを得ないことが私は大嫌い。でも今回は、君がきっかけを作ってくれた。私たちの学校は、元はこの人の私宅だった。それは柴崎君の勘から始まったことでしょう? 過去を遡っていく内に裏付ける事実が次々に出て来た。だからこれは、もう単なる怪奇現象なんかじゃない。私にとっても調べる価値があるの。その……〈ヨット高七不思議〉の真偽をね」
褒められた、のだろうか。
尊敬する人に認められた気がして、素直に嬉しくなる。
「閉館までは残り二十分。ぐずぐずしてる暇はないわ」
そう言って榮倉先輩は時間に追われるようにナツキを従えると、
夕闇に沈む【第三資料室】を足早に出て行った。
そして、一人残される。
二人が部屋を出て物音ひとつなくなった。
薄っすらと埃の層が見える閉め切られた北窓からは、
消え行く太陽の残り火が漏れている。
周囲は薄暗く、足元はすっかりおぼつかない。
「あなたは何をしたんですか」
答える者は誰も居ない。
目の前には唇を固く結んだ故人の肖像があるだけだ。
壁には他にも写真が数点並んでいる。
一戸清次郎氏がイギリスに駐在していた頃のもの。
そこに映る氏は若い。その頃はガッチリとした――と言うよりは、
ふくよかで、むしろ洗練された洋服や高級ワインよりも、
古風な和服と日本酒が似合いそうな、
とても人の良さそうな印象を受ける。
しかし正面の壁に掛けられた晩年の頃と比べると、
そちらの方は見る影もなくやつれ、
いたたまれないような悲壮感さえ漂わせている。
ひとつひとつ、部屋に飾ってある写真を眺めていると、
洋館らしい建物の前でポーズを取る若い一戸清次郎氏と、
その友人らを撮った一枚があった。
氏の上背は頭ひとつ抜けている。
痩せぎすで体格に恵まれていない彼らとは明らかに違い、
西洋人と比べても決して見劣りしない。
そして“次の一枚”を目にした途端、僕の身体は震えた。




