しょうごう.7
綺麗な【四戸町役場】の隣で、
まるで似つかわしくないコンクリート打ちの貧相な建物が、
町の資料館――【公民館】だ。
かすれた白線の内側には洗車を済ませていない灰色のワゴン車が一台、
ぽつんと停まっている。
「……お客さん居なそう」
建物の側面には二階から地上にかけ、痛々しい亀裂が入っている。
色彩は極端に乏しく、その一帯だけ白黒写真を見ているようだ。
きっと、時間が止まっているのだ。
行政に見放され、また人々にも忘れ去られたこの空間が
再び息を吹き返すには別の力が要る。
しかし、新たな風が吹き抜ける気配はない。
「お客さんじゃなくて見学者。私たちは学びに来たの。そうよね柴崎君?」
新聞が完成し、自然と解放感に浸っていた僕は、
それを聞いて気を引き締める。
榮倉先輩は別段意識しなくとも、それを全身で感じているようだ。
「残り時間、三十六分」
か細い腕に光る質素な時計は、華美を極端に嫌う彼女に良く似合う。
榮倉先輩は先頭に立ち、門をくぐると建物の管理人を探し始める。
まるでコマ送りのようにチョコチョコと動く人影を
玄関の硝子越しに眺めていると、向こうで榮倉先輩が手招きする。
「もしかして、もう閉まってたとか。誰か中に居ました?」
「だって六時で閉まるって確かに聞いたもの」
景山から、と榮倉先輩は言った。
今更どうでもいいことであるが、榮倉先輩は部長を名前ではなくて
名字で呼んでいる。
ナツキは周囲の様子を慎重に確認しながら、
おっかなびっくり榮倉先輩の後に続く。
「……ね、先輩。やっぱ怒られますって。こういうのって、なんか書かないとダメなんじゃないですかァ?」
「あのね加賀さん。別に私たち、悪いことしてるワケじゃないの。こういった公共の施設は公開を前提としている場所なんだから恐縮しない」
一部屋ごとにグイと身を乗り出して覗きながら、
榮倉先輩は恐縮しっぱなしの僕らを次々に手招く。
まさに天使のような無邪気さで、
まるで悪魔のように平然と懐に入り込む。
常に大胆不敵な突撃取材ッ! それが『EIKURA』スタイルだ。
と、ある部屋の前で榮倉先輩の足が止まる。
過ぎ去った長い年月を感じさせる、
全体が黄色く変色したプラスティックのプレートには
【第三資料室】と表記されている。
吸い込まれるように消えていった彼女を追い、
僕とナツキも部屋へと足を踏み入れる。恐れは不思議と消えていた。
今の僕らを突き動かすのは、純粋な好奇心だ。
「柴崎君……あれ」
理由はすぐに分かった。
正面の壁に大きく引き伸ばされた白黒写真の前で、
榮倉先輩が立ち尽くしていた。
「元駐英大使、一戸清次郎」
きつく結ぶ薄い唇。天狗のように反り返った大きな鼻。
奥に厳しさをたたえたその瞳は、当時の張りつめた時代感を
醸しているようだ。
そして短く刈り上げられた白髪。鼻の下に蓄えた立派な髭も、
すっかり白い。
金の装飾が施された大きなフレームに収まるその男は、
勲章を光らせた旧日本軍の軍服を着用し、こちらをそっと見返している。
写真の下の経歴には三十一歳で渡英したことから、
五十四歳で氏が没するまで、掻い摘んで紹介されていた。
「やっぱり、本当に居た……」




