しょうごう.6
薄っすらと、夜の帳が降りている。
出番を終えたとばかりに帰り支度を始める太陽は、
僕たちに気付いてはくれない。それほどに僕らは小さな存在なのだ。
北国の短い夏が来るまでは。
高校生活に精を出す僕たちと、太陽との追いかけっこは続く。
自転車に跨った女生徒が二人、進行方向を共にしていた。
唯一の接点とも言える部活を終えると、
あっさりと散り散りになる僕らがだ。
舗装された道路の両側に果てしなく伸びる銀杏並木は、
光の速さでめまぐるしく移り変わる。
幾分冷たくなった夜風を軽快に切って進む彼女たちには、
スカートがはためく様子など、気にもならないのだろう。
縁なし眼鏡を小さな鼻に乗せた、
見るからに快活そうな少女は先ほどから何度もこちらを振り返ると、
そのたびに僕を急かす。
普段の自然体の姿からはあまり想像できない
真剣な彼女の表情は本人の意思とは反対に、
やはり僕にはとても愛らしく映っている。
「閉館時間になっちゃうよッ!」
彼女はそう言って、自転車のサドルから腰を浮かす。
速度は既に恐怖を感じるほどだ。
学校へと続く〈心臓破りの大坂〉は行きこそ辛いが、
帰りは滑るようにして一瞬の内に下っていく。
やがて加速度を増したふたつの車体は見る見る僕から遠ざかり、
そして坂を駆け降りた姿はすっかり小さくなった。
「遅い。どうしてそんなに遅いの。男でしょう」
触り心地の良さそうな真っ黒な長髪を後ろで束ね、
ひとつ年上のポニーテールの少女は実に心地の良い悪態をつく。
「時間は?」
夜風に晒されたその瑞々しい頬が、まるで林檎のように染まっている。
二年とは違う、胸元を飾るスカーフの落ち着いた深い紺色は、
改めて彼女は『大人の女性』なのだと強く僕に再認識させた。
まだ肩で荒く息をする榮倉先輩に僕は尋ねる。
「五時二十分。六時までは、残り四十分」
「そんな、もうないじゃないですかッ。ほら早く急ぎましょう! あと四十分しかない!」
「それだけあると考えましょう。その方が気持ちに余裕が出来る。ほら柴崎君、何してんの。自転車そこに停めて」
まだ熱を持ち、
刷ったばかりの〈ヨット高新聞〉を感慨深げに皆で眺めていたら、
既にそんな時間になっていた。
僅か二日ながら、急遽助っ人として大車輪の活躍を見せたマユは、
仕事を終えたと見るや自宅に電話を掛け、
名残惜しそうに帰っていった。
景山部長と呉介は現在に至っても
“拡大版”の壁掛け新聞の完成を急いでいる。
まさに美女と野獣を地で行く二人を、
静まり返った校舎に残したところで
その『美女』が景山部長である限り心配はない。
その『野獣』がこの世で最も恐れる存在が、彼女なのである。
あの忌まわしきバレンタインデー事件以降、
その傾向はますます強くなった。
風の噂によると、たっぷりと灸を据えられたようである。
自転車組である僕とナツキと榮倉先輩は、
その帰りがてら【四戸町役場】へとやって来た。
レトロな赤レンガ積みの建物が美しい、
駐車場を含めてただ広い【四戸町役場】。
併設された広場の正面には明日行われる予定の、
『四戸商店街さくら祭り』の前夜祭のセットが静かに出番を待っている。
そして少し歩く――。やがて風景は一変する。
そこは明らかに定期的な整備がなされていない、
長らく放置された荒れ地だった。
デコボコで穴だらけのアスファルトの隙間から、
ところどころ雑草が顔を覗かせていた。




