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ヨット高校新聞部!!  作者: 中田 春
異邦人
37/56

しょうごう.5



「木多孝造先生は何者ですか」



 そこに居る景山部長を始め、榮倉先輩、ナツキ、マユ、

 そしてゴツゴツした彼の無骨過ぎる指先には“絶ッ対”に似合わない

 パステルを持った呉介が、

 僕の発言の意図が分からない、といった表情を同時に向ける。


 木多はあの時、景山部長に相談しろと言った。



 もしも自分の手に負えそうにないのなら――



 あの時指摘されたように、

 既に僕ひとりの両肩には背負えそうにないほど、

 この話は膨らんでしまっている。



「ペンシルロケットがどうしたんだよ。ああ、あの昼か。あの時はサンキューな柴公。お前にしちゃあ、かなりいい仕事したぜ」



 そう言って呉介は、方眼紙に向けていた大きな身体を傾けると、

 グッと親指を突き立ててみせる。


「君は口を動かすより、手の方をやる!」


 美しい大量の桜の花びらが、床いっぱいの方眼紙に躍っている。


 描いている途中らしいが、

 白黒で統一された紙面に鮮やかな桃色が映えていた。

 より更に呉介は、その手で桜を散らせるつもりらしい。

 時間が迫っている中で、この男の土壇場の凝り性は

 榮倉先輩を更なるピリピリムードにさせていた。


「ペンシルロケットが何者かなんて、そんなの話好きのオッサンじゃん」


 呉介の手並みに見入っていたマユが、不思議そうに隣のナツキを見る。



「皆さんが話しているペンシルロケットって、一体なんのことですか?」

「それがねえマユちゃん。ムダ知識の宝庫って言うか、いくら話しても話し足りない、とにかく話好きのヘンな先生がウチの学校に居るの。歴史の先生なんだけどね」

「歴史ですか……なんだか楽しそうな授業風景です」

「それが楽しいと言うか、何やってるか途中からゼンゼン分からなくなるんだよね。あっちこっちって、授業が次々に飛んじゃって。受験生には敵だね、テキ!」



 常に粛々と教科書をこなす、無味乾燥な武笠先生の地理・歴史。

 必ずと言っていいほど内容が飛んでしまう、木多先生の地理・歴史。

 この両者は実に極端だ。



「木多先生って……この学校の卒業生よね、確か」



 そう言って、すらりと姿勢よく立ったまま腕を組む榮倉先輩が、

 呉介の作業風景を黙って見つめている景山部長に視線をやる。



「大先輩でしょうね。カレ、学生の頃は“新聞部”だったそうだし」



 新聞部?


「本当ですか部長!」

「それマジすかッ!」


 すると僕もナツキも呉介も、ほぼ同時に驚きの声を上げていた。

 今も心臓が鳴動している。


 その事実は僕にとっても衝撃的だった。


「武笠先生が仰っていたもの。教え子と同じ学校で職を共に出来るのは、とても幸せなことだって、いつか私に話してくれたわ。それに新聞部の顧問をしている先生だから、感慨深さも一入(ひとしお)なんでしょう」

「だってあの人、マキ先生と一緒に吹奏楽部の顧問してなかった?」



 そう言えば――前年の十月に行われた『四戸高祭』の前夜祭の日。

 【メープルホール】に集められた僕ら――

 全校生徒の前で吹奏楽部のコンサートがお披露目された。

 その時、指揮棒を執ってオーケストラを指揮していたのは木多だ。

 繰り出される重厚な音楽に、あの大きな体を上下させていた姿は、

 おぼろげながら記憶に残っている。



「それからあの先生ね、夜な夜な学校中を“歩き回ってる”そうよ。部室の前を、すーって通るもの。音もなく、まるで幽霊みたいに」



 自分で雰囲気たっぷりにそう言って、

 榮倉先輩は気味悪そうに細い両肩を抱いた。



「……ただの見回りじゃないですか? 一番下っ端っぽいし、男だから」


 と、ナツキ。


「だったら声を掛けるでしょ、フツウッ! 何も言わず素通りする? 誰も居ない真ッ暗な放課後に、あれをやられる私の身になってよ! とにかく気味が悪いったらないわッ!」



 十秒前の恐怖を忘れ、榮倉先輩は激しい怒りに燃えている。

 とても感情が豊かな人とは、彼女のことを指すのだろう。


「そりゃ確かに。ヤツは何者だって話だよな」


 うんうんとワケ知り顔で頷く呉介は、今やすっかり描く手を止めて、

 ピンク色のパステルを方眼紙の上に放り出している。



 景山部長が不意に笑った。



「ふふ。柴崎君、もしかして木多先生に何か言われたんじゃない?」


 心の平静が、彼女の発言で再び掻き乱される。


「ペンシルロケットのぶっ飛び発言か?」

「もう、静かにしてよ秋山君ッ!」


 景山部長は笑みを堪え、言った。


「彼、ネコ被ってるから」

「ネコ?」

「楽しんでいるのよ、そうやって。人が困っているところを見るのが好き。まさに教師にあるまじきヘンジンね」



 そう言いきった景山部長と木多との間に、過去に何かあったのだろうか。



「まあ、柴崎君が何を言われたかは知らないけれど、気にしない方がいいわ。誰かを煙に巻くのが大好きな人なの」

「ですが部長」



 景山部長の顔が正面にある。

 彼女は僕に視線を注いでいる。



 他に誰と誰が部室に居たのか。


 僕は彼女と眼が合った瞬間に、

 それら全てを忘れてしまった。



「助けてください」



 だから僕は、自分でも情けないと思えるほどに。

 強い彼女に縋ってしまった。



「僕だけでは無理です。この謎は、解けない。部長の力がどうしても必要なんです!」


「それは、あなたにしか解けない」


 その一言で我に返る。

 あの日――バレンタインデーの時も、

 彼女のたった一言で打ちのめされたことを覚えている。





  これを読んだ貴方は、本当に私を好きになれる? 





「私も七海も、あなたが求める真相には辿りつけない。――だから探しなさい柴崎君。迷いはやがて消えるわ。そして最後に残るのは“真実”だけ」



 最後に残るのは真実。



「多くの人の手によって膨張しきったマヤカシを、一歩一歩近付いて」


 最も間近で眺めるのだ。


 景山部長が掲げる、これは〈ヨット高新聞部〉の信念だ!



「たとえそれが、どんな結果であろうとも」



 そこに〈ヨット高七不思議〉の真相がある。





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