ちょうさ.12
景山部長は武笠先生の話を聞いてから
【四戸町】の歴史に強い興味を持ったらしい。
「忌まわしき土地――四戸。この町は過去に渡って少なくても二度、地図から消えかけている。一度目は江戸から明治期になって、維新政府が強力に推し進めた『明治の大合併』の際。【四戸町】は近隣の町村に吸収合併されるところを、なんとか免れている」
「部長それは……この四――つまり『死』と連想される不吉な名前のお陰ですか?」
かもね、と景山部長はそっけなく言った。
それから調子を元に戻すと部長は力強く続ける。
「そして二度目は柴崎君も知っている、今度の“平成の大合併”の際」
「平成って……さ、最近ですか!」
「何を寝ぼけているの。あなたの住んでいる町だって、隣町と一緒になったばかりじゃない。まさか本当に知らないの? 今は手続きの最中だけど、きっともうすぐ町名が変わるはずよ」
そんなこと、寝耳に水だ。
僕が知らない間に世間は大きく動いている。
もう話そっちのけで、景山部長から僕は講義を受けることになった。
どうして市町村の合併話が今の時機に降って湧くかと言うと、
合併することで国から手厚い財政支援が受けられるらしい。
しかし急にそんなことを言われたところで、しっくりこない。
ただ迷惑である。
「まあその話は、帰ったらお母さんにでも聞いてちょうだい。――柴崎君が指摘した『死』を連想させる不吉な町名。確かにそれもあったかもしれない。でも現実的に見れば【四戸町】が吸収合併されなかったのは、当時の町民の努力と知恵ね。彼らは明治期に入って合併話が持ち上がると、急いで町内に学校を作ろうとした。これが当時としては、とても大きな意味合いを持っていたの。小学校一校の区域に数百の世帯が居ることが、自治体として正式に認められる条件みたいなものだったから」
「部長はそれをどこで知りましたか?」
「私は町の資料館。【公民館】よ。役場の隣にあるでしょう」
確かに……そのような建物があった気がする。
調べものなら学校の【図書室】と思って疑わない自分としては、
今まで想像にすら上らなかった場所だ。
だが、いつの間に調べたのだ。本当にこの人は行動が早い。
「学校を、作る」
そこではっとして、僕はナツキを見た。
すると彼女ではなくてマユと視線が合う。
マユの言いたいことは分かっているつもりだ。
「部長。昨日僕たちは、そこに居る市原さんと一緒に【ヨット高】の歴史について調べ、そして分かったことがあります」
「聞きましょう」
偶然とは思えない、いや思いたくない。
全ての事象が“この方向”へと、ひとつに繋がっている気がする。
「この学校は、元駐英大使――一戸清次郎氏によって寄贈された私宅だったそうです。それに改修を重ねた結果が現在の【ヨット高】です」
この校舎を完全にリフォームしないで
当時の面影を少しずつ残しているのは、
もしかするとそういった背景があるのかもしれない。
この衝撃の事実は、ついさっきまで僕を見下していた榮倉先輩を
殊のほか強く打ちつけたようだった。
「うん。急ごしらえの学校か……。箱モノが既にある状態なら、後は人材だけだものね。その名前は見た覚えがある。一戸、清次郎。地元では高名な有志だったそうね。柴崎君、“実在する”わよその人は」
そうだった。ようやく実体のある人が出て来た。
この件を調べるにあたって、おそらく初めてではないだろうか。
この――“人間”というヤツは。
「いいわ柴崎君、この調子でどんどん進めてちょうだい。もしかしたら来月号のトップで行くかもしれない」
「トップ記事ですか? はあ。いや、さすがにそれはどうかな……」
「七海の、イチャモンさえも蹴散らせる決定的な証拠、これからも期待してる」
それを耳にした榮倉先輩が、
ものすごく嫌そうな表情を作ったのを僕は絶対に見逃さない。
「部長、それからもうひとつ。証拠となるかは分かりませんが、少し引っ掛かることがあるんです」
周囲の注目が集まる。
僕は十数分前の、あのラーメン店での出来事を思い出していた。
「『さくら姫』です」




