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ちょうさ.11



 極上ラーメンを食べ終えて、

 自転車を止めたままの【四戸町役場】に戻ってくると、

 僕の携帯電話のメールボックスと着信履歴が大変なことになっていた。



 青褪め、急いで〈心臓破りの大坂〉を越え、

 新聞部の部室まですっ飛んで帰った。




 ――女の子が、居る。




 いや、元から女の子だらけの我が〈ヨット高新聞部〉であるが、

 いつもの風景に馴染まない“美少女”が、

 まるで当然のように僕の前に居たのだった……。


「あ。帰ってきた」


 ナツキの視線につられて、なんと!

 【図書室】に巣食う怪人『本の虫』こと――市原(いちはら)(まゆ)が、

 小さな顔を静かに上げる。窓を背にしているため、

 彼女の全身は陰に覆われている。

 そんな中で異彩を放つのは、やはり彼女の赤みがかった瞳だ。



 見る者の心を惑わす、その魔性を帯びた妖しい光――



「あれー、俺が来てない間に新入部員?」



 大きな口をあんぐり開けて、

 その男は体格の良い図体をなんとか部屋まで押し入れる。

 呉介だ。なんと彼も付いてきた。

 しかし彼の場合、殊勝な心掛けというよりは、

 スクールバスが来るまでの時間つぶしだったのだろう。



 マユは、センターポジションで黒マジックを握っている。

 いつもなら、そこへは景山部長が入るのだが、

 部長はこちらに一切目もくれず、向こうの机で熱心に書き物をしている。



「へえ。仕事は私たちに任せッきりで、自分たちはどこかで美味しいお食事かしら? イイ身分よねえ」



 ナツキから来たメールは、ほとんどが『榮倉先輩』に関することだった。


「君たち、ニンニク臭い」


 元はと言えば、誰の所為でこんなにスケジュールが詰まっているのか。

 その当人はすっかり忘れているようだ。

 榮倉先輩はまるで汚物でも見るように、

 無意識に体臭を確認し合う僕と呉介を交互に見下した。


 キレている、らしい。

 そのショーコとして僕の携帯電話は先輩の怨念で満たされている。



「ねえちょッと! 柴崎君は向こうで手伝いしてきたんじゃないの? あ! もしかして、私にウソついて二人でサボったんだ。そうなんだあ、やっぱりそうなんだあ!」



 僕と呉介は弁解に追われることになった。

 しかし今のナツキは被害妄想に囚われているようで、

 何度説明しても制服に染み付いた微弱なニンニク臭が邪魔をした。

 ここまでかたくなになるナツキも珍しい。

 果たして、快活な彼女を何が変えてしまったのだろう……。

 彼女はきっと“トラウマ”になるような酷いことを

 誰かにされているはずだ。



「……まあいいわナツキさん。その役立たず共は放っておきなさい。まだ私たちは仕上げが残っているはずよ、そうよね“マユ”ちゃん」



 榮倉先輩はあくまでも小憎らしく、

 黒マジックを握ったままピクリとも動かないマユに

 残りの作業をやんわりと促す。



「マユちゃん? どうかした?」

「は、はいッ! いえ、なんでも!」



 マユは心なしか頬を赤く染め、元の場所に視線を戻す。

 しばらくそのままじっとして、そしてようやくキュッキュと、

 床いっぱいに広げた方眼紙に黒マジックで本書きを再開させる。

 どうして彼女が部室に居るのか、その説明がまったくない。

 そしてなぜ先輩たちは、“彼女”に任せきりなのだろう。

 榮倉先輩などは、ナツキとマユの作業風景を眺めているだけだ。


「あのカワイイ子、誰? 何年生?」


 呉介が小声で尋ねてくる。


「な、いつ入った?」

「そんなの僕も知らないよ。昨日までは居なかった」

「そこッ!」


 すると榮倉先輩はビシッと僕を指差して、

 「うるさい気が散る」と畳みかける。なんて酷い扱いだ。

 サボり魔の呉介はともかくとして、

 真面目な僕まで邪険にされる覚えはない。

 どうやらラーメンを食べている間に、

 僕の知らない劇的な変化が〈ヨット高新聞部〉に起こったようだ。



「ああ、よく来てくれたわ。(くれ)君」



 はっとして、弾かれるように僕は声のした方を見る。

 景山部長が笑みを湛えている。

 皮肉なのか、本気なのか、この人の真意は汲むことが出来ない。



 先生に喫煙を咎められたところで馬耳東風に受け流す――

 そんな恐いもの知らずな豪傑も、

 部長の意味深な微笑に毛の生えた心臓をがっちり掴まれたようだった。


 呉介はすっかり恐れおののいて、ごくりと唾を飲み込んだ。


「そこの、新聞の左隅に“絵”を描いてくれる? 新学期に入って一発目だから……そうね、桜の花びらを散らしてちょうだい。空いているスペースを、あなたの裁量で贅沢に使いきっていいから」

「マジすか? ッて言うか、桜の花びらってどんなのでしたっけ?」

「【図書室】に資料がある」

「うわあ【図書室】ッスか。一度も行ったことねえし。マジすか」

「あなたのために取って置いた仕事なの。存分に絵心を働かせてちょうだい」



 呉介は、なぜか絵が上手い。なぜか、というところを是非強調したい。

 見かけによらずこの男は、驚くほどに繊細な筆遣いをする。

 過去(あの忌まわしきバレンタインデー事件の翌日だ)――

 僕にウリふたつの似顔絵が、

 名前付きで二階の廊下に張り出されたこともあった。

 それに筆を握らせれば、この男は急に大人しくなる。

 泣きわめく子供にオシャブリを与えるようなものである。


「私が、取ってきましょうか?」


 誰の声か分からず周囲を見渡すと、マユがこちらを見上げていた。


「図鑑でいいんですよね?」


 確かに【図書室】に出るとされる噂の彼女ならば、

 植物図鑑が収められている本棚など目を瞑っていても分かるだろう。

 傍若無人の呉介が、それを聞いて少しだけ言葉を詰まらせる。



「それで充分だけど……ッて言うか、今更だけど誰だよ! 俺知らねえし」

「まったくこの男は! 女の子の扱い方も知らないのね。先ずは自分から名乗りなさい秋山呉介! 大体にして君は何様よ。今まで部活に来もしないで、いきなりあんた誰じゃ、スジが通らないってもんでしょう!」



 榮倉先輩にイタイところを指摘されて、

 呉介はぐうの音も出ないようだった。

 どうやら先輩の怒りの矛先は僕から呉介へと移ったらしい。



 榮倉先輩は、まるで我が子をあやし付けるように

 穏やかな印象を終始マユに注ぐ。



「いいのよマユちゃん。このバカは知能は“サル”並みでも、一応は“ニンゲン”と分類されていますから言葉は分かるはずです――ほら、さっさと自分で取りに行くッ!」



 呉介は、散々に罵倒された末に涙を滲ませながら部室を出ると、

 まるで何かに追い立てられるように、

 おそらく誰も居ないであろう【図書室】へと一目散に駆け出した。

 そして、騒がしい男が去った部室は元の静寂を取り戻す。



「さて柴崎君」



 満を持して、景山部長が僕を呼ぶ。




「私と話してくれる?」





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