さわり.1
「今回の貴方の担当、ココ全部だから」
なかったことになったようだ。
仕切り直して、時間はふたたび動き出す……。
「ね、聞いてる? おーい」」
至高の宝石を思わせる、まるで黒真珠のようなふたつの瞳が
僕の顔を覗き込んでいた。
ふわっと広がった彼女の美しい黒髪から、清涼感のある香がした。
「まさか戦意喪失、なんて言わないでしょうね。……気合が足りないわ。ナツキさん、例のモノ。注入棒をちょうだい」
注入棒とは、彼女が自宅から持ってきた長い杓子だ。
元は高級な茶器だったそうな。
この〈ヨット高新聞部〉のヌシである景山部長の邸宅は
僕などは立ち入ることさえ決して許されないような
由緒正しい地元の名家で
たぶん誰だって見たことのないような古道具を無断で拝借してきては
この新聞部の部室を奇妙に彩っている。
あそこに立てかけてある『キアイ注入棒』もそのひとつだ。
「――いえ、聞いてます。やめてください部長。アレ地味に痛いんです」
「またファンタジー世界へ行っていたでしょう。『魂』を浮遊させて、記事でも集めてた?」
彼女が発した『魂』という言葉の響きに
どこか魅かれるものがあった。
「あ、それって便利な機能ッ! 私にも教えてほしいな」
その部屋には僕を除いて景山部長と
そして“彼女”の、容姿も性格も対照的な二人の女生徒が居た。
「柴崎君って得意そうだよね、そうゆうの! 見た目はフツーそうのに、実は特殊な、ヒトには言えないオッそろしー能力を秘めている……とか?」
隣のクラスの同級生――加賀ナツキが嬉々として言った。
少し茶色がかった、目の上で切り揃えられた短い頭髪。
極端に短いスカート丈から覗く、女性らしい丸みを帯びたその太股は
まさか付け根まで見えてしまうのでは? とこちらを常に
ドキドキ・ヒヤヒヤさせる。
そんな彼女を一言で表すならば、“無邪気”である。
その天真爛漫な性格は学年の男女問わず、幅広い層の支持を受ける。
縁なし眼鏡を支える小鼻の周りに可愛いソバカスが広がっている。
「ナツキさん、柴崎君のヤツは“固定スキル”なの。だから誰にも継承できない。彼はファンタジー世界の住人なのよ」
「す、すごッ!」
「……忘れてもらえませんかソレ。また時間が止まっちゃいますよ」
「まったく。締切が迫ってるってのに」
「部長が振った話題でしょうが! 僕は“凡人”ですよ!」
「あ。認めた」
「認めたわね。そう、貴方は“凡人”。じゃあナツキさん、次のセリフを」
「ハイ。――じゃあ柴崎君のその特殊能力で、秋山君を探してくれない?」
なんなんだコノ人たち。
次のセリフってなんだよ。コエーよ。
立ち位置がよく分からない……。




