ちょうさ.7
とにかく注目を集めている。
好奇な視線を痛いくらいに向けるたくさんの人波を、
その男は造作もなくかき分け、強引に中を押し進む。
傍若無人の振る舞いとは、まさにこれを言うのだ。
まるで万力のような、悪友・秋山呉介のとてつもない力で
首根ッこをガッツリ押さえられた僕は2―Bの教室から廊下へ、
そして廊下から階段へと、
今まさに学校中を引き摺り回されようとしていた。
窓から見える今にも泣きだしそうな曇り空が、
より一層気分を憂鬱にさせる。
僕が現在置かれている状況は、六時限目の授業が終わって、
全校生徒による清掃開始直後のことである――
「ちょっと秋山君ッ!」
周囲の異様な気配に気付き、慌てて駆け寄った女の子は
〈ヨット高新聞部〉の加賀ナツキだ。
「何してんのよ」と無頼漢に果敢に問い詰める彼女は、
僕にはとても頼もしく映った。
「おおナツキ。今日は用事があって、俺と柴公、部活休み」
悪びれずにそう言って呉介は、
必死の抵抗を試みる僕の頭をぎゅうぎゅうとやる。
「ダメだよ柴崎君! 今日はとーっても、とーっても忙しい日なんだから! それ分かってるよね? 今日で全部終わらせなきゃ今月号は出ないよ」
そうなのだ。
立ち遅れている今月号の〈ヨット高新聞〉の製作状況。
吹けば飛んでしまうような、情けない字を書いてしまう僕に
大切な原稿の清書は無論回ってこない。
しかし、それなりの役目があるのだ。
今、僕がここを離れるワケにはいかぬ。
「オイオイ、コイツになんの役目があるんだよ。まあ百歩譲ってあるとして、重要度は限りなく低いだろ」
なんと失礼な。
そう僕が抗議しようとすると、呉介は僕の頭をぎゅうぎゅうする。
「ちゃんとあるの!」
強い口調でナツキは言った。
加減を知らない馬鹿力に半ば意識を失いかけながら、
誰かに必要とされる喜びを静かに噛みしめていると
「榮倉先輩の」と微かに聞こえた。
と、さっきまでの圧力がウソのように引く。
軽度の酸欠状態に陥っていた僕の脳は、
ようやく本来の快活さを取り戻し始めた。
「なんだあそりゃ」
「ああもうッ! だから柴崎君が居ないと、榮倉先輩の機嫌が悪くなるんだッてば! ただでさえ今は悪いのに……これでもしも柴崎君が居なかったら、どうなっちゃうか本ッ当に分からないの!」
「じゃあ要するに柴公は、先輩のストレス解消のオモチャってことか」
「平たく言うと、ま、そう言うこと」
新聞の製作を始めて一年が過ぎ、薄々は勘付いていたが
本人を前によく言える。それにしてもオモチャとは……。
心の支え、は言い過ぎにしてもムードメーカーとか、
居ると場が和むとか、もっと適切なタトエがあったろう。
……案の定、呉介は酷くバカにした目付きで僕の顔をジロジロした。
「おいオモチャ」
と、バカにしている。
この男にそれを言われると、心が余計にささくれ立った。
「とにかく秋山君も部室に来なよ。今日は記事が全部出揃って、すッごく忙しい日なんだからさ。皆で協力すれば、すぐにも終わるから」
「いや、ダメだナツキ。こっちには裏切れねえ義理がある。そうだな柴公」
学生の義務を知らねえ男が、裏切れねえ義理を語るには十年早い。
そして、こちらにその“義理”とやらを、
多少水増ししておッ被せようとするこの悪党はなんとも始末に困る。
「ところで一体なんの用事なんだよ。先に言っておくけど、喫煙の手助けなら絶対にしないぞ。僕まで停学になるんだからね」
「さくらだ、サクラ! “商店街の祭りの準備”だよ! だから逃げられなーーい! たった三千円でこき使われる俺とお前。くゥ、泣けてくるぜ」
なんと嬉しいことに(?)商店街の人たちとのハートフルな縁は、
まだ切れていなかったらしい。
しかし、あまり言いたくはないが商店街の会長さんに頂いた
三千円のバイト代は、山ちゃんの焼肉屋に寄った後には
すっかり消失している。
あれから数日が経ち、腹の消化が一段落すると、
呉介が感じる義理の方も僕の中では一段落している。
それに比べてこの悪党は、案外イイヤツかもしれない。
「すまんがナツキ、今日はどうしても勘弁してやってくれ。俺たちが居ないと今週の金曜にやる『四戸商店街さくら祭り』が始まらなくなっちまう。それだと商店街の人間が困るだろ? な、そんなワケでさ」
商店街の人を出されると、やはりナツキの心は大きく揺れ動くようだ。
彼女は【四戸町】の出身だ。その胸中には『牛コロ』を揚げる、
オタフク人形をそのまま現世に召還したような
肉屋の〈赤松〉のおばちゃんが浮かんでいるのかもしれない。
「じゃあそんなワケでヨロシコー! しゃー! やっと許しが出たぞ柴公」
「僕の意見はどこいったッ!」
「は? そんなの聞く理由ねえだろ。ゴタゴタ言ってねえで行くんだ」
「まさか僕らだけじゃないだろうね。この前の二人はどうした? 名前は知らないがあの二人」
すると呉介はただ笑った。
ぷんぷん嫌な予感がする。
「本当に僕らだけなのか! 断られたんだろ、絶対そうなんだろッ!」
「だからお前を連れて行くんだよ」と、
悪党は僕の首根ッこを引き寄せて言った。




