表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/56

ちょうさ.6



「先輩たちは〈ヨット高七不思議〉を調べているんですよね?」



 【四戸高等学校】の会報誌――『立蛇の歩み』は年末に一度発行され、

 生徒の親に配布される。

 恥を承知で告白すると、こんなものがあったとは知らなかった。

 親に見せた記憶もない。

 一般の生徒の手が及びにくい、貸し出しカウンターの奥に

 ずらりと並べられた会報誌は、昨年の冬に出たばかりの最新号から、

 僕の生まれるより前に発行された古文書級のものまである。


 思っていた以上に『立蛇の歩み』の歴史は古かった。


「今はねえ、私たちは〈真っ赤に染まる音楽室〉を調べているんだよね?」


 そこでナツキは僕の名を呼んだ気がした。


「ね、そうだよね柴崎君!」

「え?」

「え、じゃないでしょ。私たちは【音楽室】に出る“自縛霊”を調べているんだよね!」


 じばくれい、と改めて聞くと、なんだかスゴイ。



「これをすることで、それが分かりますか?」



 そう言って、ルビーの輝きを思わせる真っ赤な瞳をマユは向ける。

 僕はしばらくの間、彼女から目が離せなかった。



「先輩?」

「え」

「どうかしたんですか?」



 意識した途端、急激な火照りを感じた。

 しかしマユは無頓着に、先ほどからずっと上目づかいで

 僕の様子を窺っている。


「――いいや。違う違う。僕たちは、ただの噂話が“実体を伴うような記述”を探しているんだ。あの時、榮倉先輩が指摘してくれた、言いがかりに近いようなイチャモンさえも黙らせる、決定的な証拠をね。そうは言っても、そこまで明確なものまでは、さすがに期待してないんだけど。噂は何かのきっかけさえあれば簡単に生まれるものだから」


「噂は、話し手を介するたびに巨大化してしまう。誇張される、と言った方が正しいかもしれません。だから(しず)める必要がある。この場合は“幽霊”という、この世に存在するのかしないのか、明確にならない形を一時的に与えることによって無理やり一般化させた。不安定な状態を、無理にでも解消させた」



 鎮める必要性――武笠先生も同じことを言っていた。

 【四戸町】もそうして形を与えられ、命を吹き込まれ、

 その存在をようやく許されたのだと。

 やはりマユは僕たちの及びもつかない、

 とても高度な思考回路を有しているようだ。



 僕は続ける。


「でも、そこで終わりとはならなかった。噂は次なる噂を呼ぶ。人々が満足な結果を得られるまで、噂は絶えず変化する性質を持つ。それこそ“原型”を留めないほどに。もしかすると僕たちが耳にする〈ヨット高七不思議〉は、そうしたモノの成れの果てかもしれない」



 マユは驚いたようにこちらを見上げていた。

 僕は彼女の貴重な意見をしばらく待つ。――しかし、

 小さくて愛らしい唇は柔らかく閉ざされたままだった。


 やがてマユは、その整った顔をみるみる真っ赤にさせると

 ビックリしたように僕の顔から手元の紙面へと視線を落とす。




 夕暮れが空間を満たしている。



 世界が光から闇へと移り変わる空白地帯(トワイライトゾーン)

 世にも恐ろしい話が生まれるのは、きっとこの時だと思う。

 はっきりとした形を与えられず、

 どちらの世界にも跨って存在している。

 高校生である僕らだって同じだ。



 だが……“ソレ”だけは明確に決まっている。



 これより訪れるのは闇だ――

 紛うことなき魔性を、その内に秘めている――


 だから恐ろしいのだ。


「あったよ柴崎君! ほら見てよ、これこれッ! えっと……『校舎ノ一部ヲ改築』ってここにあるでしょ。なんか怪しくない?」

「ど、どの辺が?」

「だから『一部ヲ改築』ってところ! だってイチブだよ? 少しだけってところが、すッごく、あからさまに怪しい」



 いつもマイペースな彼女が、

 珍しく慌てた様子で差し出した古い紙面には確かにその記事があった。

 目を凝らさなくては確認出来ないほど小さな記述だ。



「きっと隠しておきたいコトがあったんだよ! まさかの殺人事件とか!」

「殺人事件ですか? そんなまさか」



 マユが呆れたように呟く。しかし彼女はどこ吹く風だ。

 思わぬところで才能(?)を開花させてしまった“メイ探偵ナツキ”は、

 まるでそこにあった遠い過去を追体験するかのように、

 長大な貸し出しカウンターの上に指をそっと置く。

 そのまま台の端から端をゆっくり往復し始める。



「――教育方針を巡り、ずっと対立していた理事長と校長。そんな二人は子供時代からの親友で、誰より信頼を置くパートナーだった」



 真面目なマユは、

 どの冊子にそのような記載があったのかを確かめるべく、

 ナツキの周囲に散乱する会報誌を片ッ端から取り上げては、

 目にも留まらぬ速さでページをめくっていく。



「そう――二人には夢があった。それは最高の学校を作ること。若き日の理事長と校長は、互いの理想を熱く語り合い、そして何度も衝突しては、ますます信頼を深めていった」

「そんな隠されたストーリーがあったんですか!」


 ない。きっとない。


「しかし時が過ぎ、互いの心は次第に離れていく。そしてある日、遂に校長は決意する。自分の本心を今一度ぶつけ、かつての理想に燃えた『友』の姿を取り戻すのだ! その覚悟として、胸のポケットには辞表を忍ばせて。そう――校長は辞めるつもりだった。それは生徒が下校して、二人の作り上げた理想の学校はいつもの静かな夜を越え、いつもの希望に満ちた明日を迎えるはずだったあの日ッ!」 



 話のクライマックスを迎えたようで、

 ナツキは急にこちらを振り返ると『ドヤッ!』というような顔で

 僕とマユを見た。



「二人は激しく言い争う。気の短い方がとうとうカッとなって――」

「気の短い方……ど、どっちですか?」

「毛の短い方はいつも校長だけどね。その日に限って誰もいないの。だから目撃者が居ないでしょ? それは当事者のみ知る真相かな。想像してみてマユちゃん。血だらけの床に、だらりと転がる動かなくなった体を、かろうじて生き残った一方がナマのコンクリートに混ぜて教室の壁に――」

「聞きたくない、聞きたくないですそれ。真剣な顔で言わないでください」



 ナツキが最後に見ていた見開きの会報誌を、僕はそっと取り上げた。


「続きに『来年度ニハ、西館ヲ増築予定』とある……どうやら有志による募金で行われたみたいだ。おどろおどろしい事件じゃなくて、単純に生徒が増えて手狭になったから広くしただけじゃないかな。三年生が居る四階だって、後から取って付けたような奇妙な造りだし」



 【四戸高等学校】の四階部分は三年生の広い教室があるだけで、

 規模は他の階の三分の一ほどだ。

 外から〈ヨット高〉を眺めると、まるで帽子を被っているように見える。



「あーあ。やっぱ殺人事件じゃないかあ」



 そう言って、本気で残念そうな顔をする【ヨット高】の歩く天然記念物。

 その無邪気さが、僕はとても恐ろしい。



「この校舎は元から四階建て? って、そんなワケないよねー」

「ああ、それは」


 僕は手にした会報誌の最初のページを開いて二人に見せた。


「これは、この中でもかなり古い『立蛇の歩み』だと思う。この最初のページに写真が載っている。これが〈ヨット高〉の原型だ」



 色褪せて、

 ただでさえ判別不能な紙面に掲載された白黒写真が当時を雄弁に物語る。



「これって……ちょっとちょっと柴崎君! これってホントに“大事なショーコ”じゃないの! そんなのがあるんだったら先に見せてよ!」



 ナツキの指摘はもっともだ。

 どうしてこれを、僕は重要視しなかったのだろう。

 きっと別の方面に意識が向いていたためだと思う。


「窓が」


 するとマユは、吐息が当たるほどに白い頬を寄せ、

 ひとつ、ふたつ、と、僕の隣でゆっくりと数え始める。



「五、六部屋でしょうか。見た感じでは二階建てですから、部屋数はその倍。それほど大きい建物ではないみたいです。中の構造が分かりませんから正確ではないと思いますけど」

「これだと学校ってより、なんだかアパートって感じだねえ」

「あ、待ってください。ここ。ほら、先輩の言ったように家です」


 家? 


 すっかりインクが滲んでしまって文字の解読が酷く困難だった。

 会報誌に掲載された白黒写真の下――


 そこに駐英大使、一戸(いちのへ)清次郎(せいじろう)邸――と、ある。



「どういうこと?」

「文字が滲んでいますが、寄贈、と読めなくないですか?」


 僕はナツキを見た。


「え? え? どういうこと? まるで分かんないんですけどッ!」

「いや、だからさ。この人、元は駐英大使の、一戸清次郎さんの自宅だったんだよ! 僕たちの、この【ヨット高】が!」

「チューエイって何?」


 ――そこからか。駐英とは読んでそのままの、

 イギリスに駐在する人に決まってる。

 現地の大使館に勤めていたのだろう。



「明治の時代に都会ならいざ知らず、こんな田舎に洋館があったなんて、どうしても腑に落ちなかったんです。でも、長く“向こう”に居た人なら!」

「うん。任期を終えて帰国して、それを作らせたとしても不思議じゃない」

「私、今まで知りませんでした。海外旅行が一般的でない過去に、遠い海を越えて外国に行った人が、こんなにも身近なところに実は居たなんて!」

「そうだね。当時としては、その人は流行の最先端に居たんだろうね」



 そう言って、僕とマユは微笑した。

 ひとり置いて行かれたナツキは、

 まだワケも分からず隣でポカンとしている。


 ふと、思い出した。


 今では遠い昔のように思える〈歩き回る少女〉の目撃談。

 これまでまったく共通項を見出せなかった“ある項目”。

 引っ掛かったのは、それが示す“異質性”……。




  西欧の女性。




 もしかしたらそれは――



「繋がった、かも」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ