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ちょうさ.5



 この時間に人気(ひとけ)はない。

 しかし“その怪人”はいつもの場所で、やはり今日も本を読んでいた。


「やっほ。何を読んでいるのかなあー」


 部屋中に響いた明るい声の主に、彼女は心底驚いたようだ。

 『本の虫』こと――一年C組、市原(いちはら)(まゆ)は、

 その小さな瞳を目いっぱい開いて、現れた僕たちを見た。



「あ……先輩たち、また調べものですか?」

「この前はどうもありがとね。ホント助かったんだ、マユちゃん」

「マユ、ちゃん?」



 市原繭は不思議そうに小首をかしげる。

 彼女の首はあまりに細く、少し力を加えただけで、

 ぽきりと折れてしまいそうだった。

 バスケット部期待の一年生――佐々(ささき)加奈子(かなこ)と比べると、

 まるで巨人と小人だ。



 そして何より僕を惹きつけるのは、彼女の飛び抜けた容姿でもなく、

 銀色の長くて艶のある髪の毛でもなく、

 粉雪のように淡く消えてしまいそうな存在感でもなくて――



 他の誰とも異なった、その魔性を帯びた彼女の“妖しい瞳”。



「ね、マユちゃんの目の色、この前から気になってたんだけど、なんだかちょっと赤くない? 充血してる?」

「ああ違うんです」



 するとマユは、血管が透けて見えるほどの、

 自身の青白い右手を西日に翳した。



「私、生まれた時から色素が薄いんです。肌も死んだように真っ青でしょう? 生物学的には、アルビノ、って呼ばれるらしいです」

「そうだ、マユちゃん肌がとっても綺麗! なんか、シミひとつないって感じ!」

「まるで死人みたいですよね」

「えっ。死人って……そ、そんなこと思うワケ絶対ないじゃん!」



 それを耳にしたマユは、ぞっとするほどの美しい微笑を向けた。



「ほ、ほら私ッ! こおんなソバカスだらけでさ、そのなんて言うか、綺麗なマユちゃんがとっても羨ましいなッて!」


 そう言ってナツキは慌てて自身の鼻の周りを指す。


「羨ましくなんかないです。気持ち悪いって自分でも思います。この髪だって本当は――」



 そこで彼女は言葉を止め、なんと忌々しそうに自身の輝く銀色の髪を

 痛いくらいに握りしめる!



「そ、そんなことないッてば! マユちゃんとっても可愛いから、もうクラス中の男子にモテるんじゃない? やっぱ羨ましいなあーッ!」



 こういう時のナツキは、よかれと思ってやること全て、

 裏目に出ることが多い。おそらく、このままだと空回りを続けるだろう。


 僕はなるべく平静を装って、

 まるで噛み合わない二人の会話に入り込んだ。



「――実は、君が最初に予想した通り、また調べ物をしているんだ。この学校の歴史が載った本って、どの棚にあるか分かる?」



 するとマユはナツキに向けていた視線を僕へと移す。


 やはり、赤い。彼女にじっと見つめられると、

 まるで別の世界に迷い込んだようで、とても不思議な感じがした。


 異界の住人――


 なぜか僕は、目の前に居る美しい少女を見て、そう思ってしまった……。




 マユは小動物のような仕種で、きょろきょろ辺りを注意深く見渡す。

 そして【図書室】の鍵がぞんざいに放置されている、

 主の居ない貸し出しカウンターを示す。


「きっと、あの後ろ」


 そして彼女は立ち上がる。


「あるはずです、きっと」


 ずんずんと、そちらの方へと躊躇なく進むマユに、

 僕とナツキは戸惑ってしまった。

 先週の土曜の午後――らちのあかない僕らを見かね、

 その日もいつも通り静かに本を読んでいた彼女は、“自ら”協力を

 申し出てくれた。新聞の古い切り抜き記事を見つけてきてくれたり、

 【四戸町】周辺の歴史が載った分厚い書物を要約してくれたり。


 そして悪名高い(?)あの『伝説の同人誌』なる“トンデモ本”を

 見つけるキッカケを作ってしまう等々。

 彼女が居なかったら今日の編集会議はツッコミどころ満載の、

 まったく目も当てられない散々な結果となっていたに違いない。

 ……そんなの想像もしたくない。



 慌てた僕とナツキが貸し出しカウンターの裏へ急いで回ると、

 そこでマユは、ちょこんとその場で膝を折って、

 まるでスキャナーのように本の背表紙に素早く目を走らせていた。



 真新しいスカートの裾が、まるで美しい花弁のように床に広がっている。



 たぶん凶器にもなりそうな重量感のある辞典が、

 壁側の本棚にびっちりと並んでいる横に、

 黄ばんだ小冊子がずらりとある。

 きっとあの薄っぺらい『伝説の同人誌』も近辺にあるはず。



 マユはそのひとつを手に取って、こちらへと見せる。

 『(たち)(じゃ)の歩み』と題されたその会報は、

 コンビニに置いてあるフリーペーパーのように薄っぺらい。



「あー、見るからに古そう。これいつの? そもそも触っていいヤツ?」



 と、くたびれた冊子を僕たちが見ている前で、

 愛おしそうにマユは白い指で表面を撫でた。


「先輩が探しているのは、この学校の成り立ちですか?」


 学校の成り立ちと歴史は、おそらく同じ意味だろう。

 僕は黙って頷いた。


「じゃあじゃあ! ここにあるモノ、ぜェーんぶ右から左へ順番に見ていけばいいってことね! いいよマユちゃん、あとは私も手伝うからッ!」


 いや、手伝っているのはマユのほうだ――と、僕は思うのだ。

 心の中で思うだけだが。


 ナツキは、やる気満々だ。

 戸惑いを見せるマユの隣に強引に滑り込むと、

 ぎゅうぎゅうに押し込められた古びた小冊子をナツキは

 片っ端から抜き出していった。



 それから少し経ち、急に声の調子を落とした彼女の心の呟きを、

 僕はその時確かに聞いた。



「で、具体的にはどうすればいいのかな……」



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