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ちょうさ.2



 すらりとした足を組み換え、景山部長は謎めいた視線を僕に向ける。

 彼女の長い足を包む黒いストッキングが、

 まるで小さな硝子片を散りばめたように眩く光っていた。



「……うん、とても興味深い。その『伝説の同人誌』とやらもね。よく、このふたつを繋げたものね。七海(なつみ)が言うように強引なところもあるけれど論理に破たんはないわ」

「そりゃ破たんはないわよ。美味しいところをくっ付ければ、みーんな誰だって“マゴにも衣装”なんだから! いーい柴崎君、大事なのはショーコよショーコ。誰も文句の付けようがない、それこそ言いがかりに近いような、イチャモンさえも簡単に蹴散らせる決定的なショーコ!」


「これからなんでしょう。ね、柴崎君?」



 キーッと歯をむき出して、

 まるで今にも飛び掛かって来そうな榮倉先輩に、

 景山部長はいつもの調子でやんわり言って取りなした。



 まだまだ、これから――



 すっかり頬に赤みが差した景山部長とは対照に、僕はそれを聞いて、

 どっと気落ちする。

 ようやくここまで辿り着き、満足感に浸っていたが、

 実は真相どころかスタートラインに立っただけ――

 それにこれは〈歩き回る少女〉の話ではない。


 例えるなら、旅の途中でふと立ち寄った観光名所のひとつなのだ。

 何気なく足を踏み入れたそこは、外から見えていた以上に奥深く、

 好奇心に従って進むうちに引き返せなくなった。


 何故ならば、気付いたからだ。


 この地は旅の目的地と、

 深いところで実は繋がっているのではないか、と――



「私、これから今月号のレイアウトを持って武笠(たけがさ)先生のところへ行くけど」



 景山部長はパイプ椅子から音もなく立ち上がると、

 すっかり慌てる榮倉先輩に一瞥をくれる。

 すると先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか……榮倉先輩は

 制服のポケットのあちこちに手を伸ばし、

 シワくちゃになった小さな紙切れをようやく取り出すと、

 それを申し訳なさそうに差し出す。



「お願いッ!」

「……本当に間に合うんでしょうね? 待っても明日の放課後まで。それでもギリギリよ。明日になんとか清書して、水曜日には試し刷りをして、今週の木曜には、もう完全に“出す”。間に合わないと判断したら、そこでストップ。記事の差し替えもなし」

「そうだよねえ、分かってる。かーなり待たせたもんね。でもこれは、もう早いとこ記事にしたいの。来月号なんて待ってられない」


 おずおずとナツキが疑問を口にする。


「先輩は、何をそんなに書きたいんですか?」

「あのねえ加賀さん。そんな夏の冷麦みたいな、穏やかな陽気が続く今は涼しい顔してられるけど、これは貴女にも、とーっても関係ある話なの」


「あああ! それってもしかして、例の『短パン改正』の件ですか!」


 実のところ、それで今月はかなり切迫している。

 いつもは余裕を持って迎えられる、

 我が〈ヨット高新聞〉の刊行日であるが、

 それもこれも土壇場になって記事の大きな差し替えがあったからだ。



 『短パン改正』は、言わば榮倉先輩の悲願である。

 夏季に入って衣替えがなされると、体育の時間はことごとく

 女生徒の太モモが露わとなる。なぜあんな布切れ【彼女らに言わせると、そうらしい】を女生徒は纏わなくてはいけないのか?

 それを既定した者たちの意図が見え見えで、

 彼女たちは多大な精神的苦痛を強いられる――らしい。



「男の歪んだ願望の下に晒されて、思春期の私たちが、どれほどの精神的苦痛を受けるか想像がつかないのかしら。時代錯誤――後世に残してはならない負の遺産――だって不平等だと思わない? どうして私がダメで、柴崎君ならそれが許されるのか」


 榮倉先輩の怒りの矛先が、次第に僕へと向いてくる。


「あの人たちは決まりきったことしか言わない。壊れたラジカセみたいに。それが伝統だから、そう決まっているからの一点張り。私たちがなぜそうした“ハレンチな格好”をさせられているのか、その明確な答えが何度聞いても示されない! 私たちの代で、こんな屈辱は絶対に終わらせなきゃダメ! それにはもっと、世論の強力な後押しが必要なの!」


 だからそう思ったワケよ、と、

 榮倉先輩は可愛らしい顔をこちらへぐいと近付けて、僕に肉薄する。

 僕は「僕もそう思います」と憤慨していそうな顔を浮かべた。


「まあ、ともかく怒りは分かったから。その会談の様子を今月号に確実に載せるために、あなたが今するべきことは?」


 すると榮倉先輩は我に返って、こんなことしてる場合じゃないと呟き、

 ふらふらと端の席に着く。それから空間を仕切るように

 自分の荷物を残らず手元に引き寄せると、

 僕らの側と見えない一線を張る。

 完全集中モードに入った彼女には、もうこちらの言葉は一切届かない。


「柴崎君も私と来て」


 僕が不思議そうに景山部長を見ると、

 「武笠(たけがさ)先生のところ」と彼女は不満げに言った。




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