ちょうさ.1
「どうして目撃証言が一致しないのか。それは、それぞれが“違う存在”を見ているからです」
週が明けての編集会議。
けだるい月曜日の放課後は、僕にとって、
これ以上ないほどに刺激的だった。これまで取材した内容を
分かりやすく図解したホワイトボードをビシビシ指しながら、
僕は言葉をひとつ発するごとに確信の度合いを深めていった――
「誰もが〈歩き回る少女〉と思って見ていたものが、実は〈真っ赤に染まる音楽室〉に登場する“恐ろしい女教師”の方だった。本来、まったく別の存在だったものが、長い時間を経て次第に混同されるようになって、今回の“不一致”が生じたのだと考えます!」
僕はそこまで述べると拝聴する三人の表情を窺う。
一緒に苦労したナツキは何度も頷いて、ずっと瞳を輝かせている。
一方で榮倉先輩はと言うと……大口を開け、呆れているように
見えなくもない。それを統括する景山部長に至っては、
僕を通り越して部室の引き戸の辺りを見つめ、
何か他のことを考えているようだった。
「……何か質問は」
ハイハイ待ってました! と言わんばかりに、
論理の塊である榮倉先輩がグイグイ急に身を乗り出し、
僕とナツキの労力を無にする衝撃的な一言を突きつける。
「これって全部、君の想像でしょ」
榮倉先輩は「ショーコショーコ」と
まるで呪文のようにそれから唱えた。
「証拠は【四戸町】の歴史にあります。この町には今でも軍事基地があり、市内に爆弾が大量に落とされた記述も残っています」
だからどうしたといった風に、榮倉先輩は小憎らしい顔を向ける。
「そ、それに加えて近隣の町々にも大きな軍需工場が当時あり、そこも同じく米軍の集中爆撃を受けています! それに毎年の慰霊祭だって――」
「それが君の言う、ショーコ」
「そうです、れっきとした証拠です!」
「一応は聞いておくけど、柴崎君が言った、そのショーコが完璧に載った本って、こーんなくらい薄っぺらい、【図書室】のカウンターの裏にあったボロボロの小冊子でしょ?」
榮倉先輩はそう言って、
右手の親指と人差し指を軽くこすり合わせると、
小馬鹿にしたように僕の前でひらひらと動かした。
「先輩も知ってるんですか!」
「あのね……知ってるも何も……それは新聞部OBが制作した『伝説の同人誌』だから」
「で、伝説ッ」
ナツキが「どういうこと?」といった風に、
動揺しまくりの僕に回答を求める。
「そう、“伝説”ね。誇大妄想を通り越して“デンセツ”にまで上り詰めてしまった、まったくトンデモないブッ飛び本よ」
な、なんだよそれ。こわいぞ。
「ありもしないデタラメをダラダラ載せて、恥ずかしくないのかしら? そんなものを後世に引き継がれるこっちの身にもなってほしいものだわ。まったく。ウチのOBの神経がホント信じられない」
「じゃあじゃあ! あの本って、全部“ウソ”なんですかッ!」
すると先輩は「ウソウソウソウソウソ」と合計で二十回ぐらい連発した。
「だって考えてもみなさい。こんな山奥で悲惨な事件があったら大騒ぎよ。人が大量に殺されたなら、それこそ徹底的に排除されて、共同体の外へ追いやられてしまう。そんなところに親が子供を預けたいと思う? そんな学校が今日まで普通にやっていけるはずないじゃない」
「で、でもでも先輩ッ! 昔の警察って、とっても怖かったんでしょ? 問答無用に殴られるとか、コッカハンギャクザイ、なんて言って牢屋に入れられるとか。それって戦争やってた時代なんですよね? 人の命なんて、その人たちにとっては――」
そこでナツキは押し黙る。
そんな言葉は彼女の口から語られるべきでないと思った。
重苦しい空気が周囲に漂っている。
榮倉先輩は表情を変えず言った。
「村社会の怖さを甘く見ないほうがいいわ。そんなことしたら、どんなに巧妙に隠蔽したところで必ず外に漏れてしまう。加賀さん、人の口に戸は立てられないの。確かに軍によって学校が接収されたのは事実らしいけど、そこで起こったことが虐殺なんて事実はない。判明していない――よく分からない、ってのが実際の真相なの」
「……ですから、噂が広まったのでは?」
僕は何かを掴みかけ、しかし、それは寸でのところですり抜けていった。
「酷く閉鎖的な空間――外部の人間がそこに集まると、何をしているか住民は気になる。謎が明かされないと想像ばかりが膨らんでいって、あることないこと噂する」
僕はそう言って、彼女を見た。
「それが“噂発生”のメカニズム」
「一理あるわね」




