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ゆうれい.3



「私のオススメの牛肉コロッケ」



 黒く煤けたボロ看板が店の前に掛かっている。

 そこかしこでベッタリとこびりつく

 牛脂やらラードやらナタネ油に混じって、

 十代の底知れぬ食欲をそそる香ばしい肉の香りが

 【四戸商店街】一番の人気店――肉屋の【赤松】から漂っている。


 ナマの牛肉がディスプレイされた小狭い店内は、

 古き良き町の情緒がたっぷり滲み出ている気がした。

 この店は近隣の小・中学校の給食にも卸している老舗らしい。



 ハートフルな商店街の一角は土曜の昼間ともあって、

 ちらほらと人の姿があった。


「おばちゃん、『牛コロ』四つね!」


 とても肉付きの良い、オタフク人形をそのまま絵に描いたような、

 白い割烹着を着た〈赤松〉のおばちゃんはナツキの顔を見た途端に

 表情を爆発させる。


「あんれ、やだナツキちゃん! なあに、ひっさしぶり。お母さんゲンキ? お父さんは、まだあっちで稼いでんの?」


 あっちとは、どっちだろう。

 そう言えば、この【四戸町】から来ていることは知っていたが、

 ナツキの身の上話は聞いたことがない。



「――はあ、大変だ。今度の、ごおるでんうっく、は、帰ってこれんの?」

「うーん、あんま取れなかったから向こうで過ごすって。こっち来て、また余計にお金掛かるでしょ? その分あったら家に送れってさ」

「あっははははッ! ナツキちゃんのお母さんも気が強えなあ。やっぱし、ココの女は強え。んだ。お父さんは寂しいだろうけど、その方が、ええが」



 ナツキのお父さんは単身赴任中なのだろうか。

 ふと僕は、そんなことを思い浮かべていた。


「おばちゃん、忘れないで『牛コロ』だよ。四つね」


 【赤松】のおばちゃんは「あいよ」と景気良く言って、

 ペッと唾を付けて取り出した紙袋に一息入れて、

 手慣れた様子でパンパンに膨らませる。


「ああ、おばちゃん、袋ふたつにしてよ」


 すると【赤松】のおばちゃんは、

 ナツキの後ろに居る僕にようやく気が付いた。


「……もしかして後ろの子、ナツキちゃんの?」

「ああ違う違うッ! そうじゃなくッて、同じ部活の友達! 今日はお世話になったお礼なの。ここのコロッケ、御馳走するんだ」

「そりゃ嬉しいね。よし、わざわざウチさ来てくれだんだし、ひとつずつ、おばちゃんオマケしちゃる! 後ろの子にも、もう一個」

「嬉しいな。ここのコロッケ最高だから」

「まあだそんなごど言ッて!」



 【赤松】のおばちゃんは、この地方特有の訛りが随所に入る。

 ナツキに何度も持ち上げられ、すっかりメロメロになってしまった

 おばちゃんは照れくさそうに、オマケ分のコロッケを揚げに奥へ消えた。


 ヨイショの相手が居なくなり、

 手の空いたナツキはすっかり手持無沙汰に

 久しぶりに訪れた店内をあちこち見ているようだった。

 こちらをまったく見向きもしない。



 空には大小の雲が浮かび、かげったり出たり、落ち着かなかった。



「おばちゃん、ありがとね。また近いうちに来るから」

「あ、待ってナツキちゃん。これ、今さあ、ウチの商店街でスタンプやってんの。ほら、役場の前で、なんだかお祭りやってるでしょう? 今年の六月三十日まで有効だからね。そら、後ろの子にも一枚」



 はっとして、僕は慌てて古びたレジスターの前まで進み、

 やはりオタフク人形をそのまま現生に召還したような、

 にっこりとする〈赤松〉のおばちゃんから、

 『【四戸商店街】ももいろ☆スタンプラリー』と題が打ってある

 厚紙を受け取った。



「お名前は?」

「え、名前……柴崎です」

「柴崎、何君?」

「柴崎、(つかさ)です」

「ツカサ君ね。また来てね」



 【赤松】の『牛コロ』は大きくて美味しい。

 ほくほくのジャガイモに、濃い目の味が付いた牛と豚の合挽肉が 

 相性抜群だった。これで一個六十八円は大変お買い得だ。

 二年目にして新たなる発見である。僕の世界はここに来て、

 どんどん急速な広がりを見せている。


「美味しい?」


 僕は頷く。口には『牛コロ』がたくさん詰まっていて、

 この美味しさは言葉では決して言い表せない。


 ナツキは隣で微笑む。


「良かった気に入ってくれて。お礼にはなったよね?」

「お礼なんて、こっちは、なんにもしてないんだけど」


 祭り会場となる役場前の大広場は、昨日僕たちが手掛けた通りの

 舞台セットがそのまま残されている。

 形だけは完成し、あとは当日を待つのみだ。

 最初に注目を浴びるのは、なんといってもウチの学校の吹奏楽部。

 僕とナツキは一帯が見渡せる、バス停前のベンチに腰掛けながら

 【赤松】で買った大きな『牛コロ』をほおばっている。


「彼女、スッキリしたってさ。柴崎君に話聞いてもらえて、そう思ったんじゃないかな」


 僕は呑気に二個目に手を伸ばし、

 「それは良かった」とどこか適当に呟いた。


「私、やっぱり七不思議のこと調べる」


 と、口まで持って行こうとした手をピタリと止め、

 ナツキの横顔に視線を移す。


 思い詰めた表情をしている。

 今まで一度も会ったことのない彼女に僕は面を喰らって、

 手にした大きな『牛コロ』を危うく落としそうになった。


「……うん。やっぱり全部スッキリさせないとダメだよ。それで恐がってる人が実際に居るんだもの。私、許せないんだ。そういう、あることないこと勝手に噂する人。それって誰も確かめようがないからでしょ?」


 だから私たちが――

 彼女は言った。


「証明するの。ユーレイなんか“ウソ”だって」

「幽霊は、ウソ……」


 そうだろうか。

 ならば僅か半日で集まった多数の目撃証言は、どう説明すればいい。


 〈ヨット高七不思議〉のひとつ――

 〈歩き回る少女〉と彼女が嫌うユーレイ。

 たくさんの証言に触れた僕には、

 どうしてもそれが別個の存在のような気がしてならなかった。

 


 もしかしたら少女は、“二人”居るのではないだろうか――



 まるで突拍子もない思いつきだと自分でも思う。

 景山部長が指摘する通り、そこに物的証拠は存在しない。


 どうしても証言が一致しない項目がある。

 しかし、それは初めから、

 “まったく別の存在”をそれぞれが見ていたのだとしたら。



 七不思議は、“ひとつ”じゃない!



「加賀さん! 〈ヨット高七不思議〉を全部言える?」

「どッ、どうしたのいきなり!」

「女の幽霊が出て来る話って〈歩き回る少女〉の他にない? いや、女の人が関連する話なら、とりあえずなんでもいいんだ」



 そうして僕が急き立てると彼女はしばらく考え込んだ後で、

 〈真っ赤に染まる音楽室〉と呟いた。




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