ゆうれい.1
「この子が佐々木加奈子さん」
朝来ると、2―Bの教室の前にナツキが深刻そうに立っていた。
彼女は僕を見つけるなり、まるで掴みかからんとする勢いで
「帰らないで」と一方的に通告し、自分のクラスへと戻っていった。
なんだか狐につままれたようだった。
今日は土曜。授業は午前で“終わる”。
日程を終えて即座に帰宅する者。
午後からの部活動に備え、部室で昼食を摂る者。
山をスタコラ降りて仲間と楽しげにラーメンを食べに行く者等々――
十二時半を過ぎ、すっかり人が掃けた2―Bの教室には僕とナツキと、
そして、あのバスケット部期待の一年生――佐々木加奈子が、
難しい顔を突き合わせていた。
「今の彼女、とっても不安なの。ねえ、だから柴崎君、お願い。なんとかしてあげて」
「なんとか、って急に言われても……。“ソレ”を見てから、もう四日も経ってるんだし、大丈夫じゃないかなあ」
この発言は、今の彼女には受け入れられなかった。
ノーテンキ、と僕はナツキから痛烈な批判を浴びる。
昨日のナツキからの報告メールによると、
この佐々木加奈子が四日前、部活を終えて荷物を取りに
教室へ戻ってくると、窓辺に立つ“白い服を着た小さな女の子”が、
スーッと消えて行く光景を目撃してしまったらしい。
それは薄暗い中でもハッキリ見えたという。
「これだけ言っても彼女が悩んでいることが分からない? 酷いよ他人事だと思ってさ。〈ヨット高七不思議〉を調べているんでしょ? だったら何か知ってるんじゃない? なんかこう……幽霊を“退治”する方法とか」
「“退治”する方法?」
「そうだよッ!」
なかなか無茶なことを言う。
しかし退治する方法としては、僕は昨日ナツキにメールで教えた
『トトサマエンタ』という、【図書室】でひたすらに本を読み続ける
ミステリアスな女生徒から聞いた、
不可思議な呪文を三度唱える方法を思い浮かべる。
しかし、それが効かないのでは僕の出番はない。
「何かされたの? その……“幽霊”に」
終始うつくむ佐々木加奈子に、僕はそっと問いかけてみた。
入学して間もない一年生の彼女にしてみれば、
上級生の居る階はとても居心地が悪そうだった。――が、
その彼女の返答を待つまでもなく、ナツキがすぐにも代返する。
「だーかーら! 気味が悪いんだッて! 夜眠れなくて電気点けっぱなしで寝るとか、ずっと誰かに見られている気がするんだッて! 大事な部活が手に付かないでしょ、それじゃあ!」
「トトサマエンタ、トトサマエンタ。そのヘンな呪文を唱えてもダメ?」
「そんなの今からやっても効果ないの。見た時じゃなきゃ意味ないの」
「え……それって誰に聞いたの?」
「“皆”が知ってるよ!」
ナツキが想像する皆に、おそらく僕は含まれていない。
確か彼女は昨日の夜の時点で、呪文のことを知らなかったはずだ。
たった半日で、どれほど詳しくなったのだろうか。
――背が高い。
僕より頭ひとつ抜けている。
佐々木加奈子はバスケット部所属ということを思い出した。
「視線を感じるって本当?」
屋内スポーツの所為か、やはり彼女は色白だ。
髪はボブカットで、女性というより少年のよう。
天使の輪がサラサラの髪に映えている。
運動部の男子と比べても遜色のない、恵まれた体格を持つ彼女は
下を向き、ずっと沈んだ表情をしている。
この少女がバスケット部期待の星で、
試合で躍動する姿が僕には想像出来なかった……。




