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ヨット高校新聞部!!  作者: 中田 春
~歩き回る少女~
14/56

うわさ.5




 『四戸商店街さくら祭り』と題された、

 朝に見かけた桃色ののぼりが、その一帯を華やかに取り囲んでいる。

 国道を一本隔て、車通りもまばらな拓けた役場前の大通りに

 少人数でひっそりと会場作りが進められていた。



 組み立て式の台座を【メープルホール】

 (【四戸町】の中央にある屋内コンサート会場。

 県内を拠点に活動する演歌歌手がよく営業に訪れる……)から

 軽トラックの荷台に積み込み、祭り会場とを往復する“重”労働を、

 僕らは幾度となく繰り返していた。

 


 ポップな店のロゴマークが入った軽トラックを鼻歌交じりに流す、

 焼肉屋の山ちゃんは「助かったなあ」と、

 本日何度目になるか分からない、ねぎらいの言葉を僕と呉介に掛ける。



「な、いつ終わんの?」

「あと二回ぐらい」



 すると焼肉屋の山ちゃんはニカッと笑って指を二本立て、

 Vサインを僕たちに向ける。


「いやあ助かるなあ呉介。ウチの『ミナカルビ』おごってもいいな」


 山ちゃん自慢の『ミナカルビ』は、

 力がみなぎるカルビ――と、皆が食べたくなるカルビ――という

 二重の意味が込められているらしい。

 地場産のニンニクをたっぷり効かせたピリ辛ダレが、

 ひっきりなしに訪れる客の食欲をそそるそうな。


「な、柴公(しばこう)


 と、ほんの数時間前に会ったばかりの僕の頬に、

 コーヒーとタバコが入り混じる吐息を、焼肉屋の山ちゃんは吹きかける。

 呉介が言ったハートフルな触れ合いを僕は只今実感している。


「だああああッ! さすがに限界ッ。向こうに着いたら設営組と交代だあ。これで同じバイト代じゃあ、全ッ然ワリに合わねえ」

「おお、そんなこと言うなよ呉介ェ~。お前がイッチバン、物分りのいいヤツなんだ」

「いいように使われるって意味じゃねえか!」

「――危ない!」



 店のロゴマークが入った車体は、

 その後も酔ったように蛇行運転を繰り返した。






 日が暮れた。

 開店準備がある焼肉屋の山ちゃんと急遽交代で、

 あれから靴屋の近藤さんが、台座と僕たちをずっと運んでいた。

 近藤さんの車はワゴンタイプの軽自動車で、

 運び出すのには時間と手間が余計に掛かった。

 山ちゃん自慢の『ミナカルビ』の話はどこへ行ったのだろう……?


「柴公、これ今日のバイト代」


 呉介がそう言って、茶封筒に入った三千円を手渡す。

 僕の視線に気付いた呉介は「マジで()ってねえから!」と語調を強めた。



 【四戸(よと)町役場】前に出来上がった即席の演芸場は、

 ビールケースを並べた司会台に代表されるように手作り感満載だった。

 その前夜祭に当たる来週の金曜日は、我が校自慢の吹奏楽部が

 会場を盛り上げるらしい。



「会長さんのポケットマネーだから、あんま期待してなかったけど……まあ充分だろ。分かってると思うが学校にバレたら一大事だからよ、そこはゼーーーーッタイに、喋るんじゃねえぞ柴公」



 商店街の会長さんの財布から、こっそり出た三千円。

 それを聞いて、なんだか気持ちがほっこりする。

 いつも近くを通りながら今まで注意すら向けなかったが、

 ふと僕は【四戸商店街】に足を運びたくなった。


「これから俺“たち”【ビーフル】行くけど、お前も来る?」


 【ビーフル】は、先ほどの山ちゃんが経営する焼肉店の名前らしい。

 もらった三千円を握りしめ、焼肉のフルコースを食べるのも

 いいかもしれない。僕が決めあぐねていると

 「柴公も来んの」と“向こう”で小さなやり取りがあった。



 自転車の後ろに巨漢の呉介を立たせ、

 尊い労働を共にした僕たち“四人”は、すっかり日の沈んだ大通りを

 進んでいる。

 山ちゃん経営の【ビーフル】は通行量の多い国道に面している、らしい。

 今の僕は言いつけ通りに動く、呉介の忠実な乗り物と化している。


「聞いていいか」


 なんの突拍子もなく呉介が、そんなことを僕に投げ掛ける。


「どうして“サッカー部”に入らない?」


 呉介と数々の悪行を繰り返す“二人”は、

 日頃の不摂生と運動不足がたたり、早々に走るのを止めて

 遥か後方をトボトボ歩いている。

 “向こう”は僕の名前を知っているようだが、

 こちらは“彼ら”の名前をまったく知らない。

 あの『バレンタインデー事件』を境にして、あちこちで

 そういった事例が増えている。


「前の学校じゃあ、センターバックだったんだろ? ナツキの友達が好きだっていう、あの真中とかいうヤツと、つるんでたって聞いたぜ」

「つるむって言葉が悪い。そんなこと、誰から聞いたんだ」



 真中敬吾は、僕の相棒だ。いや――だった、というのが正しいか。

 同じ中学の、そして同じサッカー部だった。だから、この学校の誰より

 多くの時間を共にしている。


 道を別にした現在は、接する機会は激減したけれど、

 それでも最低限の交流は今も続いている。



「もう、やらねえのか?」



 はっとした。


 しばらく逡巡し、やるワケないじゃん、とやがて僕は言った。


「で、どうして新聞部?」

「え? よく聞こえない」

「だから、どうして〈ヨット高新聞部〉にしたんだッ!」


「……ああ。入学早々にやった部活の希望届の、まさかの第三希望に当たったんだ。どうして新聞部にしたのかは僕じゃなくて、そっちに僕を振り分けた先生に聞いてくれ」

「第一希望はサッカーか……。じゃあ第二希望は?」

「ん、なんだッたかな」



 実は、サッカーを僕は選んでいない。提出する部活の希望届の

 第一希望にも第二希望にも、その単語を書き入れることはなかった。



 あんなに真剣になって、向き会った時間が最も多かったはずなのに――



 流され続けてきた自分の人生の、それはささやかな――

 でも僕の中では、とても大きな決断と言えただろう。



 ずっと変わらぬはずだった日常は、あの日を境に一変した。

 まさかの〈ヨット高新聞部〉入部に異議を申し立てなかったのは、

 そんな平凡だった日常から、僕が暗に抜け出したかったから。



「真中ってヤツは何か言ってこなかったか」

「は? 何を?」

「だから納得いったのかッて! お前が勝手に“新聞部”に入ったことをよ! そいつと同じ中学で、ずっと同じ“サッカー部”だったんだろ! なんか言うコトあるだろ!」

「乱暴だなあ。暴走族を抜けるワケじゃないんだ」

「ソイツからの引き留めは?」

「おい、やけに食いつくなあ。なんだよ今日は」



 俺も〈ヨット高新聞部〉だからな、と言って、彼は後ろで笑った。




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