うわさ.3
私が、柴崎君に?
今考えれば、ツジツマが合わないことだらけだった。
第一、僕は彼女の筆跡を知っている。
“その手紙”に書かれてある字体は、とても女の子らしく、
傾けると転がってしまいそうなほどに丸みを帯びていた。
しかし、彼女の字はもっと几帳面で、
とても力強くて、
そして、紙面を飛び出してしまいそうなほどの躍動感で満ちている。
――ああ本当、確かに私の名前があるわ。
やはり冷静になって読み返すと、
彼女が書いた手紙にしては中身がまるで存在しない。
指摘されるまでそのことに気付かなかったのは、
やはり“その日が持つ特殊な事情”が、
僕の判断力を著しく奪っていたのだ。
いや、そうとしか思えない。いや、そう思いたい。
これを読んだ貴方は、本当に私を好きになれる?
この一言を聞いて、僕は我に返った記憶がある。
好き、好き、好き好き――どうして私が貴方を好きなのか、
ここには何ひとつ書き出されていない。
これじゃ想いは伝わらないわ。これで読者に届くなら、
これまでどんなに回りくどい説明をしてきたか身につまされる。
その冷静な批評の一言一句が、
まるで昨日のことのように、僕にはハッキリ思い出せるのだ。
ねえ、本当に伝わった?
その日、僕に降りかかった陰謀の全容はこうである。
「あの忘れもしない、今年の二月の十四日――って、つい先日の話だけど、僕の机の引き出しには綺麗に包装された市販のチョコレートがひとつと、花柄模様の可愛い便箋がひとつ入っていた」
「市販のチョコレートって何それ」
すると加賀ナツキは呆れた様子で、
「そんなのマジだったら渡すはずないじゃん」と女の子らしい、
実にごもっともな意見を言う。
「笑ってるけど、お前が全部悪いんだからな」
前の席の人に断りもなく、
隣のクラスの秋山呉介が傍若無人に腰を下ろしていた。
こちらを向き、僕を指差して、
「マジうける」と当時の事件の黒幕はずっと笑っている。
「で、どうなッたの!」
「どうなのって、その後は加賀さんも知っている、あの噂の通りだよ。身のほど知らずの一年生。景山部長に“フられた”、その他大勢の中の一人さ」
「有名になったからいいじゃん」
そう言って、悪魔は他人事のように笑う。
「いやあ武勇伝だよなあ、柴公」
犬の名前みたいだ。
この男にそう呼ばれると、感情が妙にささくれ立った。
「なんだか可哀想。それって全部、秋山君の仕業なんでしょ? 部長はそのこと知ってる?」
「うん、たぶん」
町のコンビニで安物のチョコレートを購入し、
ラブレターの代筆を知り合いの女子に頼み、
僕が教室を離れた隙に机に入れ、そして部室にはその間、
関係者以外を立ち入り禁止にする――
なんて巧妙な罠だ。
そして、なんて馬鹿げているのだろう。
バレンタインデーの甘い罠……。
暇を持て余すヘンジンに掛かると、陳腐な計画も時に、
壮大な陰謀となり得るのだ。
ただ彼の場合、問うに落ちず語るに落ちる。
自分がした行動を、誰かに話したくて仕様がないのだ。
この事件の詳細を僕が知り得たのも、そういった彼の困った性質による。
「でも、さすがの部長も驚いたんじゃない? 部活の後輩から、いきなり告白されたらさ!」
ラブレターをもらったのは僕の方だが、何故かそれは揉み消されている。
「ね! なんて言って柴崎君をフッたの?」
「ああナツキ。そこは本人の傷が深いようだから俺が言ってやる」
それから知った風に呉介は、
たっぷりの間を置いてから勝ち誇ったように、
「そこまでじゃない」と、当時の景山部長に軽く切って捨てられた
痛恨の一撃をここに再現する。
「うっひゃー、言いそう言いそう! なんッか女王様ッてカンジ!」
そこで僕はフォローを入れた。
それが誰に対するフォローなのか、自分でもよく分からなかった。
「……好きになる理由に乏しい、そこまでじゃない」
「変らねえよ」
「変わらないような気がするけど」
いいや変わるんだ、とヤケクソ気味に僕は言ってやった。
「それで、そっちはどうだった?」




