第八話
就職氷河期。世界的金融危機とリーマンショックに端を発する世界的な不況により、企業は新規採用を大幅に縮小し、多くの新卒者が就職浪人と相成った。かく言う僕もその煽りを受けた張本人であり、何社も何社も受けては落ち、受けては落ちを繰り返した。幸運にもある程度の大手会社に内定を貰った時はガラにもなくガッツポーズをしてしまい、恥をかいたことは記憶に新しい。結局最後まで内定を貰えず、フリーターになってしまった
友人もまだ居たのだから、大手企業に内定を貰えた僕は幸せ者だったと思う。しかし、そう思うと僕は同じ会社を受けて落ちて行った数百人に土下座して謝らなければならないのかもしれない。あなた達が手に入れることが出来なかった枠は女の子になってしまったので、潰してしまうことになりました。うん、後ろから刺されてもおかしくないな。
とまぁ、兎に角大変な就職活動を乗り越えた僕だったが、今回についてはそれ以上に難易度が高いと言っても過言ではないと思う。まず、年齢が不明だ。見た目だけでいうなら15、16歳くらいで、どう控え目に見ても未成年だ。18歳未満は親の同意書が無ければいけない。と言うか、そもそも中学の履修期間中の15歳は仕事に就くことが出来ないのだ。次に、身寄りが無い。先ほど言った通り保護者の同意書がなければ就職が出来ない。更に、住所が無い。住む場所が無いうえに電話も無い。これでは連絡手段が無い。以上、僕が仕事に就く上においての障害だ。自分で言うのは何だが、全くもってアルバイトですら雇ってもらえる気がしない。不審者どころか、不法入国者だと思われて警察に突き出されるか、家出娘だと思われてこれまた警察に保護されるかの二択だろう。
だから、この結果には自分でもかなり驚いている。
「ほ、本当ですか!?」
「お手伝いという形になるし、給料もおこずかい程度になっちまうが、それでもいいなら」
「十分です!ありがとうございます!」
仕事を探し始めて一週間、その間に回った店の数は数十件。ある時は門前払いされ、ある時は警察を呼ばれかけ、ある時はチャラいホストみたいなのに怪しい仕事を斡旋されかけ……それでも僕は、仕事を勝ち取る事に成功したんだ!店は住宅街の端っこにある小さな定食屋だ。時給、では無くてお手伝いなので昼間と夕方の忙しい時間帯に配膳と注文の手伝いをするという形で日給4000円だ。代わりに昼食と夕食は賄いを出してくれるで、金銭問題と食糧問題がいっぺんに解決したことになる。諦めずに探しまくって良かった。ふふん、やればなんとかなるもんだ。あいつに自慢してやんないとな。
「んじゃあ明日の昼からよろしく頼むわ。11時前には着くようにな。あと、これメニュー表。軽く目を通しておけよ」
「分かりました!それでは失礼します!」
メニュー表を受け取ると、元気よく挨拶をして店を出る。不可能と思われた障害を越えて、気分よく店を出た僕は忘れないうちにメニュー表を開く。こんなチャンスはもう二度とないかもしれないんだ。このお店でやって行けるようにしっかりやらないとな。そう思いながらメニューに目を通し……通し……メニュー表を閉じた。
『から揚げ描いたカラー原稿定食』『砂漠で鯖食う塩焼き定食』『ヒルトンは昼トンカツ定食』
ん?おかしいな。もう夏だというのに寒気がしたぞ。見間違いかもしれない。いやそうであってくれと思いながら、もう一度メニューを開いても、そこに記されたメニュー表に踊る文字は絶対零度の、冒涜的で、悍ましくかつ寒気を催すダジャレは変わっていなかった。うん、分かっていたさ。こんな怪しい僕に仕事を与えてくれるなんてよっぽどの変人だ!だけど、だからと言ってこんな仕打ちは無いじゃないか!
本当にこの店でやって行けるのだろうか。僕は意気消沈としながら、何時ものコンビニへと向かって行った。
コンビニに着くと、いつもの青年は居なかった。あれ?今日はバイトあるって聞いてたんだけどな。もしかしたらもう休憩しているのか?勤務態度は良いとは言えないが、意外にも仕事自体は真面目にしているバイト青年だ。普段話しかけているのだって休憩時間の間か、バイトが終わってからなので、もしかしたら早めに休憩時間に入ったのかもしれない。もしくは風邪でも引いて今日は休みなのかな?そう思いながら、レジに居る別の店員に所在を聞いてみた。
「あの、えーと、いつも僕と話してるあのバイトの青年って今日は休みですか?」
店員に話しかけて、そういえばまた名前を聞くのを忘れていたのを思い出した。二人きりだと特に不便しないので、ついつい聴くのを忘れてしまうのだ。
「あぁ、えっといつも来てる子だね。えーと、あいつは亡くなったよ」
予想だにしていない返答に頭がフリーズする。え?今何て言った?無くなった?え?じっくり十数秒かけて言葉の意味を噛み砕く。亡くなった。つまり、死んだ?
「え、亡くなっ……た……?」
「例の連続切裂き魔のやつらしい。バイトの後学校向かう途中に」
「切裂き魔……」
ニュースでやっているのを見たことがある。最近巷をにぎわせている連続殺人犯だ。鋭利な刃物で人体を切断するという大掛かりな事をやっているのに、犯行時間が数分で、目撃情報が全く無いという何とも異様な事件。被害の発生場所が隣町と言うこともあり、かなり不安が広がっている。しかし、まさか自分の知り合いがその被害者になるなんて思ってもみなかった。人間と言うのは意外に鈍感なもので、近くで悲鳴や防犯ブザーが鳴ったとしても、ただのケンカや誤作動だと思い、聞き流してしまう人も多いらしい。近くで連続殺人事件が起こったと聞いていても、正直僕も心の底では「まさか自分や、自分の知り合いが被害にあったりしないだろう」と言う意識があった。知り合いが殺人事件に合ったという恐怖と悲しさと、どうしようもない、よくわからない感情が渦巻いて、視界がほんの少しだけ滲む。
「君あいつの彼女?にしては名前知らなかったみたいだけど」
「……名前聞きそびれて。彼女ではないです。友達、って言うのはちょっとおこがましいかもしれません。恩人です」
「そっか。葬式明後日の夜10時で向かいの通りにあるお寺らしいから、良かったら行ってあげな」
「ありがとう、ございます」
なんとか気を取り直して、それだけ言うと店から出る。死。数日前まで無縁だった言葉が、やけに今は近くに感じる。気の良い青年だった。明るく楽しく優しく顔も良い。人生が充実していて仕方ないと幸せそうな青年だった。羨ましくて少し嫉妬する位だ。なのに死んだ。殺された。
正直言ってあまり実感は無いけれど、犯人に対する黒くて暗い感情が湧き出してくる。僕はモヤモヤした感情を抱えたまま、葬式の日を迎えた。
更新遅れてゴメンナサイ




