第七十一話
Howa Model 1500 Rifle、或いは豊和M1500。……と言うものらしい。僕の目の前にあるものは。木製の銃床に大きなスコープの付いた銃は、知識のない僕にも狙撃用であると一目で分かるフォルムをしている。
と言ってもライフル銃の名前なんて見ただけじゃ分からないし、多分調べても分からない。ましてや性能の違いなんて以ての外だ。
「……あの、これ、何?」
「説明したであろう。Howa Model 1500 Rifle、ボルトアクション式のライフル銃だ」
「聞いたけど!それはわかったけど!何でこんなものがここにあるのかって聞いてるんだよ!」
ライフル銃って!男になる前は、拳銃すら実物を見たことない僕にとって、ライフルなんて現実感が無い。確かに男だったから、少しくらいは銃というものに憧れはあったけど、それでも幼いころにエアガンを少し触ったくらいだ。こんな大きな銃はモデルガンでも見た事は無い。
そう言えば初めて見た実物の拳銃って自分の眉間に向けられた時だなぁ……
「警察署に行った時にな。他にも色々と興味深いものを見つけた。そこに置いてある」
「うわ、めっちゃ積んである?!あれ全部武器?」
「日本刀以外は使っても構わぬぞ」
「うわぁ……」
エランティスが示す方にあるのは軽く積まれる程の、武器。拳銃、日本刀、大型のサバイバルナイフ、猟銃、改造銃、自動小銃……
ヤクザの事務所かな?と錯覚しそうになる。鉄橋の下、古びた使われている様子のない倉庫に、大量の武器が置いてあるとか、平時であれば大事件だ。
「…………」
慌てる僕の横で、アーニャが無言でハンドガンの整備をしている。すごいね、出来るんだ整備。
真剣な表情でハンドガンを弄り、魔術で解析するアーニャの姿に、僕はしばし見惚れてしまう。金髪の美少女と銃の組み合わせって妙な色気があるね。
「護身用……には少し心許ないわね」
「その程度の威力では今の汝の魔術で補助しても、下級を足止めするのが精一杯であろうな」
「それでも私の魔術よりはマシよ。感謝するわエランティス」
会話する二人を横目に見ながら、積まれた武器を恐る恐る物色する。これ、僕も護身用で持っておかないとダメだよね……?エランティスは「駄賃は置いてきた」って言ってるけど、罪悪感と抵抗感が強い。非常に気が引けるけど、足手まといになっている余裕はない。無造作に小さめの拳銃を一つ手に取り、アーニャに軽く使い方を解析してもらって服の下に隠す。
……重い。なるべく小さいものを選んだつもりだったけど、スカートの形が歪みそうだ。
「本命はこちらだな」
「ライフル銃、ね。これでも“界渡りの”に通用するとは思えないのだけど」
「細工をするのは銃弾だ。障壁突破の魔術と魔法を、我と竜胆悠で可能な限り込める」
「法の展開下なら兎も角、自動展開の魔術障壁位ならそれで貫ける、と」
ライフル銃のものであろう、5、6センチ程の銃弾をエランティスがコロリと取り出し、転がす。
僕の中指程度の銃弾。だけど、ひどく大きく、冷たく見える。
「我の身体で其れは扱えぬ。……引き金を引くのはアーニャ・ガランサス、貴様だ」
「う、私の解析魔術で大丈夫かしら」
指名されたアーニャがギクリとした表情をする。と言っても他に居ないのも現状だ。犬のカタチのエランティスや、解析魔術が扱えない僕にこのライフル銃は扱えない。エランティス曰く、拙いながらも解析魔術を使えるアーニャが狙撃手になるのは当然だった。
「死ぬ気で解析するんだな。当たらねばいくら我や竜胆悠が力を込めようが意味が無い」
「……死ぬ気で解析するわ」
緊張した面持ちで呟くアーニャ。エランティスももう少し緊張を和らげる様な事の一つでも言えればいいんだけど。
でもこれは逆に言えば、アーニャが頑張っても僕の魔法が弱かったらダメって事は、僕の責任も重大じゃないかな?うぅ、緊張するな。
「仕留めきれなかった場合、“前知の”が介入していると判断し、即刻離脱だ。そのまま戦闘に入れば勝ち目はない。全力で逃げろ。但し、魔術は使わずに人ごみに紛れるようにだ」
「魔術は使わずに?」
「あぁ、魔術を使えば痕跡を辿られる可能性がある」
探知の術式、だろうか。どうやら探知を行うには一定の条件があるらしい。
「決行は二日後の正午だ。それまでに準備を済ませておけ」
「そんなに準備には――いえ、二日後の正午ね。分かったわ」
二日後か。短いようで長い時間。正午なのはなるべく人の多い時間を選び、人ごみに紛れやすくするためかな。
「それまでには、準備を済ませるよ」
僕は何とかその言葉を呟く。アーニャが心配そうに、エランティスは表情の見えないまま視線だけを向けてくる。
大丈夫だよ。準備はちゃんと、済ませておくよ。
魔法の術式と、あと、それと……
心の、準備を。
◆◇◆◇◆◇
無音の教会。
そこに居るのは亜麻色の幼い少女と栗色の少女の二人。礼拝堂の祭壇に腰掛け、足をプラプラと揺らすティアナちゃんと、その祭壇に背もたれている僕だ。
ここは魔法の、“誰我接触不叶”の中。あの敗北の日から、時々僕はティアナちゃんからここに招かれていた。
「任意の物質に魔法を込める――可能ですね。ただ、普通なら数年は修行しないとダメな術式なんだけどねー……」
「そうなの?エランティス、さも当然の様に言ってたし、アーニャも特に気にしてなかったから、そこまで難しいものじゃないのかと」
「エランちゃん……アーニャ……」
頭痛を抑えるかのように眉間を指で抑え、皺を寄せるティアナちゃん。
「魔法の一部である法衣を変形させたり、それに魔法を込める術式は比較的簡単。でも、それ以外のものに込めるのはかなり難しいんですよねー」
ティアナちゃんは、「やってみて」と言いながらちょっと歪な銃弾、の様なものを僕に投げて寄越す。言われたとおりに銃弾に魔法を込めようとすると――
「ッ?!うわっ!」
弾けた。一体どれほどの強度のものだったのかは分からないけど、内側から炸裂弾の様に粉々に。
自分に当たることは無かったと言え、目の前の物体が木端微塵に破裂すれば、誰だってかなり驚くだろう。思わず尻餅をついてしまい、痛みを慰める様に患部を撫でていると、ティアナちゃんのケタケタという笑い声が聞こえてくる。
「この通り。魔法が物体自体を異物と判断して拒絶しちゃう」
「……出来れば、どうなるかあらかじめ言ってほしかったな」
僕の抗議にはテヘヘと曖昧に笑い誤魔化すティアナちゃん。確信犯だなこれ。
「エランちゃんはまぁ、魔法を使えないから実感無いのは仕方ないかな」
「アーニャは?」
「あの子の場合は特別。アーニャの魔法はおよそ万能って呼んで問題ないレベルの器用さだから」
「本人は器用貧乏だって言ってたけどなぁ」
「……謙遜が過ぎると嫌味に聞こえるわ。確かに『加護を授ける』天使の能力で簡単にできるだろうけど」
成程、確かに天使と言えばよく加護とか祝福とか授けてるイメージがある。聖遺物とかもいろいろあるし、銃弾に加護という形で魔法を込める事も簡単なんだろう。
本来であれば僕たちの魔法は、何かに込めると言うの事に最も相性の悪い属性の一つらしい。授けるという加護に反し、全てを拒む拒絶。確かに相性としては悪そうだ。普通に今から練習をしたのでは到底間に合わないだろう。けど……
「でも時間の問題は何とでもなりますからね」
「うん、まぁ、これズルいよね」
――ここでは私は神様ですから。
そう言ったティアナちゃんの様子を思い出す。神さま、全知全能のもの、理の支配者。ああ、正しく彼女はこの空間下では“それ”だった。
「時間すらも支配する、ねぇ……」
時を止める。この空間下であれば、彼女はそれすら可能にする。
「正確に言えば時間の流動の拒絶、ですね」
“誰我接触不叶”はあくまで拒絶の魔法。だけど此処では、拒絶と名がつくものであればここであれば何でも可能にする。まさに魔法……いや、もはやこれは神威とか神域と呼ぶべき権能だった。
「もっと早く出来れば良かったんだけどね」
「悠さんと私の精神の親和が進んでいなければ、時間と一緒に悠さんも止まってしまいますから」
気付いたのは数か月前だけど、出来る様になっていたのは、恐らく“蠅山の魔獣”と闘った時辺りからだ。あの記憶と精神を交わらせたあの時から、僕はこの“誰我接触不叶”の中でも異物ではなくなったのだろう。
「さて、じゃあそろそろ始めましょうか。まずは術式から練習――の前に一つだけ聞きたいことが」
「え?」
祭壇からヒラリと飛び降りたティアナちゃんが、魔法を展開し、黒い霞のようなマント――法衣を纏いながら言う。
「何故、あの時、“わたし”を使わなかったの?」
僕と彼女の顔から表情が消える。
「……いつの事かな」
「嘘と誤魔化すの下手ですね。“界渡りの”に負けた時ですよ。ご丁寧に私からの干渉まで拒絶するなんて。死んでたらどうするんですか」
あっけらかんと言ってみせたつもりだけど、どうやら上手くいっていなかったようだ。対する彼女の視線は責めたてるもの。
確かにあの時、愛緋ちゃんにその気があれば僕は死んでいただろう。
確かにあの時、僕は、ティアナちゃんの干渉を拒絶した。
「わたしなら、あの状況でも包囲を突破出来たかもしれない。そうすれば悠さんがあんな目に合わずに済んだ。
……アーニャの魔法が、壊れずに済んだ」
――ティアナちゃんの言葉に息をのむ。あぁ、そうか。アーニャの魔法が、願いが壊れたのは、僕のせいだ。
判断ミスだとは思わない。
後悔も無い。
だけど、あの時、確かに二人とも無事助かる可能性がある道があって、僕はそれを拒んだ。
魔女にとって願いは何よりも大切な思いだ。それが壊れた時、どれほどの痛みがあるだろう。「ティアナちゃんを救いたい」という誓い。「自身も救われたい」という渇望。アーニャの願いの根源はそれだ。そんな彼女が願いを否定した。彼女は一体どれほど自分を責めたのか。どれほど、「自分は救われてはいけないんだ」と苦しんだのか。想像する事すら烏滸がましい。
ティアナちゃんに言われるまで目を逸らしていた。なんて罪を犯してしまったのだろうか。
「ねぇ、教えて。どうしてあの時、“わたし”を使わなかったの?」
「……使わなきゃいけない時は別にあるから」
有無を言わさぬ表情のティアナちゃん。心なしか教会が、空間自体が僅かに震えている気がする。
何と答えるべきか悩んだ末に、やっとそれだけを言う。
「まさか“九尾の”に?無理ですよ。アレにはわたしでも勝てない。無駄死にです」
「違うよ、もっと、大切な時。これ以上は秘密」
「……むぅ、わたし怒ってるんですよ?“界渡りの”に殺されるんじゃないかってヒヤヒヤしてたのに」
ふてくされた表情をし、怒っている事をアピールするかのように腰に手を当てるティアナちゃん。僕に考えがあるという事で、とりあえずはそれで納得したらしく、不承不承という様子で矛先を収めたようだ。
「ごめん。けど、そうだよ。使わなきゃいけない時は別にある。
それまでに死ぬわけにはいかないし、立ち止まる訳にはいかない」
「……悠さん?」
罪には罰を。犯したならば贖罪を。
その事に気付き、そして出来る事を確信していても、怖がっていた。躊躇していた。
この恐怖は罰だ。アーニャの魔法を壊してしまった、償いきれない罪に対する。
「やっと決心がついたよ。ありがとう、ティアナちゃん」
「……悠、さん?何を……」
不安げに問うティアナちゃんの言葉は耳に入らない。
そうだ、罪ならば購わなければならない。
――覚悟は、決まった。




