第六話
ちょっと気分悪くなる描写があります。R15。
「助けてくれえぇええぇぇぇぇぇぇ!!」
突然上がった大声にホスト風の男が、青年が、そして周囲に居る全員の視線が集まる。
「なんだ、喧嘩?」「さっきの声あの子?」「警察呼んだ方がいいんじゃね?」「なになに?なにがあったん?」「修羅場じゃね?」「あの子かわいいね」「誰か警察呼んだ?」
ガヤガヤと周囲が騒ぎ出す。しばらく辺りを見回していたホスト風の男は、不利を悟ったのか周囲の視線から逃れる様にそそくさと逃げて行った。それを見ると軽く笑った青年がにこやかに話しかけてくる。
「おせっかいだったかな?」
「いえ、お心遣いには感謝しております」
暗にお節介でしたと伝えたつもりだが、気にしてないのか気付いてないのかにっこりと笑った青年は「それは良かった」と返事をした。
「助けて頂いたのに感謝しているのは本当です。あの状況では逆恨みされるのは僕一人でしたから」
「それは僕も逆恨みされてしまったって事かな?まいったなぁ」
頭をポリポリとかきながら、青年は苦笑しながら答える。口ぶりの割にはあまり気にした様子は無い。本当に格闘技か何かやっているのだろうか。底知れない自信を持っているように感じた。
「ただの一般論です。安易な人助けは自分も痛い目を見ますよ」
「厳しいなぁ。まぁ情けは人の為ならずって言うじゃないか」
「……そうですね。そうとも言います」
安易な人助け。それを口にしながら、僕はぼんやりとだが思い返していた。自分が死んだときの状況を。
あの日営業に出かけていた僕は信号の前で信号が青になるのを待っていた。足に軽い衝撃を覚え、下を見るとカラフルなゴムボールが僕の足に当たり、コロコロと車道の方へ転がっていくのが見えた。続いて、それを追いかけて車道へ走っていく少女の姿も。反射的に体が動いた。正直言えば車道の方はほとんど確認していなかった。だからすぐそこまで大きなトラック車が近づいていたなんて気付かなかった。死にたくなんて無かった。こんなつもりじゃ、なかったんだ。
「ねぇ……キミ、大丈夫?顔色悪いよ?」
「―――っ、大丈夫です。気にしないでください。本当に助けてくれてありがとうございました」
それだけ言うと僕もそそくさと逃げていく。周りの生暖かい視線が緩やかに突き刺さるが、僕にそれを気にしている余裕は無かった。青年は「情けは人の為ならず」と言った。ならば、僕の行為は僕に何をくれるというのだろう。命を落し、性別を変えられ、訳のわからない力で化物を殺すように言われて。それは僕の為にとでも言うつもりなのだろうか。家を無くし、仕事を無くし、日々の糧を得ることも出来ない状態にされたのは何の為?分からない。訳が分からない。もしそんな事を決めたのが神様だとでも言うのなら―――
少女のようなつぶやきは、誰の耳にも届かず、雑踏の中へ消えていった。
「ここで働かせてください」
「いくらなんでも無理だアホウ」
「可愛い子には親切にするって言っただろ!!」
「親切の範疇超えてるわバカ!!」
恥を忍んで頼ったのになんてやつだ。僕は件のバイト青年にお弁当を恵んでもらったついでに頼んでみた。一応言い訳しておくと、もちろん本気ではない。一バイト員でしかない彼にそんな権限がない事は分かっている。出会ってまだ2日目だが、気さくで放しやすい彼の性格のおかげか、友人と呼んでも差し支えない関係にはなれたと思っている。この程度の軽口を冗談として言い合える程度には。
「その様子みると全敗?何件回ったん」
「10件から先は覚えてない」
「どんだけ。履歴書になんて書いたらそんなにバイトで落ちるんだよ」
「お金無かったから履歴書無しで、住所不定親族無し保証人無し連絡先無し証明書無しって言ったらこうなった」
「馬鹿だ馬鹿がいる。そりゃ落ちるわ」
「笑うな。僕だってそう思っている」
ちなみに履歴書だけは哀れに思ったのか5件目で面接した文房具屋の店長が筆記具と証明写真代と一緒に恵んでくれた。非情にありがたい話ではあるが、あまりに空欄の多すぎる履歴書は逆に相手に警戒心を与えてしまったかもしれない。どちらにせよ結果は同じではあっただろうが。
「……なぁ、携帯と住む所なら―――」
「それ以上、言うな」
「……わりぃ」
それ以上は言わないでくれ。それは親切じゃない。きっと頼ったら僕はもう頑張れない。
「大丈夫だ。本当にどうしようもなくなったら、うん、きっと、多分頼る。で、いつになったとしても必ず恩は返す。」
「あー、微妙に不安な返事だが、まぁ今はそれで納得しとくわ。だけど―――
俺は何時でも悠ちゃんの事助ける準備はしとくぜ?」
「だから、いくら口説いても僕は靡かないって」
「かてー。ガードかってー。」
「無駄なものは無駄なんだって」
「まぁ、それ抜いても、今はホントにダチだと思ってるし?」
「あ、ありがと。ってかバイトはいいのか?働けよ」
「今休憩中だっつーの。それに今日は閑古鳥ないてんぜ」
「だからってな」
「はいはい」
―――静かな店内にバックヤードからの会話が響く。それを聞くのは店内に居るもう一人のバイトの青年のみ。彼はそっと今の心情を口に出す。
「あぁ、リア充爆発しないかなぁ」
―――世界は残酷だ。とても、残酷だ。
―――時は少し遡り悠とホスト風の男が喧騒を巻き起こした直後
「おにいちゃ~ん、おまたせ~~」
「おぉ、美佑。いや、そんなに待ってないぞ」
「あれ?なんかおにいちゃん凄い見られてる?何かあった?」
「いや、僕はあまり何もしてないぞ?」
「少しはしたんだね……。も~、おにいちゃんはそうやってすぐ女の子にちょっかいかけるんだから!」
「まるで人を女たらしみたいに言うな。ほら、さっさと帰るぞ」
「あ、待ってよぉ~」
―――仲のいい兄妹。そんな言葉が似合う二人を憎しみの籠った目で睨みつける男が一人。先ほど敢え無く撃退されたホスト風の軽薄な男だ。せっかくの上玉の少女を手籠めに出来るチャンスを奪った相手に、何とか復讐をしようとしているのだ。尤も青年が助けに入ろうが入るまいが、悠は大声を上げて全く同じ結果にはなっていただろうが、少女に容易く撃退されたと考えるにはプライドが許さず、その直前に邪魔しに入った青年と自分を納得させ、その恨みの大半を向けていた。そして実に下卑た復讐方法を思いつく。
「美佑ちゃん、ね。へへ、へへへ……」
―――安易な人助けは自分も痛い目を見る。図らずも悠の予想は現実へと近づいていた。
―――その日から1週間後。彼とその仲間はその下卑た計画を実行に移す。計画と呼ぶにはあまりにお粗末なものだ。尾行して家を突き止め、兄の友達と称して家に上がり込み、少女に乱暴を行い、それを写真に撮って脅す。あまりにも単純で杜撰な計画だが、彼らはその成功を疑っていなかった。
「こんにちは。お兄さんから家で待っててほしいって言われてたんだけど」
「はぁ、すみません、兄とはどんな関係で?」
「友達だよ友達。しんゆーって奴?君は美佑ちゃんだね?お兄さんから話はよく聞いてるよ。自慢のよくできた可愛い妹だって」
「えっ……かわいいだなんてそんな。兄が本当にそう言ってたんですか?」
「そうそう。玄関で話すのもなんだし中に入れて貰えるとうれしいんだけど」
「あ、はい。分かりました。お茶でも用意しますね」
―――少女は兄の話が出て油断してしまった。兄が自分の事をどう言っているのか知りたいと思ってしまった。それは彼女にとっても彼にとっても彼女の兄にとっても、そして彼らの与り知らぬ多くの人にとっての『破滅』の始まりだった。




