第四話
行く宛もなくふらふらと繁華街を歩く。
家を失い、財布も、携帯も、免許証すらない僕に出来ることなど何があるのだろう。
くきゅうぅぅぅぅ
お腹が可愛らしい音を上げる。そういえば昨夜から何も食べていないんだった。意識してしまうと、空腹と言うものは耐え難いもので、何か食べるものは無いか探す。と言っても財布も何も無いのでコンビニでおにぎりを一つ買う事さえ出来ない。虚しく空のポケットを弄る事に終わる。
フラフラと夢遊病患者のように深夜のコンビニに入る。深夜とは言え繁華街だ。それなりに客が入っていて、勤務態度はよろしくないが若い男の店員二人がレジで仕事をしている。お金も無いのにコンビニに入ってどうするんだ。いや、分かっている。僕は万引きするつもりでこの店に入ったんだ。
僕は自慢では無いが、子供の頃「悪い事」をしたことは無い。曲がった事が大嫌いで、正義感の強い父の影響もあり、万引きなどをした事は一度も無かった。ハタチになるまでにタバコを吸ったりお酒を飲んだりしたことも、万引きや借りパク、イジメをした事も無く、品行方正な少年だったと思う。
そんな僕が、今、万引きを―――いや、万引きなんて言葉で済ませるものではない。『盗み』をしようと店内に居るのだ。視線の先はおにぎりコーナー。お腹が空いた状態では普段食指が動かないコンビニのおにぎりも、高級食材のように輝いて見える。
周囲を注意深く見回す。先ほどまで居た客は殆どがレジを済ませたのか居なくなり、残るは雑誌コーナーで週刊少年マンガを立ち読みしている男性とレジで会話をしている店員だけだ。
盗まなければ飢えて死んでしまう。仕方ない、仕方のない事なんだ。
言い聞かせるようにして手にしたおにぎりをサッと上着の中に隠す。
「……っ、ぅう、ぅぅうぅぅぅぅ……」
その瞬間、涙があふれ出た。
情けない。みっとも無い。僕は何をしようとしているんだ。
言い繕ったって盗みをすれば犯罪者。悪い事なんだ。
「っ……っつ……うぅぅ……」
溢れ出る涙を拭う。おにぎりは元の場所に戻そう。
盗みをするくらいなら残飯を漁った方がマシだ。幸い繁華街なら探せば何とかなるかもしれない―――
そんなことを思っていたら急に肩を掴まれた
「あー、うん。ちょっと裏まで来てくれる?」
それは店員だった。どうやら上着の中におにぎりを隠した事はバレていたみたいだ。
言い繕い様がない。現行犯だ。戻そうと思っていましたなんて言い訳を信じて貰える訳が無い。
「あ、いや、これは違……」
「まーまー、いろいろ言いたいことはあると思うけど、とりあえず行こうか」
あまり強い力では無いが、腕を引かれて裏――バックヤードと言われるスペースに連れて行かれる。
チラと漫画を読んでいた男性がこちらを見る。その瞳には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
当然だろう。今の僕はどう見ても万引きが見つかった少女にしか見えない。
「んじゃちょっとここに座って。あー、ついでにおにぎりも出して」
「ひっく……ぅ……」
おずおずと上着に隠したおにぎりを取り出す。まるで献上するようにそっと引き渡したおにぎりを受け取ると、商品を戻す為か店員は一度店内に戻っていった。
「僕は……なんて事を……」
最初から万引きなんて考えるんじゃなかった。今更ながら後悔に押し潰されそうになる。これからどうなるのだろうか。警察を呼ばれて……それからどうなる?こうなった以上親に連絡など出来ない。冷静に話せるならまだしも、万引き少女が「あなた達の息子でした」なんて言っても信用してもらえる要素が無い。そもそも話す事すら出来やしないだろう。いっそ少年院にでも入れて貰った方が償いや社会復帰できるかもしれない。
「お待たせ」
ネガティブな方向に思考が沈んでいて気付かなかったが、戻ってきた店員に声をかけられビクッと体が震える。
「っ……ごめんなさい。盗むつもりじゃなかったんです」
「まー、万引きする人は皆そう言うわな」
「申し訳ありません……」
「親御さんの連絡先は?」
「……いません」
「……本当に?」
「…………」
客観的に見れば、親に連絡されるのが怖くて嘘をついている少女にしか見えない。どちらにせよこのまま通報されて、警察のお世話になるのは決定事項のようだ。
青い顔で俯きながら震える僕を店員は視線をそらさずに辛抱強く待つ。いっそ蔑んでくれた方が、怒鳴ってくれた方が気が楽だ。
「………連絡出来ないんです。今の状態だとどうしようもなくて」
やっとそれだけを声に出す。どちらにせよ万引きの言い訳にもなりやしない。
「……そっか。ちょっと待ってろ」
そう言って店員はまた店内へと戻っていった。警察へ連絡する為だろう。今まで悪い事をしないように生きてきたのにまさか万引きで警察に厄介になるなんて。
う、また涙が・・・随分と涙もろい。これも女の子になってしまった影響だろうか。男の時より感情の起伏が大きくて、上手く抑えが効かない。一人で涙を堪えていると、また店員が戻ってきた。警察への連絡が済んだのだろうか。
ふと、とてもいい匂いがした。
驚いて顔をあげると、温められたコンビニ弁当が目にはいる。
「・・・え?」
「お腹空いてるんだろ?お金は出しとくから食べな」
「え、でも、僕盗もうとして」
「泣くほど嫌なのに万引きしようとする、親に連絡は出来ない。まー、事情は察するよ」
「違う、違うんだ。僕はそんな事情じゃなくて」
言わんとしている事は理解できた。イジメか家出だと思われているみたいだ。
「んじゃ、親の連絡先言える?」
「……っ!」
そう言われて言葉に詰まる。
「食べな。俺はさっき廃棄の弁当食べて腹一杯だから君が食べなきゃ、それ捨てるだけだし?」
「ありがとう・・・ありがとう、ございます」
泣きながらコンビニ弁当を食べる日が来るとは思わなかった。恥ずかしいのでなるべく俯きながら。そして余計にお弁当の上にポタポタと大粒の涙を零しながら、僕は箸を進めた。
コンビニ弁当を食べ終わった時には満腹になり、涙は止まっていた。あれだけお腹が空いていたのに、女の子の体は随分燃費が良いらしい。
「食べ終わったんなら、そのベッドで仮眠しな。疲れてるんだろ?」
「でも、そこまでお世話になる訳には……」
「眼の下。すごい隈。いいからホラホラ」
「な、わっ、わっ」
所謂お姫様だっこと言うやつでベッドに強制的に連行された。あまりの早業に持ち上げられるまで何が起こったか分からなかったぞ。とっさに首に手をまわしてしまい、あまりの羞恥に顔が焼け死にたくなる。
「あぶなっ、おい、暴れんなって」
「っ―――……何から何まですみません」
「はいはい、さっさと寝ちまえ」
そういわれて目を瞑ると意外に早く眠気が襲ってくる。どうやら頭で考えていたより体は疲れてしまっていたようだった。明日からどうしよう。親への説明はなんと言って切り出そう。仕事は―――等とまとまらない悩みに埋もれながら、僕の意識は睡眠の安らぎの中へ沈んでいった。
―――しばらくたつと定期的な吐息が聞こえる。どうやら本当に眠ってしまったらしい、この随分と可愛ら しい家出少女はあまり人を疑うということを知らない様だ。
「なんつーか、危なっかしい子だな。野郎の前でこんな無防備に寝ちゃってよ。
こりゃしっかりと体で教育してやんねーとなぁ?悪い奴の前で隙を見せたらどーなるかよ」
―――ニヤリと笑うその顔はとても悪どい表情だったが、完全に夢の中にいた悠は知る由もなかった。
「ん、んんっ……」
ゴソゴソと人の動く気配と、布擦れの音で目が覚める。誰かが近くで服を脱いでいるのだろうか?ゆっくりと目をあけると、親切な店員が着替えをしているのが見える。
「ふぁぁあぁ」
朝日が目に染みる。ベンチで目を覚ました時より格段に良い目覚めで欠伸をしながら起き上る。
仮眠用で硬いとはいえベッドだ。ベンチやイスと比べれば格段に寝心地は良かった。
「よー、おはよう。『酷い顔』だぜ?顔洗って来いよ」
「ふぁい……ありがとうございます……」
欠伸を噛み殺しながら返事をする。どうやらちょうど仕事終わりだったのだろう。コンビニの制服から私服に着替えている親切な店員にそう促される。
「……!?」
バックヤードから出ると出勤前であろうサラリーマンと目があった。吃驚して目が丸くなっている。そんなにひどい顔をしているのだろうか?
「……ぶっ!?」
トイレに行く途中でキャバクラのお姉さんだろうか。疲れ切った顔の濃い化粧の女性と目があった。と思ったら吹き出された。その反応は女性としてどうかと思う。
しかし見る人が見る人かなり驚いた表情をしてる。一体どんな酷い顔になっているんだろう?恐る恐るトイレに入り、姿見の前に立つ。先ほどの彼らの反応の理由は、『その額に書かれた一文字』で容易く理解できた。僕でも同じ反応をするだろう。修学旅行で最初に寝た「脱落者」或いは「負け犬」に浴びせる洗礼。あるいはお約束と言うやつだ。
「に、ににに、肉ううぅぅぅううぅぅぅぅ!!!!?」
おでこにデカデカと書かれたその一文字がコンビニの店内に響くと、一瞬遅れて爆笑が続いた。
あんにゃろう……!!!やってくれる!!!
あ、よかった水性だ。すぐ取れた。
餌付けされるの巻
一話一話として長さはどうなんでしょう?短いかな




