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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第一章 重荷を負うて遠き道を行くが如しです
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第三話

もーういいーかい?


まーだだよー



もーういいーかい?


まーだだよー




気付いた時には教会の礼拝堂に座っていた。霞みがかる意識がひんやりとした木製の椅子の冷たさで覚まされる。

――ここは……?

辺りを見渡して見ても人ひとり居ない礼拝堂は寂寞感を掻き立てる。息をするのも気を遣いそうな程の静寂が余計に其れを増していた。

――誰かいないのか?

そう声に出して言ったつもりだった。しかし、声は音に成らず、無音の世界は続く。

椅子から立ち上がり、歩き出して見ても足音どころか布摺れの音すら聞こえない完全な静寂。

まぁ、夢ならばこんなこともあるだろう。あまり夢を見ない――或いは覚えてない僕にとって、夢と気づいたまま見る夢。所謂明晰夢というものに正直心を躍らせていた。

正面の講壇の前で立ち止まる。その後ろには全長で3メートルは超えるであろう見事な石膏の像が4体立っていた。

その像のどれもが美しい少女の像で、思わず目を奪われていると不意に後ろから声を掛けられた。


「みーつけた。……おにいさんだぁれ?」


背後を振り返ると年齢は6歳―それこそ小学生になったばかりであろう少女が不思議そうに首をかしげてこちらを窺っていた。

怪しいものじゃない。そう伝えようとするが、やはり声は出ず静寂に吸い込まれていった。


「おにいさん もしかして しゃべれないの?……ごめんなさい」


拙いことを聞いたと思ったのだろう、見るからにしょんぼりと落ち込む少女。慌ててフォローしようと試みるが、生憎声は出ないので、身振り手振りで何とか気にしていないことを伝えようとする。


「へんな おにいさん」


必死のボディランゲージはどうやら少女に滑稽に映ったらしく、先ほどの落ち込み様はどこへやら、可笑しそうに微笑む姿にホッと胸を撫で下ろす。

改めて目の前の少女を観察する。腰まで伸びた亜麻色の長髪はきめ細かく、癖っ毛はあるが風の無い礼拝堂の中でも少女の動きに合わせてサラサラと靡いている。少女らしい丸顔だが、はっきりとした目鼻立ちは将来美人になりそうな確信を持たせる。


ふと、違和感を感じた。いや、違和感と言うより既視感と呼ぶべきか。

僕はこの少女に会ったことがある?


「そういえば、おにいさんは どうしてここに?」


疑問を噛み砕く前に少女からの質問が入る。言われてみれば此処はどこなのだろうか。夢というのは起きているときの記憶の整理だと言うが、こんな荘厳な礼拝堂は初めて見た。生憎無宗教……とまではいかないが、クリスマス以外でキリスト教に入信したことも無いので、礼拝堂も現実で見たことは無い。『なんでここに居るか分からない』身振り手振りで少女に伝えてみる。伝わるだろうか。


「アハハ、おにいさん迷子なんだ」


少女に満面の笑みでそう言われた。伝わった。伝わったが、もうちょっと何か無かったのだろうか。

訂正しようにも少女から見れば事実、全くもって今の僕の状態は迷子に他ならない。


「こっちだよ。こっちが帰り道」


少女が手を取り、出口に向かって引っ張る。とても小さな手だ。

小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩きながら、少女の話し相手になる。

友達とこんなことして遊んだ、お昼に嫌いな食べ物が出た、でも今晩は好きな食べ物だ、勉強は難しいから嫌い、でも友達はすごく勉強が得意。

他愛もない会話だったけれど、少女が楽しそうに話すので、自分の幼少時代を思い出しながら頷き、聞いていた。微笑ましい気持ちで一杯になって将来子供が出来るならこんな娘がいいなぁとか結婚する相手も居ないのに性急な将来設計を描いてしまう。


「ここだよ」


少女が門の前で立ち止まった。お礼の言葉を伝える前に少女の呟くような謝罪の言葉が聞こえた


「……ごめんなさい」


道を間違えたのかな?気にしないで―――そう伝えようと思った瞬間、強烈な眩暈に襲われる。視界が歪み体の力が抜ける。まるで自分の頭が回っている様な錯覚に苛まれて膝を付いていると、やけに落ち着いた少女の声が聞こえた。


「貴方にはとても辛い事が起こるかも知れない。でも私はあの子を護りたい。身勝手なお願いだけど、一番大切な親友なの。幸せになって欲しいの」


驚いて少女を見る。一瞬別の人かと思ったが、声質は間違いなく先ほどまで話していた少女のものだ。


「貴方は私に似ている。他人の為に命を投げ捨てる覚悟がある心を尊敬してる」

「だから私は貴方を護る。貴方を信じる。貴方が信じる正義を貫く力をあげる」


その言葉は子供のものとは思えなかった。知性と経験を重ねた、何かを慈しむような声色。まるで母親が自らの子に言い聞かせる様な声。俯いた表情は窺い知れないが、その微笑むような口元はとても優しい。


「―――だから、だからね」


「きっと―――大丈夫だよ。おにいさん。」


白む視界には何も映らなかったけれど、ただ、そう聞こえた気がした。







「………」


目覚めてまず感じたのは倦怠感。公園の硬いベンチから身を起こす。一体何時間こうやっていたのだろうか、辺りは暗く、街灯の光と月の明かりが辺りを照らしていた。


「アイタタタ……」


躰を伸ばして首を鳴らす。ずいぶん可愛らしいコキコキと言う音が聞こえた。


「あー、夢、じゃなかったのか……」


自分の姿を確認すると、その体は少女のまま。夢だと思いたかったが、どうやらそうはいかないらしい。現実は非情だ。

そういえば、あの仔犬はどうなったんだろう?辺りを見回すが、それらしき姿は全く見当たらない。混乱させるだけ混乱させてどっか行くなんて随分無責任なやつだ。

あの熊の化物の影も形も見当たらない。壊れた遊具も何事もなかった様にわずかに錆びたボディを夜風に揺らしていた。まるでこちらは夢であったみたいに。


ふと、熊の化物の殺気と、その熊を圧殺した感触を思い出し、ゾッとする。肌が粟立ち寒気が全身を襲う。僕は、殺されかけた。そして、逆に殺した。

今までの生活の中で無縁であった命のやり取り。


殺される恐怖。

殺す恐怖。


そのことを思い出すと、静かな夜の公園がまるで処刑場にでもなったかの様なうすら寒さを感じてしまう。辺りを見回してみるが、誰も居ない。聞こえる物音は遠くから聞こえる車の音。独りでいると、またあのような化物に襲われるんじゃないか?嫌な予感が胸をよぎる。此処で怯えていても仕方がない。家に帰ってゆっくり落ち着こう。暖かいベッドの上で、テレビでも見ながらビールでも飲めば気も紛れるだろう。これからの事はそれから考えればいいんだ。

歩く、と言うには早く、小走りのようになりながら僕は家路に着いた。



家に着いてからと考えたものの思考と言うのは儘成らないもので、自宅までの帰り道を通りながらこれからの事についてつい考えてしまう。


仕事はどうしようか?

クビだろうか?あたりまえだよな。いきなり中高生くらいの女の子になってしまいましたって信じて貰える訳が無い。よしんば信じて貰えたとしても、そのまま仕事を続けていくのは不可能だろう。見た目中高生を働かせるなんてどう考えても不可能だ。


家族にはなんて言おう?

信じて貰えるだろうか?家族しか知らない事はたくさん知っている。簡単に信じて貰う事は出来るかもしれない。完全に納得出来はしないだろうけど、説得はたぶん大丈夫だ。でも、どうやってそこまで持っていこうか


これからの生活はどうしよう?

戸籍はどうなるのだろうか?性別を変える手続きとかは以前、人権だの性同一性障害の観点とかで変更は可能だったはずだ。しばらくは親元で厄介になりながら、アルバイトなりで生計を立ててくことになるだろう。あー、くそ、今の会社入るの結構苦労したのになぁ



憂鬱になりながら色々思案する

その時の僕は気付いていなかったんだ

そんな悩みはそもそも必要なかったんだって

至極簡単で単純な事だ





『死人は話せない』





自分のアパートに着いた僕はその事実に直面する


「あの、これは……」


「ん?おじょうちゃん竜胆さんの知り合いかい?交通事故らしいよ。惜しい人亡くしたねぇ……挨拶もしっかり出来ていい青年だったんだけどねぇ」



僕は自分の部屋から引っ越し業者に運び出される大量のダンボールを、只々呆然と眺める事しかできなかった。






そう、死人は話せない。動かない。だから誰も死んだ人の生活の場を用意しない。



そうして僕は家を失った(ホームレスになった)んだ

家がない

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