母の命日に語る過去
ヤヤの過去のストーリー
「あの日もこんな雨の日だったな」
リビングで何気なく較が呟く。
「あの日って?」
良美が聞き返すと、較が頬をかく。
「お母さんが死んだ日。今更ながら、あちきは、自分の甘さを痛感してる。自分が子供だからって、護ってもらう存在だって思い込み、何もしなかった自分の甘さを」
流石の良美もそれ以上は、聞けなかった。
「それで、八子さんだったら、その事件の詳しい話を知ってるんじゃ無いかと思って聞きに来たの」
霧流家に来て質問する良美に八子が悲しそうに語る。
「あれは、不幸な事故だったわ。白風の長に恨みを持つ勢力の仕業だったら、まずあの事件は、起こせなかった。第一、白風家に近づくことすら不可能。犯人が、一般人だったから白風家に進入が出来、ヤヤの本能にも触れなかった」
「結局、どんな事件なんですか?」
良美が促すと八子が詳細を話し始める。
「その日は、冷たい雨が降る夜だった」
庭に落ちる雨音が響く白風家。
「お父さん、帰ってこないの?」
まだ八歳の較が悲しそうな顔で母親、未知子に問いかける。
「大丈夫、明日には、帰ってくるから。今夜は、一緒に寝てあげる」
優しく較を抱きしめる未知子。
子守唄を聞いて安らかに眠る較を眺めながら焔の写真を見る。
「貴方が強さを確かめたい気持ちも解る。私なら我慢できるわ。でも、ヤヤだけには、寂しい思いをさせて欲しくないの」
「奥様、すいません」
頭を下げる一人の白風の分家。
「いいのよ、子供が風邪をひいたんでしょ、帰ってあげなさい」
未知子の優しさにその分家の人間は、何度も頭をさげる。
「本当にすいません!」
苦笑する未知子。
「元々、うちの旦那が勝手に予定を変更して、帰るのが遅くなったのが原因のヘルプでしょ? 気にしないで良いわ」
「ありがとうございます!」
そのまま未知子達の警護をやる筈だった分家の人間は、敷地を離れて行った。
それでも、白風家の周りには、多くの分家が点在しているので、八刃に敵対する存在が進入してきても白風家に近づくことは、出来なかった。
「また雨が強くなったかしら?」
そんな時、ガラスが割れた音が響いた。
「まさか……」
未知子が戸惑う中、錆びついた包丁を持った男が侵入してきた。
「金を出せ! 薬を買う金が必要なんだ!」
男は、痩せこけ、中毒も末期症状に入っていた。
「駄目よ、貴方は、今すぐ病院に行くべきよ!」
「うるせえ! お前まで俺を売るのか!」
半狂乱になった男が包丁を振り回す。
どうにか、男を助けようと頭を回す未知子。
「お母さん、どこ?」
較が半べそをかいて未知子を探しに来たのだ。
「ヤヤ、来ちゃ駄目!」
未知子が叫んだ時、男は、正気を感じさせない目で較を見て叫ぶ。
「お前みたいなガキまで俺をクズ扱いするのか!」
較に向かって振り下ろされる包丁。
咄嗟の事に反応出来ない較。
実際問題、ここで較が刺されても死ぬ可能性は、皆無と言って良かっただろう。
しかし、包丁は、八刃の血を引いて、生命力が高い較でなく、普通の人でしかない未知子に刺さっていた。
「大丈夫?」
背中に包丁が刺さった状態でも未知子は、較を怖がらせないように笑顔だった。
「……お母さん」
狂った男は、何度も何度も、未知子を包丁で刺した。
較が動こうとしたが、未知子が強く抱きしめていた為、動けなかった。
「貴女は、戦わなくても良いの。貴女は、優しい子に育って」
無茶な使い方に包丁が折れた後、男は、逃げさっていく。
安心した未知子が床に崩れ落ちた後、分家の人間が駆けつけるまで較は、未知子の死体の前で呆然と立ちずさんでいた。
「俺が、到着したのは、それから一時間後だった。その後、男を捕まえて、今も続く苦痛を負わせ、男に麻薬を売った奴らは、根こそぎ滅ぼしたが、そんな事では、何の贖罪にもならない」
未知子の墓に向かって呟く焔。
「恐怖に、心を閉ざし、八刃の本能とも言える戦闘技能すら封印した較を傍に置いて、俺は、前まで以上に戦いに没頭した。お前を亡くした事を忘れるためだったのかもしれない」
雨の中、傘もささず佇む焔。
「そんな中途半端な俺の所為で、ヤヤは、更に苦痛を背負う事になった」
焔の脳裏に九歳の較に起こった惨劇が蘇る。
焔の海外でのバトル。
万が一にも較が襲われる事が無い様に十二分な警護を配置していた。
自閉症気味だった較は、ホテルの一室で、ぬいぐるみを抱きしめていた。
そして、一人の男がその部屋に侵入した。
その男が殺意や害意を持っていたなら警護の人間が気付いていた。
しかし、その男が持っていたのは、幼いながらも可愛かった較への性欲だけだった。
「おじょうちゃん、おじさんと遊ぼうね」
「あそぶ……」
呆然としていた較を床に押し倒す男。
それでも較は、何の反応を見せない。
「抵抗しても良いんだよ、どうぜ無駄だから」
男は、勘違いしていた、万が一にも抵抗されていたら男など、瞬殺されていた。
それは、その後、直ぐに実証される事になる。
強引に男は、較のバージンを奪った。
その痛みが心を閉ざしていた較を覚醒させ、母親の最後の言葉、戦わなくても良いって言葉を守る気持ちを喪失させた。
腕を掴まれた男が楽しそうに言う。
「やっと抵抗してくれるのかい?」
次の瞬間、男の腕がもげた。
強烈過ぎる痛みは、感じるのに時間が掛かる。
床をのたうつ男の顔面に較の容赦ない拳が決まる。
一撃で顔面は、陥没した。
鼻が無くなった男の顎にフックが決まり、顎が砕かれる。
その時点で、まともの悲鳴も上げられず、逃げることも出来なくなった男の喉を較が踏み潰した。
較は、自分の手を見ていた。
「あれが、あちきの初めての殺人だった。あの事件が無ければあちきは、今でも戦いを拒絶していた。お母さんがそうした様に。あの時は、殺されるかもと思ったけど、それでも良かった。死ねばお母さんと同じ所にいけるから」
「何時から居たの?」
八子に話を聞いていた良美の質問に、突然現れた較が答える。
「最初からだよ。中学の運動会みたいにとんでもないことを企んでいたら嫌だったから、監視に来てた」
「悪かったよ、ヤヤに直接聞くべきだったね」
良美の謝罪に苦笑する較。
「良いよ。あちきだって、あの頃の事は、詳しく思い出したくなかったしね。それより、小較を迎えに行くよ」
「はいはい。お邪魔しました」
良美も八子に挨拶して、立ち上がる。
小較は、較が中学に入るまで預けられていた黒林道場に居た。
「ここに居た時のヤヤお姉ちゃんってどんなだったの?」
小較の質問に一美が答える。
「家の手伝いもして、言うことを聞く良い子だった」
当時の無害そうな笑顔を見せるランドセルを背負った較の写真を見せる。
「可愛い!」
実際問題、下手をすると驚いてる今の小較より年下に見えるかもしれない。
「でも、この頃ってバトルに参加していましたよね?」
白風家専用配達人の兄、ツバサの不在中に厄介になっている(生活基盤は、こっちにあって、兄とのアパートには、着替えくらいしかない)ツバキが言うと悲しそうな顔をする一美。
「そう、ヤヤちゃんは、苦しんでいた。あたし達には、それを悟らせない様にしていたのよ」
黒林道場の傍の人気の無い廃ビルの近くを通る較。
「そういえば、一美さんの所にお世話になってる時は、よくここでバトルしてたよ」
較の呟きに良美が手を叩く。
「そういえば、当時、ここに幼女の姿をした鬼が出て、人を襲ってるって怪談があった!」
遠い目をする較。
「完全に隠蔽した筈なのに何処から漏れるんだろうね」
「小学生のやる事に完璧なんてあるわけないじゃん」
良美の言葉に苦笑する較。
「そうだよね。あの頃のあちきは、それすら解らなかった」
ランドセルを背負った較は、ゆっくりと対戦相手に迫る。
「ガキが、生意気なんだよ!」
振り下ろされるドス。
『アテナ』
避けもしない較だったが、ドスは、はじき返される。
『バハムートブレス』
掌打から打ち放たれる気が男を廃ビルにめり込ませる。
血を吐き、地面に落ちる男に歩み寄る較。
「それ以上、兄貴に近づくな!」
男の弟分が安物の拳銃を震える手で構えていた。
「負けを認めろ! いくら手前が化け物でも拳銃には、勝てないだろうが!」
「撃てば」
淡々と告げる較への恐怖に弟分は、拳銃を乱射した。
殆どの弾丸が当たりもしない。
しかし、一発だけが顔面に直撃した。
「やった!」
しかし、較は、平然と弟分に近づく。
「止めろ! 対戦相手は、俺だ! そいつに手を出すな!」
地面に倒れた呻きながらも手を伸ばす男を無視して較は、弟分に近づくとその両肩に手を触れた。
『バジリスク』
「……」
全身の骨を砕かれ、言葉にならない悲鳴を上げて、人として終わった弟分。
「貴様!」
最後の力を振り絞り立ち上がる男。
ドスを腰に構えて特攻をかけてくる。
較の腹に突き刺さるドスに男は、勝利を確信した。
『インドラ』
次の瞬間、男を一生の眠りにつかせる電撃が襲う。
残存戦力がない事を確認してからヤヤが眉をひそめる。
「服に穴が空いちゃった。一美さんに心配がかけられないから同じ服を買って着替えないと」
二人の人間を再起不能にしておきながら当時の較にあったのは、そんな感想だけだった。
「それじゃあ、当時、やたら服が新しそうになってたのは、気のせいで無く、新品を買ってたのね?」
良美から事情を聞いた一美が眉を寄せるのを見て較が視線を逸らす。
「ほら、一美さん達に余計な心配をかけたくなかったから」
ため息を吐いて一美が言う。
「本当に馬鹿なんだから、小学生なんだからもっと大人に頼れば良かったのよ」
「ごめんなさい」
大人しく頭を下げる較。
「何か、今のヤヤさんよりやさぐれてませんか?」
ツバキの指摘に良美が言う。
「本気でやさぐれていたの」
「正確に言うと、心を閉ざしていたというべきね」
一美が続ける。
「何があったんですか?」
較が恥ずかしそうに言う。
「ヨシと友達になったんだよ」
「あの頃から、変わったわね」
一美が言う。
「そういえば、近頃恋人も居るしね」
良美の何気ない一言に、一美が目を見開く。
「本当なの、ヤヤちゃん!」
「夢斗さんは、撮る写真が好きだから家に住ませて色々お世話をしてるだけで」
較が弁解すると一美は、ヒートアップする。
「まさか、ヤヤちゃんがそんな一昔前の作家の内縁の妻みたいな事になってるなんて!」
「だから違うんだって!」
較の必死の説得は、上手くいかず、色々と大騒ぎになるのであった。