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いつか騎士になる  作者: enry
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 エリックがブランヴィル家にやって来た日の翌朝。

 朝食を終えたエリックは、漆黒の騎士の制服に着替えて自室でハロルドの訪れを待っていた。


 いよいよ今日から、騎士として働きはじめられると思い、エリックの胸は高まる。だが、昨日のクレア嬢の様子とハロルドの話から、おそらくエリックにとっての最初の任務は、クレア嬢を説得して、専属の護衛騎士として付くことを認めてもらわなければならないという、重大な役目となることだろう。


(夢と言うものは、そう簡単には手に入らないものなんだ。今までもそうだったじゃないか。

これは試練のひとつと思い頑張らねば・・・。)


 エリックは、自分自身をそう説得し、気合いを入れた。


 すると、部屋のドアが控えめにノックされ、エリックが返事を返してドアを開くと、そこにハロルドが立っていた。


「エリックさん、おはようございます。昨日はよく休めましたでしょうか?

 過ごされていて、何か御不便なことはありませんでしたか?」


「おはようございます、ハロルドさん。

 いえ、不便なことなど何も・・・。

 私のような者に、こんなにきちんとしたお部屋をご用意してくださって、恐縮しているくらいです。

 ありがとうございます。」


 エリックがそう答えると、ハロルドはよかった、というように微笑んだ。


「では、旦那様の執務室にご案内いたします。」


 そうして昨日と同じように、ハロルドの案内でエリックは屋敷の長い廊下を進んでいった。




 伯爵の執務室に着き、ハロルドに促されてエリックが入室すると、部屋の奥に大きな机が置いてあった。エリックの与えられた部屋にある机よりも数倍大きなその机が、部屋の中で存在感を主張していている。そして、窓側を背にし、その大きな机に向かって1人の初老くらいの男性が座っていた。


「おはようございます、旦那様。

 お嬢様の専属に任命した騎士を連れてまいりました。」


 ハロルドが、ブランヴィル伯爵に向かってそう紹介した後、続けてエリックが自己紹介する。


「お初にお目にかかります、旦那様。

 エリック=ベーラーと申します。

 この度は、クレアお嬢様の専属護衛の任を与えてくださり、誠にありがとうございます。」


 エリックがそう言って礼をとると、次に伯爵が名乗り出る。


「ブランヴィル家へようこそ。

 私が、クレメント=ブランヴィルだ。今日からよろしく頼むよ。」


 伯爵はそう言ってエリックに微笑んだ。

 エリックが顔をあげて伯爵に目を向けると、微笑んで少し細められたグレーの瞳を持つ伯爵の目元は、少し厳格な雰囲気が感じられた。そして、クレア嬢と同じ栗色の髪には、少しだけ白髪が混じって見えた。


「はい。お嬢様の専属騎士として、我が身を挺して務めさせていただきます。」


 エリックが右手を左胸に添えて誓うように言う。


「うむ。」

 伯爵は満足そうに頷く。


「私はね、父親として娘が心配なのだ。

 娘の側に私がいつもついているわけにはいられないからね。私の代わりに君にそれをお願いしたい。」


「はい、お任せください!」


 エリックが活き活きと答えると、伯爵が「ほう、頼もしいな。」と呟いた。


「では、娘に危険なことが及ばないよう、普段からよく注意して見てておくれ。」


「かしこまりました。」


 エリックは伯爵の言葉に嬉しくなった。今まで、頼りない奴だと散々言われて来たエリックにとって、頼もしいと言ってもらえるのは滅多にないことだった。

 昨日、クレア嬢には速攻で追い払われてしまったが、父親である伯爵がエリックを頼りに思ってくれているのなら、クレア嬢も専属付きを認めてくれるかもしれない。そう思うと、伯爵の言葉が大きな励ましの言葉に感じた。


「それと、クレアは普段、独りで過ごすことが多いのでな。

 時々、話し相手にでもなってやってほしい。

 嫁に出すというのに世間知らずな娘だから、世間話などしてやってくれ。」


 伯爵の更なる頼みに、一瞬また勢いよく返事をしようとしたエリックだったが、ここで今後クレア嬢とどう接していったらよいのか不安に感じていたことを伝えようと思った。


「ですが、お嬢様には昨日、専属は必要ないと、これを渡されて追い返されてしまいました。」


 エリックは、ハロルドに預かってて貰った小切手を伯爵に差し出す。


「そうか。」


 伯爵は小切手を受け取り、その額を見てフフッと笑い出す。


「クレアは本気のようだな。」


 伯爵の厳格そうな目元が、緩んでいく。


「いやあ、私の考えが甘かったようだ。」


 そう言うと、伯爵は再び声をあげて笑う。


「いい加減、私に反抗するのはやめてほしいのだがね。

 クレアには、早く大人になって貴族らしい振る舞いをしてもらいたいものだよ。あのような娘では社交界では恥だ。」


 伯爵は笑うのに満足すると、エリックにクレアの小切手を返した。


「娘は、私に似て頑固でな。

 最初は君が傍についているのを嫌がるだろうが、結局私が決めたことには逆らうことができないだろうからね。そのうち諦めるだろうさ。

 この小切手は、頑固な娘に免じて、君の好きにするとよい。」


「いえ、これはお嬢様に後ほどお返しするつもりです。」


 伯爵が小切手をエリックに返すと、エリックは遠慮がちにそれを再び手にし、心に決めていることを伝えた。

 伯爵は、そんなエリックに微笑む。


「娘に関わるのは大変だろうが、君を信頼している。よろしく頼むよ。」


 そう言って伯爵は、エリックに手を差し伸べて握手を求めた。


 エリックは、これからのことにまだ少し不安を抱きながら、伯爵の大きな手と握手をする。



 厳格そうな伯爵のその手は、思ったよりも暖かだった。


父親を知らないエリックは、伯爵に娘想いの優しい父親の面影を感じ、少し羨ましく思った。



 握手を交わした後、エリックが伯爵の部屋を退出しようとした時、伯爵が最後にふと呟いた。





「そういえば、君は誰かに似ているな・・・。

 はて、誰だったかな・・・。」






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