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いつか騎士になる  作者: enry
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(なんてことなの・・・)


 騎士と名乗ったエリック=ベーラーと執事ハロルドが部屋から退出した後、クレアは独り大きなため息をついて、先程まで穏やかに読書していたイスに再び腰かけた。

 クレアは読んでいた本の続きを読もうとしたが、彼女の心には今、波風が立ってしまっていて、なんだか落ち着かない。文字が全く頭に入ってこなく、これ以上読書を続けるのは無理があった。


 手にした本を閉じると、クレアは額に手を当て、悩ましげに頭を項垂れる。

 そして、先ほど強制的に退出させた、自分の騎士だと名乗った青年のことを思い出していた。


 エリック=ベーラーは、確かにブランヴィル家の黒色の騎士の制服を着ていた。彼が部屋に入って来た時に、クレアはすぐそれに気が付くべきだったと後悔する。


 しかし、そんな彼の服装よりも、彼に初めて会った者ならば、この国では珍しい、癖の強い金髪と印象的な青い瞳、そして中性的で美しさをも感じられる顔立ちという、彼特有の少々派手さを感じられる部分に、まずは真っ先に目が行くことだろう。


 印象的な青年の姿を思い出しながら、悩ましい気持ちの他に、少々笑い飛ばしたい気持ちがクレアに湧いてくる。


(あれで、騎士ですって?!冗談でしょう?!)


 青年が自ら騎士と名乗ったにも関わらず、彼のその頼りない細身の体格から、クレアは彼が騎士であるということを疑いたくなる。

 クレアの知る騎士とは、いや、そもそもこの国において世間一般の騎士たちは皆、鍛えられた逞しい身体つきを持っているものだ。ましてや貴族の屋敷に仕え、守る側の立場である守護騎士――護衛騎士や警備騎士たちには最も必要なことでさえあるはずだ。


 しかし、エリック=ベーラーは、『それら』の騎士たちとは違った。騎士であるなら、養成は受けているはずであるし、あれでも身体は鍛えては来たのだろうが、いざという時に、彼が重い剣を振るったり、相手と力をぶつけ合ったりすることが、彼の細身の体格からはどうしても想像し難い。


 クレアは、そこまで思考を巡らすと、そこで思いとどまることにした。

 今、クレアを悩ませているのは疑い深い騎士の身の上ことではないのだ。

 その護衛騎士が、『彼女の騎士』であることが大問題なのである。


(お父様の考えていることなんて、すぐわかったわよ・・・)


 クレアは先程のやりとりの中で、騎士を寄越したのが父親とわかったと同時に、その父親の思惑を瞬時に推測できた。

 おそらく彼女の父親は、単に護衛として騎士を雇ったのではないはずだ。

 父親のその思惑に気づいた彼女は、自分の父親の抜かりなさに感心した。

 しかし一方では、その父親にふつふつと怒りが湧いてくる。


(今の私にとって、専属騎士など邪魔な存在でしかないのよ。

 お父様はあえてそれを狙って専属騎士なんか寄越したんだわ。)


 先ほど、クレアは騎士を無理やり追い返したが、おそらく父親がそう簡単に騎士を娘につけるのを諦めることはないと、父親と同じような頑固さを受け継いでいるクレアにもわかった。


(お父様がその気ならば、なんとしてでもあの騎士を追い出してみせるわ。)


 クレアは、父親への怒りを闘志心の燃料に変えて行く。


(あんな、なよなよしい騎士、簡単に追い出してみせるわ。

 困らせでもしたらすぐに尻尾まいて逃げ出しそうよ。)


 そして、まずはあの胡散臭い騎士の弱みを探るべく彼の身辺調査から入ることで、慎重に進めて行くことに決めたクレアは、小さく微笑んだ。




+ + + + + + + + + + + + + + + + +




 ・・・コンコン。



 クレアが部屋でイスに腰掛けたまま、頭の中で密かに作戦を練っていると、部屋のドアが控え目にノックされた。

 一瞬クレアは、さっきの騎士が戻って来たのかと思い焦ったが、さっきの今で、それはないと思い至り、落ち着いて「はい。」と返事を返した。


「クレア様、失礼致します。」


 そう言って部屋に入って来たのは、クレアの家庭教師である、ダリアナ=ストークスだった。

 彼女の姿を捉えたクレアは、「あら、もうそんな時間ですか?」と言って慌ててイスから立ち上がる。


 ダリアナは、週に3回ほどこのブランヴィル家にやって来て、クレアの家庭教師を務めている。

 今日はその日だったのだが、午後一番に思わぬ来客がこの部屋に来たことによって、クレアは午後の予定と時間を気にすることを忘れてしまっていた。


「すみません、先ほど来客があったものだったので・・・。」


 クレアが言い訳めいたことをいうと、ダリアナは「いえ。」と短く答える。


「今日、お屋敷に来てから、侍女に聞きました。

 新しい騎士の方が来られたとか。

 お客様は、騎士の方だったのでしょう?」


 ダリアナの言葉に、クレアは『さすが先生だ、情報が早い』と心の中で呟く。


「ええ。なんでもわたくしの騎士とかおっしゃっていまして・・・。

 わたくしそんな話全く聞いていなかったので驚いてしまって。

 お帰りになってから、ちょっと動揺してしまってましたの。」


 クレアの話に、ダリアナは頷いて納得してくれているようだった。


「無理もないですわ。

 ・・・全く旦那様は、何を考えていらっしゃるのかしら。

 こんな時期に、急に専属の護衛騎士だなんて。

 クレア様はご婚約中の身でしょう?いくら騎士と言えども、この時期に、新たに男性を傍におこうとするだなんて・・・。」


 ダリアナは小言のようにぶつぶつと呟いた。

 普段クレアは、ダリアナのくどくどしい小言にはうんざりして耳を傾けようとしないのだが、今日の小言には思わず、身を乗り出して聞き耳を立ててしまった。

 そして、ダリアナは自分に味方してくれる側であるとクレアは判断すると、先程練っていた計画の続きを思い立った。


「でしょう?

 私も雇われたばかりの信用ならない騎士が傍につくなんて不安なのです。

 それに、なんだか騎士らしくなくって、素性を疑ってしまうような人なんですの。」


 クレア小さくため息をつくと、ダリアナは不憫そうに「まあ・・・。」と呟く。


「わが身を守ってもらう護衛には、信頼性が最も重要でしょう?

 あのようなわけのわからない騎士なんかより、屋敷にいる他の護衛騎士にかけもちしてもらった方が全然安心に思えるくらいだわ。」


「そうですわね、長年仕えている護衛のセドリックとかの方が、信用できますね。」


 ダリアナがうんうんと頷く。


「ですから、少しでも信用性を持てるようになるために、あの騎士の素性がわかるような情報がほしいと思っておりましたの。

 先生、協力してくださってはくれないかしら?」


 クレアの言葉に、ダリアナが「わたくしが?」と不思議そうに問い返す。


「ええ。先生なら、と思いまして。

 先生は、今までいろいろな街やお屋敷で教えてこられたのでしょう?

 でしたら、いろいろとお顔も広いはずですわよね?

 その先生の人脈の広さから、あの騎士の経歴を調べていただきたいの。

 守護騎士ならば、今までも他の屋敷に仕えていたりしていたかもしれないですし・・・。」


「そうですわね・・・できないことはないと思います。

 ですが、すぐには無理かもしれません。少々、時間が掛るかと。」


 ダリアナが少し顔をしかめて言う。一方でクレアは笑顔をつくり、そんなダリアナの両手をとって畳みかける。


「それは承知の上ですわ。

 先生の可能な限りで構いません。お願い致します。」


 クレアがそういうと、ダリアナはフッと微笑み返した。


「わかりました、できる限りのことはやらせていただきます。

 では、調べる上で必要になるかと思うのですが、彼の名前は何と?」


 ダリアナは、頼もしい声でクレアのお願いに答えてくれた。




 そしてクレアはさらに深みをこめてにっこりと微笑み、ダリアナの手をキュッと握った。





「エリック=ベーラー、と名乗ってましたわ。」














 

今回は、お嬢様にしてはひどい言い様でしたが、

クレア視点のお話を読んでくださってありがとうございます。


舞台となっている架空の王国における世間の偏見から、クレアの騎士に対する偏見的な思考がありますが、それはこの物語だけの架空の世界の中だけの設定ということで、ご了承ください。

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