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いつか騎士になる  作者: enry
2/6

*2013.5.11

一部分改稿しました。

内容は変わっていません。

 この日、ブランヴィル伯爵家にやって来たエリック=べーラーは、伯爵家の新しい騎士として雇われた青年であった。

 エリックと伯爵家との雇用契約は、およそ一週間ほど前に締結しており、今日は初出勤の日だった。

 そしてエリックは、この初出勤をそれはそれは楽しみにしていた。


 11歳の頃、エリックは騎士の養成学校に入り、16歳までの5年間、騎士になるために日々励んできた。しかし、細身の体格だったエリックは、体力的にも筋力的にも劣ってしまうところがあり、養成学校の中でどんどん落ちこぼれて行った。技術試験は落第が続き、卒業が危ういとされていたが、落ちこぼれのエリックには1つだけ、騎士を目指す他の生徒の誰にも負けないものがあった。


 それは、エリックの騎士の心得だった。

 エリックは、誰よりも騎士になりたいという強い心と、騎士にとって必要な誠実さや判断力の高さなどといった、内面的要素を強く持っていた。細身という身体的な欠点の部分を覗けば、エリックは他の誰にも負けない騎士の素質があった。

 養成学校の教員たちは、常に真面目に課題に取り組み、誰よりも努力を惜しまないエリックの姿を、高く評価していた。そのため教員たちは、エリックをなんとか卒業させてあげたい、騎士になってほしいという思いでサポートしながら、卒業まで懸命に導いてくれたのだった。


 養成学校では、5年間という定められた期間の間に、卒業条件をクリアできた者だけが卒業でき、騎士の資格を得ることができる。そして卒業後は、正式な騎士として社会の中で活躍していく。


 エリックもなんとか無事に卒業を迎え、正式に騎士になれる資格を得たことから、さあ就職だ、となるはずだった。

 しかし、同期で卒業した他の新米騎士たち全員が就職口を見つけて騎士として働き出した頃になっても、エリックの就職先は見つからないままだった。


 エリックは、貴族ではなく平民の出身であった。生まれた時から父親はおらず、母親との2人暮らしは、決して豊かとはいえない、貧しいものだった。そのため養成学校卒業後は、金銭的な問題から、騎士として働けなくとも、暮らしのために働かざるを得ない状況に、彼は追い込まれていくことになる。


 卒業後、半年が経っても騎士としての就職先が見つからなかったエリックは、体を鍛えるためにもと思い、農場の補助用員として収穫の忙しい時期のみで働くことにした。そして、空いてる時間で就職口を探した。

 しかし、結局卒業して1年たった頃になっても見つからず、とうとう日常的に働かなければならない状況にまでなってしまい、エリックは一旦、騎士として働くことを諦め、王都郊外の男爵家の屋敷の下男として雑用係のような仕事を始めた。

 さらにその後半月を過ぎた頃、エリックにとって更によろしくない状況が発生する。下男として真面目に働いていたエリックは、男爵家の女主人に気に入られ、強制的に女主人の愛人にされてしまいそうになったのだ。そして、エリックの意思に反して女主人との危うい関係が築かれ始めようとされた時、それに勘付いた男爵にエリックは身を引くように要求され、下男の仕事を辞めざるを得なくなってしまった。

 そのため、金銭的に厳しい暮らしをしていたエリックは思いもよらない事態に路頭に迷いそうになったが、愛人をつくろうとした妻を恥じた男爵がエリックに対して口止めの条件として、男爵家を退職させるかわりに新しい就職先を斡旋する、と言ってくれた。


 その時、もちろんエリックは、騎士としての就職先を希望した。

 やがて、エリックが男爵に紹介された先が、なんと名家のブランヴィル伯爵家の騎士という職だった、というわけである。


 こうして、幾度か遠回りをしたが、彼の騎士としての人生がようやく幕を開けようとしていた、

 

 

 ・・・・はずだった。 




「大変申し訳ありません・・・。」


 これまでの、騎士に辿りつくまでの長く苦しい道のりを走馬灯のように思いだしていたエリックは、ハロルドが長い廊下の途中で立ち止まり、エリックの方を向いて謝罪の言葉を述べたことで、ハッと我に返った。

 エリックも同じように立ち止まると、ハロルドとお互いに冴えない表情で向き合う。


「いえ・・・あの・・・これはどういうことなのでしょうか?」


 エリックが恐る恐る目の前のブランヴィル家執事に訊ねると、執事はさらに申し訳なさそうな顔になった。エリックはその執事の表情にますます不安になって、更に確かめるように問い詰めてしまった。


「私は・・・私は、正式に契約しましたよね?!しかも契約上の雇用者は御家当主様だったはずです!伯爵様の正式なサインと印が入った、御家お嬢様の護衛の任という雇用契約締結書がきちんと私の元へ届きましたよ?!」


 一気に捲し立てていうと、エリックは己の顔からドッと汗が噴き出すのを感じた。

 一週間前、雇用契約締結書がブランヴィル家の使いによってエリックの自宅に届けられ、その書に記されてあった『クレア=ブランヴィル嬢の護衛の任』という文字に、大層舞い上がっていた自分をエリックは思い出した。

 彼は、伯爵令嬢の護衛という、思ってもみなかった名誉ある騎士の仕事に、舞い上がっていたのだ。

 騎士としては、近衛騎士として王族に仕えることが最大の名誉であり、騎士の憧れの夢とされているのが世間では一般的だったが、エリックの置かれてきた状況からはそんなことも言っていられない。伯爵家という地位の名家に務められるだけでもすごいことだと感じ、大きな喜びを感じていた。

 しかし、その一方で、苦労してようやく騎士の道が開けたエリックは、やはり王宮に上がる夢がどうしても捨てきれないところがあった。だが、更なる幸運として、ブランヴィル伯爵家に仕えれば、その夢を諦めなくてもすむ、という可能性があったのだ。

 

 彼の捨てきれない夢のその可能性とは、彼が仕えることを任命された、ブランヴィル伯爵家長女、クレア=ブランヴィル嬢という存在だった。


 なぜなら、クレア=ブランヴィル嬢は、この王国の第二王子の婚約者である、という肩書きを持っていたからである。



 


「先程、クレアお嬢様がおっしゃっていたことはお気になさらないでください。」

 

 ハロルドは、困惑気味のエリックに向かって静かにそう言った。エリックは、その意味が全く分からず、聞き返す。

「・・・と、いますと・・・?」

 

 エリックの問いに、先ほどまで申し訳なさそうな表情をしていたハロルドは、キリッと表情を引き締めて、はっきりした声で述べた。

「ベーラーさん、貴方はブランヴィル家当主、クレメント様が正式に契約した護衛騎士、ということになんの変わりもありません。」


 ハロルドのよく通る声は、長い廊下によく響いた。エリックはその響きの余韻を感じながら、ホッとして顔を綻ばせる。

 だが、エリックの勤務に関する問題が解決したわけでは全くないのだ。

 そう思いなおすと、エリックの表情がまた曇りだす。そのエリックの不安な様子がわかったのか、ハロルドは不安を和らげるようにほほ笑えむと、エリックを廊下の先へと促した。

「ここでの立ち話はあまりいい状況とはいえません。お部屋でお話しいたしましょう。

 ベーラーさんのお部屋をご用意させていただいているのですよ。」


 ハロルドの言葉に、エリックは不安が少しだけ和らいだのを感じた。



 そしてエリックの足取りは、もう先程までのようによたよたしたものではなく、確かな足取りへとなり、先を行くハロルドの後について行った。










 

第2話も読んでくださりありがとうございます。




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