第1話
錬金術師とは、それはそれはとてもスゴーイ存在なのである。どのくらい凄いのかというと、もう何でもアリじゃね?ってくらい凄いのだ。
公式チートといっても過言じゃない能力を持つ人間。それが錬金術師であると覚えておけば、大抵の事には動じないでいられるハズ。納得できるかはともかく。
そんな夢と希望と少量の絶望が入り混じる職業として有名な錬金術師だけど、世間では国から認められて特別な免許証を持っているプロの錬金術師と、特に免許などは持たず独学で錬金術を学んでいるアマチュアの錬金術師の2タイプに分けられている。
ちなみに俺の嫁さんは国から課された試験をパスした正式な錬金術師。免許証はそれぞれが正答率1%以下のクソ難しい学科試験と、丸一日費やす実技試験を突破しないと貰えないものの、嫁さんは苦もなく合格したようで、錬金術の界隈では天才扱いされて何かとちやほやされているようだ。
国家専属の錬金術師として、数多の国から破格の待遇で招聘されていたが、結局本人はフリーとして活躍する道を選んだ。理由は「面倒だから」らしい。
そんな彼女も一時期は子供達に錬金術を教えようとしていたようだけど、反面教師というか何というか……普段の母親の姿から錬金術にあまり良い印象を持てなかったらしい子供達は、全く乗り気になってくれず、結局息子は俺から剣術を。娘も俺から剣術を。妻は我が子に構ってもらえず不貞寝という結末に終わった。
まぁ三度の飯より調合を優先したがる彼女の自業自得と言えなくもない。でも、あれはさすがに可哀想だったかも。調合した傷薬や風邪薬で多くの人間が助かっているという事実を知れば、子供達の印象も少しは変わるかもしれないけど――いや、暴動の現場に居合わせたら目も当てられないな。
「ソーイチぃ……」
唐突に紡がれた気怠るそうな声。視線を下に向けて、俺の左膝を臆面もなく占拠している我が愛妻を見つめる。
「なに?」
「街はまぁだぁ~?」
御者台にだらしなく寝転がりながら、セフィーアは両足をパタパタと躍らせる。どうやら退屈過ぎて、調合中毒を発症させてしまったらしい。まぁ別段珍しいことでもないので、適当に相手をするのが一番だ。
「そうだなぁ、あと少しかな?」
「それさっきも聞いたぁ~」
「さっきもそう答えたからね」
「ぶぅ……つまんな~い」
頬を膨らませて不満をアピールしてくる俺の嫁さん、見た目は幼児の二児の母親。あらうんどふぉーてぃー。
「今、私の歳について考えたでしょう?」
「唐突に何を言うか」
「私の勘が妙な波長を感知した」
「そんな頭に悪そうなもん、すぐに廃棄しなさい」
相変わらず素晴らしい勘をお持ちだ。
上目遣いで睨んでくるセフィーアの頭を撫でながら、思案する。これは憂慮すべき事態である。愛すべき妻の殺意を紛らわすには、どうするのが効果的か。
「仕方ないな。退屈なら、そこの二代目を八つ裂きにしてなさい」
「クククッ……少し待ってほしい、マイマスター。そこで僕に飛び火してくる意味がわからないのだが?」
馬車内の壁に吊り下げられたフラスコの中でクールな笑みを浮かべつつ、身体を震わせている性別不詳の小人は、セフィーアが作った二代目ホムンクルスだ。末期の中二病を患っている、実に面白いあんちくしょうである。
「ん~? 二代目を切り刻んでもいいの? 私がそうしようとすると、いつも止めるのに」
「まぁ場合が場合だし。二代目には申し訳ないが、人柱にならぬ小人柱になってもらおう」
話が決まり、むくりと頭をもたげるセフィーア。それを見た二代目は大量の冷や汗を流し始める。
哀れな。そう仕向けた俺が言うなって話だけど。
「待ってくれマイマスター。マイロードは有言実行タイプの恐ろしい女性だ、マジで洒落になってない」
「嘆かわしいな。3Sのホムンクルスともあろう者が、創造主の退屈を紛らわせることもできないなんて」
「最強にして最恐、そして最凶である僕でも、多少の不可能はある」
あくまでも余裕があると見せかけつつ、震えながらに懇願する二代目に心を打たれた俺は、喉の奥から漏れてきた欠伸を噛み殺した。
「んじゃあ、俺がフィーアの相手するから、その間御者やってくれ。それで妥協してあげよう」
「……了解した」
がっくりと項垂れてフラスコから出てきた二代目は、瞬時に人間の大人くらいの大きさに変化すると、御者席に大人しく腰掛ける。
ふふふっ計画通り!
手綱を二代目に渡し、セフィーアを抱えて後方の客室兼貨物室に移動する。
適当な場所に腰を降ろし、近くにあった使い古してボロボロの大陸地図を手に取った。各地の街や村、それぞれの地域の情報がびっしりと書き込まれている優れものである。
この地図は俺とセフィーアがこれまで積み重ねてきた経験をぎゅっと圧縮して、押し込めてある記録装置。じっと眺めれば、懐かしき過去の青春も思い出せるオマケ付き。日焼けして、何やら風格のようなものを漂わせているこれを再び手に取る日がやってくるとは、正直思ってなかった。
さて、今のうちに現在地と目的地を確認し、今後の方針を纏めておかなければならない。
「えーっと、情報によるとレジンブルグ山脈のどこかでエーデルロアが咲いているらしいと……」
レジンブルグ山脈とは、皇国と帝国の国境にもなっている大陸最長にして最も標高の高い山脈で、一帯には魔物の中でも最強を誇る種族として知られる竜種が数多く生息しており、有名な名付きの竜種も複数頭確認されている、大陸でも有数の危険地帯として知られている。
その山脈の山頂付近に希少な錬金材料であるエーデルロアの花が採取できるという情報が得られたので、こうして馬車で向かっているワケだけど……。
「カルセイデまでは、まだ大分距離があるんだよなぁ」
カルセイデというのは山脈に面している街の一つで、良質な鉱石を多く産出している為、規模としては都市にも迫る大きさを有している。
だが、良質な鉱山を確保する為、山脈近くに街を置いたので魔物の襲撃が後を絶たず、気が休まらない街としても有名だ。
「確保してある食糧や水も乏しくなってきたし、村に立ち寄っておかないと。野宿もそろそろ限界だしなぁ」
現在、俺と嫁さんはそのカルセイデを目指して旅を続けているんだけど、今日のところは途中にあるソロ村で宿をとる予定であり、馬車もそのつもりで移動させている。
多少遠回りになるけど、馬車に積み込んである物資は尽きかけており、子供に戻ってしまった今の俺達の体力で連日連夜野宿するのは厳しいものがある。よって、素直にそこは諦めるしかない。
「少し前までは連続の野宿でも平気だったのに……なんか釈然としない」
これまで自分の中にあるのが当然だと思っていたものが無くなる感覚っていうのは、どうにも慣れない。いや、本来慣れるもんじゃないとは思うけど。
日々の戦いの中でガチガチに硬くなっていた拳はふにゃふにゃのマシュマロみたいだし、コンマ単位で自由に動かせていた指先も不器用になってるし、二の腕もぷにぷにだし、俺のマグナムもミニマムサイズに退化してる。
体力は失ったし、腕力や脚力も体型相応にしか引き出せない。嫁さん特製のムキナールなる筋力増強剤でドーピングしなければ、剣も満足に持てないのだから。
人生の活力剤といっても過言ではなかったお酒も飲めないし、何よりご飯を食べるとすぐに眠くなる幼児特有の体質はかなり面倒臭い。
唯一の救いは、おつむまでも若くならなかったことだろうか。
「難しい顔して、どうしたの?」
地図との睨めっこに割り込むように、膝と膝の間に尻を収めてきたセフィーアが、ぽすっと俺の胸に背中を預けて聞いてくる。
「んにゃあ、幼児というのはつくづく不便だなぁと痛感していた次第ですよ」
「ちょっとちょっとー。聞き捨てならぬ。本来ならば子供に戻るなんて絶対不可能なのよ? それを不便の一言で片づけることはないでしょー。若返りよ? 若返りなのよ? 私は全人類が欲して止まぬ神の御技を体験させてあげてるの。ソーイチはそんな甲斐甲斐しくも麗しき妻の努力に唾を吐きかけるというか!」
「へぇへぇ、悪うござんした。貴女様が起こしてくださった奇跡は、あっしの身には過ぎた代物でやんすー。ありがたやありがたや」
「くそー! 人を馬鹿にしてんのかー!」
ぷりぷりと両腕を振りかざして怒りをぶつけてくるセフィーアを宥めながら、俺は思考を埋没させる。
この世界に住まう人類の平均寿命は、約130~140歳らしい。長生きする人の中には優に200歳を超えている人もいるとか。かなりの長寿命だ。
しかし、それは異世界の人間である俺には適用されない。
元の世界での、俺が住んでいた国の平均寿命は約80歳。だが、これは医療が発達している先進国ならではの数値であり、この世界の医療レベルと照らし合わせると、恐らく、平均は40~50歳あたりまで落ちるだろう。
もし、この世界の医療技術が俺の国と同レベルまで発達していたなら、住民の寿命はさらに60~70年は伸びるハズだ。
――俺と嫁さんの寿命の差は、約3倍もある。
そんな話を昔、旅の途中でしたことがあった。そして、現時点で俺は40歳過ぎのオッサン。セフィーアとは違い、既に老化の現象が出始めている。
手紙では理解不能とか書いたけど、嫁さんがこんな暴挙に出た理由とは……つまり、そういうことなのだろう。
俺は彼女を残し、先立つ運命にある。ずっと一緒に、隣に並んで未来を歩むことは許されない。
それがわかっているからこそ、セフィーアは逃れられない宿命から俺を遠ざける為に、寿命のリセットに踏み切ったのだ。
恐らく、この幼児効果は偶然ではなく、計算し尽くされた必然。今回の旅で探すことになった錬金材料も、実をいえば老化の薬などではなく、同じ若返り薬の材料かもしれない。
……まぁどうでもいいさ。愛する嫁さんと一緒にいられるのなら、旦那としてはそれで十分だ。
「ソーイチぃ? おーい?」
「うん? どした?」
下から覗き込むように見つめてくるセフィーアの瞳に、自分の顔が映る。
「なんかボーっとしてたから」
「これから先、後何年くらい生きられるのか考えてただけだよ」
「――……っ」
セフィーアの表情が僅かに歪む。少しイジワルかもしれないけど、嫁さんのこういう顔が見られるのは旦那である俺の特権なワケで。
「ちくしょう! 可愛いなぁもう!」
「うわぷ!?」
かいぐりかいぐり。愛しい嫁さんを抱き締め、その頭を撫で回す。頬を染めて、大人しくされるがままになっているところも、またカワユイのう。
「クククッ……マイマスター、イチャイチャしてるとこ悪いが、ソロ村が見えてきた」
二代目の台詞で一気に現実に引き戻される。
宿を見つけなきゃならないし、そろそろ御者台に戻るか。
「……」
解放されたセフィーアが名残惜しそうに指を咥えるが、今は我慢してもらおう。続きなら、後でいくらでもできる。
御者台に腰掛けた俺の隣に、少し肩を落としながらセフィーアが座る。
『ハライセニアトデオシオキネ?』
途端に二代目の顔が蒼褪めたように見えたのは、恐らく気のせいではないのだろう。
「――ちょッ!? マ、マイマスター……宿なら僕がちゃんと見つけてくるから、も、もう少しマイロードとアバンチュールっていてもいいんだぞ?」
「アホ言え。『虫けらが集る宿は好かんが、今回はここに泊ってやる。ありがたく思え』とかほざくような奴に、宿探しさせるワケにはいかないだろ」
二代目は無駄に偉そうな態度で人に接する挙句、虫けら扱いするから性質が悪い。この間、それが原因で実に面倒な憂き目にあったのだ。同じ過ちは犯したくない。
「クククッ……そ、そんなこともあったかもしれないな……オワタ!」
何やら1人で蒼い顔をしている二代目から手綱を受け取ると、馬車を村の入り口に向ける。
そのまま村に入ったところで、周りの風景に目を配ってみた。
「小さい村だな。住人の数も少ないし、いても老人ばかりだ」
「そうね。たぶん、ほとんどの若者はカルセイデに出稼ぎに行ってるんじゃないかしら」
荒涼というワケではないが、何だか寂しい村だ。なんというか、活気がない。
まぁそこらへんの事情は、余所者である俺達には関係のないこと。とりあえず、通りすがりの初老の女性に宿の場所を尋ねることにした。
「あの、馬車の上からすみません」
「ん? どうしたの? 坊や」
坊や、ね。この見た目じゃ、実は40過ぎのオッサンですって言っても、信じてもらえないんだろうなぁ。やっぱ複雑な気分。
「この村に宿泊できる施設はありますか?」
「宿屋ならあっちに一軒だけあるわよ」
女性はにこやかな笑みを浮かべながら指を西の方角に向ける。小さな村なので、曖昧な説明でも十分に見つけられそうだ。
「ありがとうございます。では、これで」
「はいはい。元気でね」
軽く手を振って去っていく女性を見送りつつ、馬車を宿へと向ける。
「んんっー! やっぱり、この身体で長旅は辛いわ。さっさと宿で休みたい」
「そうだねぇ」
昨日一昨日と連続で野宿だったので、さすがに疲労が蓄積している。ゆっくり身体を休めないと、明日の旅が持ちそうにない。
「久々のお風呂、楽しみ」
「今日は遠慮なしにお腹いっぱいご飯が食べられるなぁ」
「クククッ……小さな村落の宿屋の質、とくと見極めさせて貰おうか」
中二病な台詞を吐いた二代目をセフィーアが冷たい眼差しで睨む。
「余計な波風立てたら殺すからね」
「……心に留めておこう。マイロード」
乾いた笑いが、馬車の中で虚しく反響した。
補足:
この世界の住人は非常に長命ですが、幻操の方はあまり私達と大差ありませんのでご注意を。
冒険者ランクは最下級から
(下位)ブラウン → グレー → オレンジ → イエロー
(中位)パープル → グリーン → ブルー → レッド
(上位)ブロンズ → シルバー → ゴールド → プラチナ
(特位)ホワイト or ブラック
となります。
実質的にはプラチナが最上級ランクであり、ホワイトとブラックはそれぞれ常人には真似できない特別な働きを見せた人に贈られる特殊なランクです。