エピローグー
中央大陸の、名もなき港町。
名前はあるのだろう。だが知りはしない。知りたくもなかった。ここに来たのは、昔馴染みとのしがらみを済ませるためだけなのだから。
船を降り、潮風の吹き抜ける街並みを抜け、郊外へと続く緩やかな丘を登っていく。そこに小さな墓地があると聞いていた。
はたして辿り着いた丘の上には、思い描いていた通りの場所があった。
粗削りな石造りの墓標が身を寄せ合うように並ぶ、小さな墓地。
だが、陽光はどこまでも暖かく降り注ぎ、見下ろせば青い海が一望できた。
なるほど。こんなにも穏やかで、素敵な場所だったか。
小さな墓をひとつひとつ見ていく。足を止め、刻まれた名を確かめ、また次の墓へ。
そうして幾つの墓標を通り過ぎただろうか。ある一つの石に刻まれた名前を見つけ、そこでピタリと足を止めた。
ふと仰ぎ見れば、太陽は高く、空はどこまでも青く澄み渡っている。流れる雲は白く美しい。
なんという暖かで、心地のよい風だろう。
東大陸では、このような穏やかな日は滅多に訪れない。奇跡としか思えない気候が、この大陸ではごく当たり前の日常として存在しているのだろうか。素直に羨ましく思う。
このような美しい街で育ち、暮らしていたのだとしたら、あの男の性格があれほどまでに穏やかだったことも、深く納得がいった。
軍服のジャケットの内ポケットに手を入れ、小さな小瓶を取り出す。それを、墓の前にそっと置いた。
そのわずかな動きだけで、手足からキリキリと軋む音が鳴る。この素晴らしく穏やかな気候には到底似合わない、陰気な音だ。
静かに墓標を見下ろす。
「……ようやく、故郷に、家族の元に帰せる日が来た」
軍帽の鍔を指でぐっと押し下げる。太陽が眩しかったからに他ならない。それ以外に理由などない。決して。
「街で聞いた話によれば、子供は2人とも男の子と。上の子に似てるとは...一体どういう意味なのか」
そして、思わず口元がほころんだことに自分でも驚いていた。
「……今なら、きっと勝てたと思うわ...」
そうしてそれだけ呟くと、墓に向かい、まっすぐに敬礼を捧げた。東大陸式で申し訳ないとは思うが、これしか知らないから、許してほしい。
「では、さらばだ、師匠」
踵を返し、歩き出す。この街での用事はすべて済んだ。もはや何ひとつ思い残すことはない。過去は今、ここで捨てた。
丘を下りきったところで、奴らが待っていた。
東大陸ハリス帝国――その栄光ある親衛隊の制服に身を包んだ七名が、一斉に敬礼を捧げながら並び立っている。
その前を悠々と通り過ぎながら、口を開いた。
「我々はこれより、『魔王殺し』捕獲作戦を開始する。失敗は即刻死と思え! わかったな!」
背後で七名が緊張を走らせ、敬礼を正す気配を感じる。
そうだ。そこで見ておくといい。これから世界を揺るがすための、第一歩だ。
我が帝国が、すべてを手に入れる。
世界の玉座を、皇帝閣下に。
「ハリス帝国に栄光あれ!」




