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6*彦星様とデート???

 それからというもの、瑠璃は毎日、銀二から織物のレッスンを受けていた。


 呉羽はというと、たまに――いや、一日に何度も、その様子を見に来ていた。


(……彦星様、自分の仕事をさぼっているんじゃないでしょうね?)


「ところで織姫様。天河界で“織物”がどんな意味を持つか、ご存じですか?」


「そうね、考えたことがなかったわ。強いて言うなら、天女様が舞うときの衣装を整えるため……くらいかしら。まあ、天女様がいればの話だけど」


「なかなか良い線をいっていますよ。正確には天女様ではなく、織姫様ご自身が身に着けるものです」


「え? 私が?」


 銀二の説明を簡潔にまとめると、こうだ。


 1織姫は丹精込めて織物をする。

 2自身で作った衣を身にまとい、天の主に舞を捧げる。

 3その衣の出来栄えと舞の優雅さによって、天の主が天河界の季節を決める。


「ちなみに、今は糸が無色でしょう? これは、織り終えたときの織姫様の感情に呼応して色が変化するのです。その色によって、天の主は“だいたいどの季節にするか”をお決めになる。つまり最も重要なのは、織姫様のお気持ちなのですよ」


「確かに、この糸……透き通っているものね。これに色がつくんだ……」


「はい。ですので、織姫様が少しでも心地よく過ごせるよう、私たちは尽力させていただきます」


 穏やかにそう言う銀二。


(でもそれって、“織姫”がどうしてこんなにも優遇されているのかを物語っているみたい……。まるで、高い地位と引き換えに幽閉されているみたい……)



「織物の調子はどうかな?」


 その日の食事も、瑠璃は呉羽と共にしていた。相変わらず豪華な料理だが、これも“織姫”の務めなのかと思うと、以前のように素直に美味しく味わうことができない。


「ええ、まあ……だいぶ慣れてきたわ。銀二さんも優しいしね」


「そうか、それは良かった。ところで今日は休暇にしようと思ってね。よかったら、僕と天河界を巡らないかい? まだこの辺りしか見ていないだろう?」


「えっ! でも、いいのかしら? 織姫の役割って重要なんでしょう?」


「そんなに根を詰めなくても大丈夫さ。いきなり知らない世界に連れてこられたうえ、労働を強いるなんて……ブラックな世界だと思われたくないからね」


「ふっ……ふふ。あくまでホワイト企業ってわけね」


 ここ最近の不安を感じ取ってくれたのだろうか。呉羽の気遣いに、瑠璃はほんの少しだけ心を許したように感じた。


(正直、“織姫”のことも、天河界そのものもまだ謎だらけ……。まずは、この世界のことをもっと知らないと)


 こうして瑠璃は、呉羽と共に天河界を巡ることになったのだった。


 *


「え!待って、こんな豪華な船?に乗るの!?」


 案内されて到着したのは牽牛府近くにある船の停留場だった。この世界は空の上にあるため、いわゆる“空飛ぶ船”が主流の移動手段らしい。


「天河界の都である“星縁都”に暮らす者の証、というか一種の威厳を示すためにもこの船に乗るんだ。まぁ、彦星も織姫もこの世界の住民にとって崇拝する存在だから、攻撃されたりヒソヒソ悪口を言われたりなんてことはないよ。安心するといい」


「そ、そうなんだ……。あっ、今日は聖那も一緒なのね。ちょっと心強いわ」


「えへへ、そう言っていただけて光栄です~」


「まるで僕が心強くないみたいな言い方だね?」


 じとっとこちらを見つめてくる呉羽は、なんだか拗ねているようで少し可愛い。


「別に彦星様が心もとないってわけじゃないのよ?やっぱり、同性にしかない安心感?っていうものがあるの。彦星様にはいないの?仲のいい友人とか」


「それは僕にだっているよ?えーと、太政官とか。それなりに仲が良いのだよ」


「へぇ~、単なる仕事仲間じゃないのね。けど、銀二さんと言えば聖那とも親しそうに見えたけど?」


「じ、実は幼馴染なんです~。彦星様のことも昔から知っていたり~?」


「え!そうだったの!そんな関係があったなんて~」


 道理でお互いに堅苦しくなく、気の知れた雰囲気を放っていたのね、と勝手に納得する。こういった関係性は人間界で言うところの三角関係に発展しやすいのがお決まり。

(実はこの三人にも何かあったり?なんてゴシップ的なことはまだ聞きづらいわね……)


「では気を取り直して、今日は観光地の方に行ってみようか」


 呉羽の掛け声とともに船が浮かび上がる。飛行機に乗っているような感覚ながら、重力の揺れがほとんどない。シートベルトすら必要ないため、飛行機よりも安定感がある乗り物なのかもしれない。


「観光地、食べ歩きとかできるのかしら」


「ふふふ、今から向かう銀橋街は天河界随一の発展地!何でもそろっていますよ~!私のお勧めは星粒団子ですかね~。お星さまの形を模した香辛料がまぶされたお団子です!」


「へぇ~気になるわね。食べてみようかしら」


 聖那とガールズトーク(?)をしているうちに、あっという間に銀橋街の上空へ到着した。ここからどうやって降りるのかと思えば、この船専用の着陸場所が用意されているのだとか。

 恐るべし権力だ。


「じゃじゃん!こちらが星粒団子です!」


 早速、聖那おすすめのお店で注文する。


 串に刺さった小さな団子は表面が薄くきらめいていて、まるで夜空の欠片を丸めたかのようだった。外側はほんのり香ばしく、中はもっちりと柔らかい。噛むたびに星粒がぱちりと弾け、甘さの中に清らかな香りを吹き込む。


「……あっ。なんだか、人間界でいうところの“胡麻だんご”みたいね。でも、この星粒っていう香辛料……ただの胡麻とは違う、不思議な清らかさがあるわ。甘いのに重たくない」


 呉羽がくすりと笑う。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。星粒は天河界特有の香辛料だからね。本物の星の欠片をすり潰して混ぜている――というのは冗談だけど」


 すっかり天河界グルメに魅了され、次々と目ぼしいものを食べつくした。


「瑠璃のお気に入りは星芋コロッケかな?」


「なんでわかったの……?あのサクサクの衣とクリーミーな芋餡がたまらないわ……」


「瑠璃なら絶対に気に入ると思ったよ」


 そんなに美味しそうに食べていたのかしら?と首をかしげる瑠璃をよそに、聖那と呉羽は顔を見合わせる。


「織姫様、私は少し用があるので、残りは彦星様とお楽しみください」


「え?行っちゃうの?」


「そんなに悲しい顔をしないでください~!彦星様とのデートだと思って楽しんでくださいね?」


「デートだなんて、これはあれよ。おじいちゃんと買い物に来た孫って感じよ」


「そ、そんなに僕は老けているのかなぁ、侍女頭……」


「やだ、老けているって意味じゃないの。ただ私を見守る彦星様が、なんだか孫を見守る祖父のように思えただけよ?彦星様、かなり長い年月を生きているとはいえ、見た目は好青年のままだもの。不思議よね」


「では~私はここで~」


 話の途中だったが、聖那は急用らしくサッと退散してしまった。


「彦星様、今からはどこに連れて行ってくれるの?」


「うんうん、好青年。瑠璃にはそう見えていたんだね~」


 一人で頷く呉羽。この様子では、聖那がいなくなったことすら気づいていないのだろう。


「ひーこーぼーしーさーま!!聞いているの???」


 返事がないまま固まっている呉羽に、瑠璃はつい一歩近づいた。


 肩越しに覗き込むように顔を寄せた、その瞬間――。

 ぱちり、と。

 思っていたよりもずっと近い距離で、彼の瞳と目が合った。


「……っ」


 息が喉の奥で小さく跳ねた。

 彼の瞳は、こんなにも深い青色だっただろうか。気のせいか、睫毛の一本一本まで見えるほど近くて、視線を外すことができない。


「わ、悪い聞いていなかった…」


「わ、私こそごめんなさい。こんな近くに…。べ、別にわざとじゃ……!」


「ふふ。じゃあ、その距離は……わざとじゃないんだね?」


 からかうように目を細められ、瑠璃は慌てて後ろへ下がった。

 でも、頬の熱さだけはどうしても隠せなかった。

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