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1*目を覚ましても夢ではありませんでした

 青年はゆっくりと一歩近づき、穏やかな微笑みを浮かべた。


 中性的な面立ちで、男にも女にも見える不思議な雰囲気を纏っている。ゆるく三つ編みにまとめられた漆黒の髪は光を受けてきらりと輝き、その姿はまるで天上の夢を形にしたかのように美しかった。


「初めまして。今日から君を導く者だ。私の名は……呉羽(くれは)──」


 瑠璃は少し戸惑いながらも、小さく名を告げる。


「……榊瑠璃(さかきるり)……です」


 呉羽の視線が柔らかく揺れた。


「榊瑠璃……か。美しい名だ。この世界にもよく馴染む」


「……あの、私、状況がよく分からないのだけど……?」


「心配はいらない。まずは宮での暮らしに慣れることだよ」


 呉羽の横に控えていた男性が、丁寧に頭を下げた。


「太政官を務めております、銀二(ぎんじ)と申します。どうぞよろしくお願いします」


 クリーム色の髪が柔らかく揺れ、優しい笑みを湛えた人物だった。


「織姫様、本日より織星宮での生活が始まります。それに伴い、お世話係をご用意しておりますので、何なりとお申し付けください」


 彼の後ろから、紺色の髪の小柄な少女がひょこりと顔を出す。

 二次元から抜け出したように整った目鼻立ちが愛らしい。


「えっと…あなたは?」


「織姫様のお世話をさせていただきます、侍女頭の聖那(せいな)です!どうぞよろしくお願いします〜!」


「……せ、聖那様……?」


 瑠璃は思わず“様”をつけてしまった。目の前の少女は、それほどに整った気品を放っていたからだ。


「あはは、侍女に“様”なんて不要ですよ~、織姫様」


「あ……わ、分かったわ。聖那」


 部屋にはすでに侍女頭と数名の侍女が控えており、静かな会釈とともに手際よく部屋を整えている。


 分かっているのは──自分が“織姫”と呼ばれる、どうやら高位の身分として扱われていること。それ以外は、まだ何一つ掴めていなかった。


「とりあえず今日は休むといい。疲れているだろうからね」


 呉羽の優しい微笑みに見送られ、瑠璃はおやすみなさいと告げると、一行は静かに部屋を後にした。



「……ん〜」


 大きく伸びをして目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。

 やっぱり夢じゃなかった、と胸の内でつぶやく。


 ふと、ある違和感に気づいた。


「まだ暗い……?早く起きすぎたかしら」


「あ!おはようございます、織姫様!ふふふ、もう辰の刻ですよ~」


「えぇ!?それなのにこんなに暗いの!?」


「はい、ここ天河界は永遠に夜なんです。生活リズムは人間界と同じなんですけどね~」


 もう太陽を浴びられないのだと思うと、瑠璃は言葉を失った。

 呆然とする彼女の前で、聖那は手際よく着替えを差し出してくる。


 言われるまま身にまとうと──まるで本物の織姫のような気分になった。


 白を基調に、襟元や袖に深紅の模様が走る衣。金と翡翠色の帯が結ばれ、長い帯飾りが静かに揺れる。広い袖と裾は赤や緑の布が重なり合い、動くたびに花びらのようにふわりと揺れて、瑠璃の清らかな美しさをいっそう引き立てていた。


 こんな素敵なお召し物、初めて着た──。


「わぁ~さすが織姫様!とってもお似合いです~。彦星様もメロメロですね!」


「い、いやいや。初対面だったのよ? メロメロだなんてお門違いよ」


 そんなことないのになぁ……と聖那がぼそりとつぶやく。

 しかし瑠璃は、自分が惚れられるような容姿だなんて思ったことは一度もなかった。


「そ、それで。こんなにおめかしして……今日は何かあるのかしら?状況を把握できていなくて……」


「それ普段着ですよ~!代々の織姫様もお召しになってましたし!」


「だ、代々……?」


「あ、用事といえば! 彦星様から朝食のご招待がありますので、今から向かいましょう!」


 聖那の勢いに押され、話はどんどん進んでいく。

 瑠璃の頭はついていかず、すでにエンスト寸前だった──。



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