宴の客人
昔々、ある晩のこと、深い森のなかで道に迷った人がいました。
とっくに日が落ちて真っ暗です。さむくて心細くて、こんな誰もいない山で死んでしまうのかとおそろしく思っていたとき、森の奥のほうでぼんやり光るものと人のざわめきのような声が聞こえました。
ああ、やっと人里にたどり着いたんだと安堵して光の方へ行くと、そこは森がひらけて広場になったような場所で、見たこともない異形のものたちが車座になって宴会しているところでした。
そこに不自然にぽつんと一人分席のあいてるところがあり、その人は手招かれるままにふらふらとそこに座ってしまいました。
しばらくは楽しい宴でした。
参加しているのはみんな面妖な風体で、角の生えたり、不気味な被り物をしたり、おそろしいほど背が高かったりしていましたが、みんなその人を受け入れ、酒をまわし飲み、ご馳走を振る舞い、舞ってくれたりしました。
すっかりできあがって、ああもう満足だ、腹もくちくなったしそろそろお暇しようと立ち上がろうとしたとき、その人の肩にぶ厚くて大きくて硬い毛のモジャモジャ生えた手のひらが置かれました。
「やい、おまえが席を立つことを誰が許した。ここに座ったものは、もう立ち上がれぬ」
振り返ると鋭く太い牙を剥き出しにした鬼がこちらを睨んでいました。
その人が震え上がって再び座ると睨んでいた鬼もニッコリしました。
「それでいいんだ」
そのときになって、その人はそこに座ってはならなかったことに気づきました。
その人は冷や汗を流しながら無理やり酒を流し込み、えづきながらご馳走を食べました。
宴はかまわずどんちゃんと楽しげに続きます。
いつ終わるんだろう。そればかりが気になって、楽しむどころではありません。
それでももう、宴の席を立つことはできませんでした。
幾月幾年が過ぎたことでしょう。
ある修験者が深い山のなかで、森がひらけて広場のようになったところを見つけました。
そこは立派な樹や岩が輪を描くように丸くなっていました。
その輪のなかに、風雨に擦り切れたボロの衣をまとった人が、不自然なほどふっくらつやつやの頬をして、丸くなって眠っていました。
肩を揺すって起こすと「もう、宴は終わったんだ」と感慨深そうに言いました。
その頭には小さな角がふたつ生えていました。