烏の羽根
昔々、ミチというものがいました。
ミチの両親はわかりません。
赤子のときに葦の舟に乗せられて川を流されてきたのを拾われたのです。
ミチは他の子となんら変わりなく成長しましたが、年ごろになったときに唐突に変化が訪れました。
高熱を出して何日か寝込んだ日が続いたあと、背中から烏のようなおおきな真っ黒い翼が生えてきてしまったのです。
ミチもミチを育てた養父母もびっくり仰天して、不気味な心地で落ち着かず、受け入れられませんでした。
ミチは、徳の高いという噂のえらいお坊さまに相談しました。
けれど、お坊さまは「なにかに憑かれたのかもしれないなあ」
という誰にでも思いつくようなことを言うばかりでなにもせず全く役に立ちませんでした。
ミチの養父母はミチを腫物のように扱い怖れるようになりました。
ミチはひとりで泣きました。
どうして自分ばかりこんな異様な姿になってしまったのだろう。
何かを間違ってしまったのだろうか。
というか他人がみんなミチの背中を凝視していろいろ言ってくるのが鬱陶しい。ほっといてくれ。あれさえなくなれば、もうちょっと楽になるのに。
泣いて泣いて泣いたあと、ミチは己が真っ黒な翼にすっぽりと覆われていることに気づきました。まるでミチを守るおおきな卵のように翼はまあるくありました。
そのときはじめてミチは、己の意思で翼を動かしてみようと思いつきました。
肩甲骨のあたりにグッと力を入れます。そうすると翼がバサリと動きます。何度か繰り返すうちにミチは、段々楽しくなってきました。
「そうだ、外に出て飛んでみよう」
やってみると、案外かんたんに空を羽ばたくことができました。
ミチは、どんどん空高く飛んでいきます。反対にミチの知っている世界はどんどん小さくなり、ちっぽけでくだらないものに思えてきました。
ああ!あそこにいる豆粒!虚仮威しの役立たず坊主じゃありませんか……!
ミチは、あっかんべーと舌を出しました。
満月のきれいな晩でした。
高揚して調子に乗ったミチはどんどん飛んでいって疲れてしまいました。ちょうど知らない山の広場になっているようところ見つけ、そこで羽を休めました。
そこには年寄りでざんばら髪の山姥がいました。
「ああ、若い天狗だねえ。飛び方が青いよ」
山姥がタバコをふかしながらひとりごちます。ミチの心臓はドキンとしました。
「わたしは天狗というものなのですか」
「すくなくともワシの目にはそう見えるさね」
「天狗というのはどこにいるのですか」
「さあ、こっから東の山には天狗の修行場があってやつらがワラワラいるという話だよ」
山姥の話を聞き、ミチは生まれてはじめて己の来し方行く末を真剣に考えました。
ひとりで黙ってじっくり一昼夜考えると、ミチは山姥に礼を言い別れを告げました。
グッと踏ん張り今ではほとんど思い通りになった翼を広げます。月光に反射して黒い羽が虹色に輝きました。
そして、ミチは東の山へ飛んでゆきました。
その後、ミチが修行して天狗になったのかはわかりません。
けれど、ミチが東の山を降りるとき、なにか結論を得て降りたであろうことはたしかです。