サトリ
昔々、サトリという妖怪がいました。サトリは言われずとも人が心のなかで思っていることをなんでもわかってしまうという妖怪です。
ですから、人の輪のなかで生きてゆくことができません。サトリは山奥の洞穴のなかに隠れるように住んでいました。
その静かな生活にサトリは満足していました。
ところがあるとき、サトリを訪ねてひとりの人間がやってきました。
その人はウタと名乗りました。
「おらの心を読んで教えてほしい」
とウタは頼みました。
サトリはそれにはこたえず、「そうかそうか」と言うだけです。
ウタはなにかに悩んでいるようでした。だから、こんな山奥まではるばるひとりで来たのでしょうか。
そんなサトリに「どうしておらの心がわかるのになにも教えてくれないんだ」とウタはサトリを責めました。
「わたしはもうずっと前に、そういうことはやめにしたんだよ。たしかにおまえの心を読むことができるが、おまえを癒やしてやれるわけでも答えをくれてやれるわけでもない。おまえがなにかを言うなら、返事だけはしてやれるがな」
サトリは、しずかに語りました。
「おらは孤独だ」
ウタはしゃがみこんで泣いてしまいました。
それにサトリは慰めるわけでもなく「そうかそうか」と返事をするだけでした。
ひとしきり泣くと、ウタはまぶたを真っ赤に腫らして帰ってゆきました。
ウタはもう来ないだろう、とそのときサトリは思いました。
ところが意外、それからウタは年に一回くらい魚や米や餅、栗なんかを手土産に、サトリのところを訪ねて来るようになりました。
ウタはもう特別サトリになにかを語ったり、頼むということはしません。
ただ「こんなものが採れた」とか「今はこれがおいしい」とか言って、土産を渡すと無言で過ごすだけです。
サトリは変わらず「そうかそうか」と言うだけでしたが、ウタはいつも「ありがとう」と言って満足そうに帰ってゆきました。
それはウタが年老い、脚が萎えて山を登れなくなるまで続きました。
ウタが山を登れなくなっても、サトリは友人のことを思いながら山の洞穴でひとり眠るのでした。
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