人喰峠
昔々、人喰いの峠と呼ばれるところがありました。ふつうの人々はおそれて誰も近づきません。あるとき、腕に覚えのある武士たちが何人か徒党を組んで肝試しに行きましたが誰も帰ってきませんでした。
ちょうどそのころ、捨丸というとても賢いが病弱な子どもが近くの里にいました。
両親は話し合いました。生活は厳しい。他に子どももたくさんいるし、この子は長生きしないだろう。食い扶持を減らすために、両親は捨丸を人喰い峠に置き去りにすることにしました。
人喰い峠はさみしいところです。ひょろりと長い一本松が生えているだけで他にはなにもありません。
捨丸はしかたなく木の根元に腰を下ろしました。すると「やいやい、おまえはこわくないのか」とどこからか声がします。捨丸は「こわくない」と答えました。
「それはなぜだ」
「だっておれは親に捨てられた。これ以上こわいことはない。ずっとおそれていたことが起きたのだからもうこわいことはない。どうせ長生きしない身体だ。ここでひとおもいに殺してもらえるならむしろ僥倖だ」
するとしくしくとすすり泣く声がしてきました。
「いままでここに来たのは腕自慢の奴らで、鬼退治とかたいそうなことを言っていた。奴らは戦うことを望んでいて、おらはそんなやつらをみんなやっつけて喰ってしまった」
「なんとも思わなかった。おまえみたいなやつははじめて来た。どうしたらいいのかわからん」
松の影から、ねじくれた立派な角を持つ青鬼がでてきました。けれど、まだ子どものように見えました。
「おまえひとりなのか」と捨丸は問いました。
「ひとりだ」と青鬼は答えました。
「親はいないのか」
「親はいない」
すると捨丸は「なあんだ、似た者同士ではないか」と言いました。
青鬼は猛者剣豪が何人やってきても打ち倒して喰ってしまうくらいの頑丈な身体の持ち主です。弱々しい捨丸とは似ても似つかぬと青鬼は思いました。
「おまえなんぞとは似とらんわ!」と青鬼は声を荒らげました。
怒った青鬼は「松の裏に洞穴があってそこをおいらはねぐらにしてる。食料もいくらかあるし、そこで何日か待っておれ」と言い残し、どこかへ行ってしまいました。
捨丸はしかたなく鬼のねぐらで寝起きすることにしました。清潔な藁が敷き詰められていてなかなか快適なすみかでした。
けれど、捨丸は身体が弱いのです。いくら清潔にして食べ物があっても、すぐに熱を出して生死の境をさまよいます。捨丸は熱に浮かされた身で「ああ、鬼のねぐらで死ぬのか」と無感動に思いました。
そのとき、息を切らした青鬼が帰ってきて、ギャアと叫びました。
「うるさい」と捨丸が抗議すると「なんだ、生きているではないか。驚かしおって」と青鬼はぷりぷり怒りながら、器用に桃を切って捨丸に食わせました。
熱い体に冷えた桃がつるつると喉を通ります。するとどうでしょう。みるみるうちに身体のだるさが抜け、いつも捨丸を悩ましていた胸や頭の痛みがきれいサッパリ消えているではありませんか。
起き上がってみると、捨丸はもうすっかり健康になっていました。
「これはどうしたことだ」と捨丸が驚きまたたいていると「遠い遠い霊地にあるという仙桃をわけてもらったのだ」と青鬼が得意そうに答えました。
そのときになって鬼の角がなくなっているのに捨丸は気づきました。
「角はどうした」
「角は仙桃と引き換えにした」
角は鬼の力の源です。角がなくなれば、青鬼は人の子と変わらぬくらい弱くなってしまうでしょう。
捨丸は笑って言いました。
「なあんだ、やっぱり似た者同士ではないか」
青鬼はぷりぷり怒りながら今度はなにも言い返しませんでした。
人並みに弱くなってしまった青鬼と人並みに健康になった賢い捨丸は、うまく協力してそれからも峠にやってくる腕自慢たちを退けました。
二人は友人となって末永く一緒に暮らしたということです。




