シキ
昔々、シキというものがいました。シキは自分が何者かわかりませんでした。
友を欲した男が、月光を頼りに荒野に転がった白骨を拾いあつめ、すべての骨をきちんと並べ、薬を塗り、薬草の汁を擦り込み、藤づるで骨同士をつなぎ合わせ、水で清めて香をたいて、そうして反魂の秘術を施して目覚めたのがシキなのです。
シキの名前は屍鬼と書きます。
シキはうまく喋れず、動きもギクシャクしていました。
それを見て、シキを蘇らせた男は「違う。おまえは醜い。魂のないまがいものだ」と言い捨て去ってしまいました。以降男が帰ってくることはありませんでした。
荒野に一人取り残されたシキは何ヶ月か、もしかしたら何年も男が帰ってくるのを待っていましたが、月光にススキがゆれるのがさびしいばかりでその場を離れることにしました。
シキは男に捨てられてしまいましたが、消えることなくずっと存在しています。そのことの意味をシキは、深く考えました。
シキは友と望まれて作られました。
だから、誰でもいいから友となりたいと考えました。それがシキがいる意味なのではないかと考えたのです。
荒野をシキは這うように進み、ネズミを見つけては「トモダチにナリマセンカ」、シカを見つけては「トモダチにナリマセンカ」、カラスを見つけては「トモダチにナリマセンカ」と声をかけてまわりました。
けれど、動物たちはすぐに逃げていってしまいました。
人間は言わずもがなです。あやうく退治されそうになったので、シキのほうが必死で逃げました。
そうして、長い旅の果てに立派な大樹をみつけました。その根元に掘った穴の中には九尾の狐が棲んでいました。
そのころにはもう、シキの身体は動いてるのが不思議なくらいボロボロでした。
穴の中に狐は横たわり、微睡んでいるようでした。片目をちらりと開けて、「何をしにきた」とシキに問います。
シキはいつもどおり「トモダチにナリマセンカ」と言いました。
狐は「検討しよう。まずおまえのこれまでの道行きを聞かせてくれ。おまえの話次第で友になれるかもしれぬ」としずかに言いました。
その言葉にシキは驚きうれしく思い、男に作られたところから九尾の狐に出会うまで順をおってすっかり話しました。
すると、狐はほほえみ「おまえとはいい友となれそうだ。わたしは愚直なやつは好きだ」と言いました。
そうして、狐はシキにむかってふうーと長く息を吐き出しました。
すると、シキの身体は砂となって崩れさり、青く透き通る大きくて美しい鬼火が残りました。
狐は青い鬼火をふところに抱くと、ふたたび微睡みました。
荒野で目覚めてからはじめて、シキは安堵というものを知りました。鬼火になったシキはもうさみしくありませんでした。