地下墓場の噂
五百を超える生徒が大食堂で食事を楽しんでいた。シャンドラが大盛りに積んだ野菜を大きく口に頬張った。
「う〜ん、美味しい!野菜がおかわりし放題なのが最高!」
「私たちはこれでも貴族なのに、節約なんて…。真面目なのね。」
レイラが肉を少し切り分けてシャンドラの皿に乗せた。シャンドラの目が輝く。
「わぁ、ありがとう!ジューシーなお肉が最高!」
シャンドラは手を止めることなく食を進めた。幸せそうな顔をするシャンドラに仕方ないわね、という顔をしながら見つめるレイラ。彼女は途端にセーシェへの方へと向き直って、話し始めた。
「ねぇセーシェ、まだ学校が始まって一週間だけれど…行方不明者が数人、出ているらしいの。」
セーシェは特に驚きもせず、肉を一切れ口に含んだ。
「この学校の授業が難しいから…無断で自領に帰る人間は毎年多くいるのよ。そういう人間は大抵…中小貴族なの。平民は学費も格式も高いこの学校をそんな理由で諦めないのよ。」
「私達の目の前で言うの?それ…。でも、彼らが学園から出入りした形跡はないらしいの。それに、今年の行方不明者にはある共通点があるの。」
レイラが指をぴんと立てながら言った。シャンドラは相変わらずご飯にありついている。
「それはね、みんな行方不明になる前に言っていたの。”ギリツィエ王の地下墓場へ向かうんだ”とね。」
「ギリツィエ王の…地下墓場…?」
(たしか…この学校の創立者であり第5代ラドナーク国王…。)
セーシェは思考を巡らせた。そんなものがどこにあるというのか。
「なんでも、王家の地下墓場にはお宝が眠ってあるという噂が広まってね…。それでお宝探しがブームになり始めたらしいよ。」
「それで、行方不明になった人達はギリツィエ王の亡霊に攫われた…。なんて言われているみたい。楽しそうじゃない?」
「…あなた、科学好きだからてっきり亡霊の類は楽しめないんじゃないかと思っていたわ。」
セーシェの意外そうな面持ちに対し、レイラは自信ありげに首をブンブンと振った。
「科学の理論で否定できない以上、判断はできない。それに、はっきりとしない方が楽しいこともあるってことよ。」
「…そういうものかしら。」
セーシェとレイラが何気ない会話を交わしていると、レオナルドが垂れた汗を拭いながら横を通り過ぎようとした。シャンドラもレオナルドを見るなり、目を丸くした。
「あら、殿下。こんにちは。」
レオナルドは声をかけたレイラの方を見ると、輝くような笑顔で答えた。
「レイラか。名前で呼んでくれて構わない、入学式でも言っただろう。俺たちは学舎で平等に過ごす仲間だからな。」
「わっ…私の名前を覚えてくださっていたんですか!?」
レイラは驚きを露わにした。レオナルドは何を言っているんだ、という顔でレイラを見つめた。
「同級生全員の名前くらい当然覚えるさ。仲間とはそういうものだ。そちらはシャンドラだな?」
シャンドラは急いで立ち上がり、深く礼をした。レオナルドは手触りの良さそうな布で汗を拭った。
「それで、随分急ぎのようだけど行かなくていいの?」
セーシェがレオナルドが汗をかいている様子を見て尋ねた。レオナルドは困ったような顔をしながら言った。
「それがだな…。最近”ギリツィエ王の地下墓場”の噂の後が絶えなくてな。王家である俺に地下墓場の居場所を聞きたがる人間も後を絶たないんだ。」
「俺は全く何も知らないし…そもそも、行方不明者も出ているだろう?そんな危険な場所、知っていても教えられないさ。」
「まぁ、それを口実にして殿下とお話ししたいと考える者もいるでしょうけどね。」
セーシェは呟いた。レオナルドは何を言っているんだ、という顔でセーシェを見つめた。
「…ええっと、どういう意味だ、セーシェ?」
「はぁ…、殿下も1年前から少しはたくましくなりましたが、その鈍さは変わっていませんね。」
「なにっ、俺は鈍くないぞ。見ていろ、こんなにも早く動ける。」
レオナルドはその場で仮想敵を斬りつけるかのように素早く跳躍し、着地してみせた。その様子を見ていたシャンドラとレイラは拍手をしたが、セーシェはため息をついた。
「陛下もさぞかしお悩みでしょうね。」
セーシェの言葉にレオナルドはとりあえず、頷くことにした。
「…。そうだセーシェ、今日の放課後なんだが——」
その時、食堂の奥の方から大きな声が聞こえてくる。レオナルドを追いかけてきた生徒達が雪崩のように入り込んできたのだ。
「殿下〜!地下墓場の秘密を是非教えてください!」
「お宝を見つけて億万長者になるんです!」
「私を王妃にしてくださいませ!」
レオナルドの体からは、大量の冷や汗が流れ出した。
「悪い、もう行かなくては。では!」
レオナルドは鈍いとは言わせないスピードで食堂内を駆け抜けて行った。それに続く大量の生徒達は食堂を大いに賑わした。悪い意味で、だが。
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その後、放課後セーシェが教室で荷物をまとめていると放送が教室内に鳴り響いた。レオナルドの声であった。
「セーシェ=フォン=バロンバルグは至急、旧王令会議室へと来るように。」
(先ほど、王子が言いかけたのはこの呼び出しのことだったのかしら。)
セーシェは怪訝に思いながらも旧王令会議室へと向かうこととした。
荘厳な雰囲気が漂い、騎士の鎧が旧王令会議室への扉に沿って立ち並んでいる。セーシェはごくりと唾を飲み、一歩ずつ進んでいく。
扉の取手を強く掴む。そしてセーシェは、ゆっくりと重い扉を開いたのだった。