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婚約はもう二度と

プロローグ・サブプロローグのあらすじ


巨大財閥の令嬢、雨宮雪乃は婚約者である久慈平龍義と共に乗船していた豪華客船”クイーンアビス”の沈没事故に巻き込まれ命を失う。


雪乃が目を覚ますと、異世界でバロンバルグ家という貴族の現当主ドレイクの娘、セーシェとして生を受ける。


セーシェは自領内にあるアルベンブルグ魔法学園にてシャンドラとレイラという小貴族と出会う。


三人は優秀な成績を収め、王都にあるギリツィエ王立魔導学院への推薦権を手にする。


しかし、その矢先…。父であるドレイクが何者かの陰謀によって暗殺されてしまう。


セーシェは父の死の真相を知るため、悪役になろうともこの世界で上り詰めることを決断する。


叔父であるリスターに自領の政治を任せ、自身はギリツィエ王立魔導学院へと旅立つのだった。

 ギリツィエ王立魔導学院は王都ラドナークの中心部に存在する5年制の王国最大級の魔法学校である。ギリツィエの名は第5代目国王ギリツィエからそのまま取られた。


 平民、中小貴族、大貴族も王子も身分関係なしに入り乱れ、魔法が優秀な者が更なる研究の機会を得る。


 セーシェ、シャンドラ、レイラの三人は巨大な魔導学院の正門を前に驚動していた。ギリツィエ王立魔導学院の正門は、別名獅子門とも呼ばれている。


 まるで生きているかの如く躍動感溢れる獅子が正門を形取っているからだ。この獅子は門を通る者たちに、通る資格があるかどうか見極めているようでもあった。


(この学校には五大貴族の子息である他の四人や王子も今年から入学だと聞いている。私の夢を達成するためにも、彼らの力を借りたいものだ。)


 セーシェは今後の展望について思案していた。そんなセーシェに、突然声をかける者が現れた。


「あれ、セーシェじゃないか!奇遇だね、また一段と上品に仕上がったんじゃないか?そのドレス可愛いね!」


 この声は…とセーシェが安堵したように顔を向けると、そこには弦楽器を担いだ少年が立っていた。自信ありげな顔つきで花束を抱えている。


「…ルティウス、あなたもまた一段と下品に仕上がったようね。」


 ルティウスと呼ばれた少年は、わざとらしく大きい高笑いをした。髪をかき上げ、天を見上げる。


 茶色のサラサラロングヘアーを風に靡かせ、鋭い眉と目つきが良く目立つ。高い鼻筋と引き締まった顎つきが彼のイメージ像を作り上げているのだった。


「アーハッハッハ!面白い返答だ。これぞ夫婦漫才ってやつだね。」


 セーシェは口元に笑みを浮かべながら一呼吸した。シャンドラとレイラが声をひそめ、話し始める。


「ねぇレイラ…あの人誰か知ってる?」


「さぁ…アルベンブルグじゃ見たことない顔ね…。」


 ルティウスが改めてセーシェの方へと向き直り、弦楽器をポロン…と鳴らしながら言った。


「一年ぶりなのに、寂しいじゃないか。婚約者さん?」


 シャンドラとセーシェが一斉にセーシェの方へと目を向けた後、場が張り裂けそうなほど大きな声で叫んだ。


「「…セーシェの婚約者!?」」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ルティウスは五大貴族の内の一つ、レヴィーナ家の現当主ヨスダガの息子である。セーシェと彼が7つの頃に両当主の合意で婚約が結ばれた。


 しかし、セーシェもルティウスもこの婚約を本気になどしていなかった。彼らが婚約の締結後、二人きりで面会をしたことがある。


「なぁ、セーシェ。はじめまして。そして君は婚約を馬鹿馬鹿しいと思わないか?」


 ルティウスが初対面とは思えないほど深く踏み込んできた。セーシェは少し考えるような仕草をとった後、同感だと言うように頷いた。


「私は今、あなたに魅力を感じていないのよ。そういう意味では馬鹿らしいかもしれないわね。」


 ルティウスは嬉しそうに高笑いしてみせた。その後、ティーカップに入った紅茶を一気に飲み干した。


「君は面白いなぁ。父上からは清楚で大人しい方だと聞いていたが、まさか父上は大ほら吹きのようだ。」


「こんな私を見て、あなたは婚約をもっと馬鹿馬鹿しいと思ったでしょう?」


 セーシェはティーカップを手に取り、嗜むようにして紅茶を喉へと少し流し込んだ。


「そんなことない。君の毒舌さは間違いなく取り柄さ。もちろん皮肉じゃない。」


 婚約、と聞くとセーシェはいつもかつての婚約者の久慈平龍義の事を思い出す。彼を思い出す事は辛い。だからこそ、婚約なんてものは嫌いだった。


「あら、ありがとう。あなたもその遠慮のなさがお似合いよ。」


 ルティウスは笑顔から真剣な表情へと面持ちを変え、ポットの紅茶を両方のティーカップに注いだ。


「セーシェ…この婚約なんて結局親同士が決めた政略結婚だ。僕は婚約破棄してもいいつもりだ。」


「そんな事が出来たらね…。」

「ねぇルティウス、私たちビジネスパートナーにならない?」


 セーシェがルティウスに向けて手を差し出した。ルティウスはきょとんとした顔でセーシェの事を見つめていたが、やがて理解したかのように天を仰ぎ、セーシェの手を取り、握手を交わした。


「なるほど。互いの自領の利益のために尽力しようということだね。」


「その通り。とりあえず、婚約なんて物は一旦忘れて自由にすればいいの。」


それから、セーシェとルティウスは会うたび自領の利益のために毎度語り合った。その様子を両当主はお似合いのようだとまるで気づかず語り合っていたようだ。


 セーシェは他人に決められることが嫌いであった。それは婚約においても同じで、かつての婚約者龍義とは親同士の締結ではなく、彼の猛アピールゆえ婚約することとなった。


 人に決められた婚約なんて、人生においてもう二度といらないのだ。セーシェはそう考えていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ——現在。ルティウスは三つの大きな花束を手に取り、セーシェ達に華麗に投げ渡してみせた。


「レヴィーナ家の自領フレッタは自然豊かな地方都だ。今渡した花束も、かの有名なベフォナ植物園から採取された一級品なんだ。」


「そして、僕はレヴィーナ家の長男坊ルティウスだ。これからよろしくね、そちらのお二人。」


 そう言うなり、ルティウスは軽い足取りで獅子門を潜り抜けていった。その様を、魂ここに在らずの状態でレイラは見つめていた。


「ルティウス様…。ハンサムでオシャレで大貴族!何一つ欠点がないじゃない!」


「だめだよレイラ、ルティウス様はセーシェの婚約者なんだから。」


 シャンドラがふふふと笑いながらレイラをなだめた。セーシェは何も言わず、ルティウスの背中から何かを感じたように見守っていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 セーシェ達は学内の大広間へ来ていた。ここで本日、入学式が開かれる。辺りを見渡すと、見るからに優秀な生徒たちが大広間に掲げられたこの学院の校章を見上げている。


 式は順調に進み、入学者の代表宣言の番となった。段を一歩一歩踏み締め、舞台に上がったのは皇太子であるレオナルドであった。それに気づいた生徒たちはざわつき始めたが、すぐさま平伏する姿勢を見せた。


 整えられ、きりりとした眉毛。そして、獅子のように彫りが深く大きな眼で、舞台上から全てを見下ろしているような気すらした。


(王子…やはり彼が代表宣言を行うのね。)


 セーシェは久々に拝見した王子の顔に威圧感を感じ、少したじろいだ。


「面々をあげよ。」


 レオナルドはそう言い、一呼吸置いた後ゆっくりと話し始めた。


「…などとかしこまってしまったが、ここギリツィエ王立魔道学院は平民も中小貴族も大貴族も、ましてや王族の身分すらも関係ない。皆が平等の舞台だ。」


「新入生の顔ぶれは、幼い頃から魔法学の修得を怠らなかった勤勉な者達ばかりだろう。私は、そんな彼らと切磋琢磨出来ることが嬉しくて仕方がない。」


 誰もが王子の言葉に黙って耳を傾けている。彼の声は鮮明に、大広間全体に響き渡る。


「私たちは皆、大きな夢や希望を持ってこの学園に来た。時に不条理や絶望に苦痛を受けることもあるだろう。だが…」


「この学院は、そんな苦悩に苛まれる私たちを真摯に受け止め、そんな夢と希望を抱えた私たちに翼を与えてくれる素晴らしい居場所だ。」


 レオナルドは強く握りしめた拳を、大広間で吹き抜けになっている空へと突き上げ、高々と宣言した。


「最後になるが…新入生諸君よ、私たちの力を存分に発揮できるこの学院で、互いにしのぎを削り合おう!以上だ。」


 鳴り止まない拍手喝采の中、レオナルドは観客たちに背を向けながら手を振って舞台裏へと姿を消していった。シャンドラとレイラも感激したように拍手を止めることはなかった。


(ついに回り始める…私の夢を叶えるための歯車が…)


 セーシェは獅子の描かれた校章を見上げ、動き出す物語を悟っていた。






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