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婚約は一度きりで 〜異世界転生で悪役令嬢人生を謳歌する元お嬢様〜  作者: よつはし
サブプロローグ-秘密の花園、そして友情-
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悪役らしく、令嬢らしく

 秘密の花園は、その名に相応しく本当にほとんどの学徒が知ることはない。セーシェは「毒性のある植物があるので、触れてはいけません!」と書かれた看板の横を通り過ぎ、花園を訪れていた。


(ここに来ると、心が落ち着く。美しい花々を見れば、嫌な事も全て忘れられる気がする…。)


 セーシェは花園の草地へ寝っ転がった。雲一つない晴れ渡った空であった。太陽がセーシェのおでこを照らし、汗がじんわりと浮き出てくる。


「わっ!」


「きゃあっ!」


 突然視界に少女が現れ、セーシェは思わず頭を上げた。そして、その少女とおでこをぶつけ合う。


「「いててっ…!」」


 セーシェはくらくらする頭の中で視界を整える。その少女の正体は、シャンドラであった。


「シャンドラ…もう回復したの?」


「うん…大丈夫。先生はまだ安静にしてろって言ってたけど、セーシェに会いにくるために抜け出して来たの。」


「…どうして、私の居場所が分かったの?」


「セーシェなら、ここに来るって知ってた。だって私たち、お友達でしょう?」


 セーシェはその言葉に心打たれた。一方的に縁を切った事への後悔の念がセーシェの中に押し寄せた。シャンドラは結局、私のことを対等な友達として見てくれるようになったのだ。その嬉しさが込み上げた。


 だが、セーシェは同時に後悔の自責の念にも追われていた。大きな息を吐き、決心したようにシャンドラの目を見据えた。


「ごめんなさいっ!シャンドラ…。全部…私のせいよ。私がここにあなたを連れて来なきゃ、私たちを追いかけてきたレイラが毒草を手にする事もなかった。」


「それに、私が一方的に縁を切らなきゃ…あなたが私を嵌めるための罠として使われる事もなかった。」


「そしてなにより…。あなたに長い間冷たい態度を取ったことを謝りたい…。」


 深々と頭を下げて謝罪するセーシェに、シャンドラは歩み寄りながらその手を取った。


「謝るのは私の方だよ。そもそも、私がセーシェに他人行儀な態度を取ったのが悪いんだから。セーシェがそういうの嫌いなの、薄々気づいていたのに。」


 安堵したような顔を上げるセーシェに対して、シャンドラは優しく微笑みかけた。


「レイラも医務室へ来て、今回のことを何度も謝ってくれたの。もちろんすぐには許せないって伝えた…。でも…。」


 シャンドラは笑顔を余計に増やして言って見せた。


「次会うときは、友達になろうね…。って伝えたよ。」


 セーシェは思わず笑みを溢し、笑い涙を拭いながら続けた。


「…ふふ、シャンドラらしい。少し優しすぎるぐらいが、あなたの良いところよ。」


「そういうこと。…あぁ、この花園も無くなっちゃうのかなぁ。」


「まぁ毒草を使った事件が起きたら…仕方のない事かもね。そう考えると、一番の被害者はこの花園を作ったランゲラ先生かもしれないわね。」


 二人は身を寄せ合いながら、花園に吹く心地の良い風を静かに受け止めていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そうして、6年が経過した。当然の如く、秘密の花園は無くなりランゲラ先生は涙の中教職を退いた。


 セーシェとシャンドラは共に13歳。二人ともギリツィエ王立魔導学院への成績上位十五名への推薦権を獲得し、春から王都への出立が決定した。


 セーシェは推薦が決まった当日、寮に帰るなり手紙を書き出した。宛先は父であるバロンバルグ卿。喜びのあまり、父への感謝を伝えたいあまり、ペンは止まることを知らなかった。


(王立魔導学院への進学、お父様も私を誇らしい一人娘だと思ってくれるでしょう。それに、王都に行けば最先端のすべてを見ることができる。とても楽しみね。)


 セーシェは速達で、その手紙を送った。しかし、その手紙に父からの礼賛が返ってくることはなかった。


 速達を送った3日後、セーシェの元に絶望の通達が届いた。差出人は叔父であるリスターからであった。


「そなたの父であるバロンバルグ卿が急逝した。葬儀を執り行うため、2日以内に帰領せよ。」


 セーシェは言葉も出なかった。あんなに健康そうにピンピンしていた父が死ぬということは、全く信じられなかった。


 セーシェは馬車に駆け込み、バロンバルグ家へと急ぎ馬を飛ばしたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 バロンバルグ邸にて、リスターが謁見の間で丁重に出迎えてくれた。セーシェは一礼をした後、悲哀を顔に浮かべた。


「まずは…ギリツィエ王立魔導学院への進学を祝福しよう。」


 セーシェは何も言わず、再び軽く一礼した。


「こうしてそなたを呼び戻したのには訳がある。そなたの父は…暗殺されたのだ。」


 衝撃の言葉にセーシェは耳を疑った。あの父が…暗殺された?


「どういうことでしょうか、叔父様。」


「兄上は先日行われたパレードの際、暗殺者に胸を刺されて即死した。捕らえた暗殺者の手荷物からは、暗殺を命令する旨の文章が押収された。」


 セーシェは父の事を尊敬していた。最初は家柄にセーシェを縛り付けるだけの男だと思っていたが、彼が民に敬われているのは娘から見ても明確であった。


「父は…どうして暗殺されたのでしょうか…。」


 リスターは皆目見当も付かないという様子で首を横に張った。


「私も兄上が民の反感を買って殺されたとは思うまい。そうなれば…やはり絡むのはもっと深い思惑であろう。」


 やはりそうか、とセーシェは思った。父が殺されたのには裏の理由があるはずだ。父の背中を追って来た娘だからこそ、それを確信していた。


「だが、今は何を考えようとも仕方あるまい。して、セーシェよ。そなたに選択を求めたい。」


「何でしょうか?」


「兄上亡き今、当主を継ぐのはそなたが筋であろう?だが、そなたは若すぎる上に優秀な雛で、まだまだ成長の見込みがある。」


「つまり、私がこれから当主になるかならないかを決めろと?」


「そうだ。そなたがギリツィエ王立魔導学院への進学を希望するなら、代理は私が務めよう。だが、私も病弱だ。いつ神がお出迎えになるかは分かるまい。」


「そんな事は仰らないでください…。…叔父様に代理当主はお任せします。私には…やりたい事があるので。」


 セーシェは父の死を踏み越えて覚悟を決めた。”お嬢様”だった頃に求めていた自由を、今すぐ手にしようとすることはかなぐり捨てた。その前に父の死の真相を暴く事、それがセーシェの当分の生きがいとなる。


(父の死には、何らかの権謀が絡んでいる可能性がある。その真相を暴くには…今のままではダメな事は分かっている。)


(なら…悪役になってでもこの世界でのしあがり、父の死の真実を暴くのみよ!どこの世界の娘が、尊敬する父親を殺されて黙っていられるの!)


(私に媚びへつらう人間から距離を置くのではなく、むしろ骨の髄まで利用し尽くしてやる…。)


「私は…父の死の真実を必ず明るみにします。父の無念を…晴らして見せます。」


 セーシェははっきりと、覚悟の籠った声でリスターに伝えた。リスターもそれに呼応するように頷いた。


「だから、それまで私の留守を預かっていただけないでしょうか?」


「もちろんだ、私にとってもそれは悲願の夢。私にもできる事があれば、尽力してみせよう。」


「ありがとうございます…。それでは、失礼します。」


 セーシェは静かにリスターの前から退いた。謁見の間の外では、従兄弟のレヴナスが退屈そうに石を蹴って遊んでいた。


「久しぶりね、レヴナス。あら、随分と大きくなったじゃない!」


 レヴナスはセーシェの顔を見るなり、大きな笑顔になって飛びついた。レヴナスはもうじき10歳のわんぱく男児である。


「セーシェ、お帰り!王都に行くんだよね!」


「ありがとう。また、離れ離れになっちゃうわね。」


「うん、早く戻って来てね!」


「もちろん。あなたのお父様はお身体が悪いのだから、あなたがちゃんと助けてあげるのよ?」


 セーシェの言葉にレヴナスは満面の笑みで頷いた。


 葬式は翌日に執り行われ、多くの領内の中小貴族や平民が参列した。五大貴族であるレヴィーナ家、エルヴァリア家、ミスフェルド家、ファルゼン家。そしてラドナーク王国の国王であるリュクスからも追悼の文が届いていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アルベンブルグ魔法学園の前に、王都行きの馬車が到着した。セーシェは馬車へと乗り込み、ゆっくりと座席に着いた。


「セーシェ、忘れ物はしてない?」


 向かいの席にはシャンドラが座っていた。


「忘れ物と言えば…可愛い従兄弟かもね。」


「レヴナスくんの事、好きすぎるでしょ。」


 何気ない会話をシャンドラと交わしていると、セーシェの隣に少女が座った。


「あら…レイラ、あなたも選ばれていたの?」


 レイラはうふふと笑いを浮かべ、口元に手のひらを当てながら答えた。


「全く、嫌味を言わないでよ。私、こう見えて勤勉なの。」


「そうね、あなたはあれから頑張っていたものね。」


 レイラはセーシェとシャンドラの提言があったため、半年の停学処分の後に復帰した。当初は周りからも疎まれる事が多かったが、二人の助けもあって無事学園に再び馴染む事ができた。


「レイラは”今は”いい子で努力家だもの。選ばれて当然よ。」


 シャンドラの冗談混じりの言葉に、レイラは眉を軽くひそめて言った。


「あの事について何回謝らされたか、私数えてないわよ。」


 3人や他の推薦者を乗せた馬車はギリツィエ王立魔導学院へと走り出した。


 セーシェはそんな中、自らの将来について思案していた。


(ギリツィエ王立魔導学院には…五大貴族の子息や王子もいらっしゃると聞いている。それに、将来歴史に名を連ねるような学者の素質を秘めた者もいるでしょうね。)


(ならば…私は彼らを利用する勢いでこの国の権力の中枢へと迫り、父の死の真相を暴くのよ。)


(私は…悪役らしく、令嬢らしく…生きる!)


 セーシェにとって”お嬢様”らしさを強要される事は苦痛でしかなかった。しかし、自らの目標のために”お嬢様”を演じる事は、微塵も苦しくはなかった。


 無念の父を思い、皆が談笑する走る馬車の中で、セーシェは悪役令嬢としての道をまっすぐに…見据えていたのだった。


 —サブプロローグ完—



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