嫉妬心
セーシェは誰よりも真っ先にシャンドラの元へと駆け寄った。シャンドラは荒い呼吸をしており、両手の指先が青く変色していた。
(これは…青い変色はチアノーゼの症状。…まさか、毒?)
「誰か…彼女を運ぶのを手伝ってちょうだい!」
セーシェと生徒数名が担架に彼女を乗せて医務室へと運ぶ。ランゲラ先生も付き添いで行き、その間生徒達は自習を命じられた。
当然、生徒達が真面目に自習をするわけでもなくシャンドラが倒れた原因について口々と話し始めた。ただ一人、レイラは笑う口元を隠しながら、自分の計画が成功し始めた事を密かに喜んでいた。
セーシェを含む数名が教室へと戻ってきた後、ランゲラ先生が重い口を開いた。
「一旦、授業は中止とします。各々教室へと戻りなさい。」
立ち上がる生徒達がぶつぶつと文句を言いながら教科書をまとめる。そんな状況を切り裂くような一言が教室内に響き渡った。
「先生、シャンドラさんはどうして倒れてしまったのでしょうか。」
声の正体はレイラだった。ランゲラ先生は困ったような顔をしながら、後で話す。とだけ言った。
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教室へと帰った後、セーシェは憤っていた。シャンドラの容態が思った以上に酷いからだ。命に別状はないが、かなりのダメージを受けているようだった。
セーシェは、シャンドラの行動について整理していた。毒の侵入経路は?どのくらいの時間で症状が出た?誰がなんのために?
(侵入経路に関しては思い当たる節がある。あれは——。)
そんなセーシェの思案をよそに、セーシェと共にシャンドラを運んだ生徒の一人が、毒が原因である可能性を喋ってしまったようだった。
「あれ、おかしいですわね?この教室で毒の魔法を使えるのはたしか…セーシェ様だけでは?」
セーシェが顔を上げると、セーシェのことを光のない目で見つめるレイラがいた。皆の目線がセーシェに一気に集まる。
「もしシャンドラさんが毒で倒れてしまったなら…犯人は明確だと思いませんか?」
レイラが皆に問いかけるように言う。生徒達は各々の考えを周りと話し始める。
「セーシェ様に限ってそんなことするだろうか…。」
「いや、でも最近あの二人仲が悪かったし…。」
なるほどな、とセーシェは思った。ある程度犯人がシャンドラに毒を盛った状況は理解できた。
(私がシャンドラを恨んで毒魔法を使ったように見せかけて…私に汚名を被せようというわけね。)
セーシェは席を立ち上がり、レイラの目をしっかりと見据えて反論の姿勢を取った。
「このまま黙っていれば私が犯人扱いされるだろうし…反論させてもらうわよ。」
レイラが表向きは上品な態度を崩さずに、挑発的な面持ちでこちらに向かって微笑んでくる。
「まず、私の毒魔法は神経毒を操る。簡単に言えば人間の体に麻痺を起こすの。疑うなら、私の担任の毒魔法の先生に聞けばいいわ。」
「対して、シャンドラの症状にはチアノーゼ。つまり指先が青く変色する症状だった。私の毒魔法は無関係よ。」
レイラは食い下がるように、顔を引き攣らせながらその口を開く。
「チアノーゼ?何の話か分からないけれど…でもあなたに動機があることは間違いではないでしょう?セーシェ様はシャンドラさんと不仲になり、手を出した。ちがいますか?」
「動機があるとして、私がどうやって毒をシャンドラに与えたと言うの?」
「先程の食事の時間に毒を混ぜた。というのが一番最もらしい理由じゃないでしょうか。」
「私とシャンドラは不仲なのよ。先程の食事の時間もいくつも席は離れていたわ。…ねぇ、レイラ。白状して。犯人はあなたでしょう?」
セーシェの言葉に、レイラが冷や汗を垂らす。教室は束の間の静寂に包まれた。レイラは首を横にぶんぶんと振りながら否定する。
「私がどうやってシャンドラさんの食事に毒を混ぜたって言うの?」
「ちがう、あなたは自分の食事に毒を混ぜたの。トウモロコシのスープにね。」
レイラは沈黙を始めた。容赦なくセーシェは追い打ちをかける。まるで仔猫を追い詰める虎のように威圧的なその態度に教室は息を呑んでいた。
「レイラは、先程の食事の時間にシャンドラとぶつかって彼女のスープをこぼした。そのお詫びにと自分のスープを彼女に譲った。大きな音がしたし、この光景を見ている人もいるはず。」
教室にいる生徒の内何人かが無言で頷いた。レイラは下を向いたまま、何も言わない。
「レイラはその中に毒を入れていた。そうして、毒を飲んだシャンドラが倒れる仕掛けをつくった。そうでしょう?」
レイラは顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。泣きじゃくる声で話し始める。
「ご、ごめんなさい…。」
「わ、私…。あなた達を追いかけたときに秘密の花園を見つけて…そこで見つけたハッサギの根っこをすり潰して…飲ませたの。」
セーシェがシャンドラを秘密の花園に初めて連れて来た時、隠れていた人影はレイラだったのだ。
その話を聞いて、セーシェは血相を変えてレイラに詰め寄った。
「ハッサギの根っこですって…?そんなの丸ごといれても微々たる毒よ。レイラ…あなたが入れたのはね、ミウロカの根っこ。猛毒よ。」
レイラは息が止まりそうな思いだった。セーシェが何を言っているのかさっぱりだったが、とてつもなく悪いことだとは気づいていた。
「ミウロカはハッサギによく似ている植物…。でもシアン化物を含んでいてチアノーゼを引き起こし…最悪の場合に死に至らせるの。」
「そ、そんな…。シャンドラは無事なの!?」
レイラはセーシェに縋るようにして涙ながら聞いてきた。
「お医者様がすぐに来てくれたから命に別状はないみたい。」
レイラは良かったと言わんばかりにへなへなと膝から崩れ落ちて、わんわんと泣き始めたのだった。
その後、セーシェとレイラは先生へと事情を説明した。レイラの処分は後日決定するとの事だった。その日、このクラスは全員帰寮するようにと通達があった。
セーシェは寮に帰る気も起きず、一人で秘密の花園に来ていたのだった。