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華麗なる小貴族レイラ嬢

なぜ、キラベア家は小貴族になったのか。その事実を知ったのは私が五歳の頃だ。父の書斎に潜り込み、古い歴史書を読んでいたところに父が現れた。


「レイラ…こんなところで何をしている?…ッ!それは…ッ!レイラ、その本を返しなさい。」


父は私から急いで本を取り上げた…が、私は隙を盗んでその本を読み漁っていた。魅力的な挿絵が私の目を引いたからだ。父は何度もその本を手に取る私に痺れを切らして、本の内容を教えてくれた。


「いいか、レイラ。キラベア家はかつて大貴族様に反乱を起こしたんだ。そしたら大貴族様は怒ってしまい、キラベア家は中貴族から小貴族になってしまったんだよ。」


「小貴族になったら、どうなるの?」


「貰える土地は少なくなるし、ライバルもたくさん増えるし、何より良家との締約が…いや、お前にはまだこの話は早いよ。難しかったろう?」


「ううん…分かった。悪いことをしたんでしょ?」


「そうだ。昔、アナというキラベア家の人がいたんだ。彼女はムトという大きな狼を飼っていて、その狼をけしかけて沢山の人を襲わせんだよ。」


「狼にできるなら、わたしのミケコにもできるよね?」


「そうかもしれないけど…ミケコにそんなことをさせてはいけないよ。ミケコは心優しい子なんだから。」


「はぁい。」


この会話を交わした時は、私は何も感じなかったのだろう。だが、時が経つにつれ私の中で不穏な信念が燃え始めた。とばっちりを喰らい、小貴族に格下げされたことは理不尽にしか感じられなかった。


昔から「中貴族は都市の数だけ、小貴族は村の数だけ存在する」という言葉があるように、小貴族は中貴族の比べ物にならない有象無象の塊だった。


そのため、小貴族は到底中貴族と婚約など結ぶことはできない。ましてや反逆者であるキラベア家と積極的に婚約を結びたがる者などほとんどいなかった。


私も小貴族メドル家の二男坊カルニオ、つまり家の後を継がない者から婚約を申し込まれたが丁重にお断りした。


小貴族の家を継がない家系は数代を経てやがて庶民へと成り下がる。そうなれば、もう2度と貴族階級に戻ることなど不可能なのだ。


私の人生とはこんなもの。平凡な貴族として平凡なまま死に、平凡に家系図に名を残す。


私は、華ある貴族人生を打ち壊されたその怒りの矛先を、誰かにぶつけたかっただけだろう。今思えばそれは何の意味もない、子供の可愛げのない我儘だった。


それでも、私は勉学は怠らなかった。勉学を身につければ王都で魔学士として地位を得て、身分の高い者と結婚できる可能性は高い。むしろ、地位の低い貴族の出身からすれば、それしか打開策はないのだった。


猛勉強の末アルベンブルグ魔法学園に入学し、真っ先に目についたのは当然、大貴族令嬢セーシェ=フォン=バロンバルグであった。憎きバロンバルグの跡取りが目前にいるのだと憎しみの炎がわたしの中でぐつぐつと煮え上がった。


「セーシェ様、ごきげんよう。」


昂る感情を必死に押し殺しながら笑顔を作る。彼女は表情を変えないまま、口元を最小限に動かして答えた。


「ごきげんよう、あなたのお名前は?」


「レイラ=リシェフ=キラベアと申します。小貴族キラベア家の令嬢でありますゆえ、何なりとお申し付けくださいませ。」


彼女は品定めするような目でじっと私を見つめた。宿敵を前にして私はごくりと唾を飲む。


「キラベア家…ごめんなさい、分からない。それと、私はあなたに興味が持てないと思うのよ。」


その言葉に私は目を見開いた。あぁ、そうか。キラベア家はバロンバルグ家の人間に認知すらされていないのだ。かつて自らが貶めた貴族のことなどとうに伝わっていなかったのだ。


せめてキラベア家の降格に対する後ろめたさがあれば、キラベア家の名を忘れていなければ。そんな儚い希望すらも打ち砕かれ、キラベア家は所詮バロンバルグ家からすれば大した価値のない存在だったのだと、私は思い知らせた気分だった。


なんとかしてあの好ましくない女に一矢報いてやりたい、幼子の幼稚な考えは私の心の内で助長され続けた。愚かで、幼いがゆえの無垢な残酷さが渦巻いていた。


セーシェという人間は孤独を好んでいるように見えた。話しかけてくる小市民達を軽くあしらい、意図的に遠ざけている。そんな中、彼女との関わりを深く持つ者が一人だけいた。

 

シャンドラ=キーリエ=ネブローン。私の同じ小貴族の人間だ。何がセーシェの気を引いたのか。その可愛げ溢れる顔だろうか、それともふわふわとした危なげさその仕草だろうか。


違う、そんなものではない。私はふと気づいた。彼女はセーシェに対して壁を作らない接し方をしている。あくまで彼女と対等に立って、友達として対話をしている。それがシャンドラの魅力なのだろう。


同時に、セーシェの嫌がることも頭に入った。彼女は孤独を好んでいたのではない。自分に媚びへつらう人間を避けていたのだ。そうなれば話は早い、と私は取り巻き達と共にシャンドラを呼び出した。


そして、徹底的にセーシェに対して敬いを持たせることを教え込んだ。案の定、彼女の態度をセーシェは嫌って二人の仲は裂かれた。


だが、これだけでは物足りない。セーシェを、バロンバルグ家を貶めなくてはならない。そんな無意味な信念に私は駆られていた。


セーシェは毒魔法を使用できる。そこで私が思い付いたのが毒草をシャンドラの料理に混ぜ込むことだった。そうすれば、セーシェは真っ先に疑いを向けられ、学校での立ち位置も危うくなるだろう。そんな甘い考えだった。


私はセーシェとシャンドラを尾行し、秘密の花園の居場所を知っていた。私はそこから認知していた軽い症状をもたらす毒草を積み上げ、昼食の時間にシャンドラの料理に混ぜ込むことに成功した。


しかし、シャンドラが昏倒した際、私は冷や汗が止まらなかった。なぜ?私が混ぜたのは微毒のはず。ならセーシェが毒魔法で彼女を襲ったんだ。そうに違いない。


そんなわけないのに、私は自らの保身でいっぱいだった。その罪をセーシェに押し付け、罪から逃れることに必死だった。ものすごく…惨めだった。


私はたった六ヶ月の謹慎処分で許された。その理由は、今でも分からない。きっと、二人が恩赦してくれたんだと…私はそう信じている。


私は毎日、シャンドラが回復するまでその寝床まで通い詰めた。彼女は大丈夫だよ、と優しく微笑んだ。迷惑だと分かっていたし、彼女の御両親に厳しい言葉を浴びせられた。だとしても、あれが私の出来る唯一の贖罪だった。


父も母もすっかりと痩せ細り、二人の言い争いが絶えなくなった。私は扉の向こうから聞こえてくる怒号に耳を塞ぎ、ミケコに体を寄せて恐怖に打ち震えていた。


ミケコは優しい友達だ。だから、私のしたことは絶対に否定するだろうし、あの現場にいたなら私に怪我を負わせてでも止めるつもりだっただろう。でも、彼女は何も言わずに私の心の支えとなってくれた。


6ヶ月が経つ頃には、父と母は落ち着きを取り戻して私も学校へと戻る覚悟が決まった。シャンドラとは彼女が回復して以来顔を合わせていないし、セーシェとはこの6ヶ月間一度も顔を合わせることもなかった。


それでも、私は己の罪に生涯向き合わなくてはならない。あの二人に、もう一度謝ろう。いや、何度も謝ろう。何十度も謝ろう。数え切れないほどの懺悔…。私はただ、ひたすらに苦しかった。


学校に足を踏み入れた。半年も経っているのだ。同学年の生徒達も一回り大きくなっているように見え、私は体を萎縮させた。皆の奇異な目が、怪物を見るような目が止まらない。私は顔を俯けたまま教室へと駆け込もうとした。その場で誰かとぶつかり、尻もちをついてしまう。


「きゃっ!?」


「いたたた…。ちょっと、前はちゃんと見ないと…。って、レイラ!」


私が顔を上げると、そこには笑顔のシャンドラがこちらを覗いていた。


「やっと来れるようになったんだね!」


「え、ええ。そう…なの。」


私が傷つけた彼女を前に言葉を紡ぐことなどできない。私は顔を背けて、苦しげに言葉を切り上げた。


「どうしたの、レイラ?」


「…なさい。」


「え?」


「ごめんなさい!あなたを傷つけて、苦しめて…私はっ!」


「よーしよーし、気にしないで。」


シャンドラは優しくレイラの頭を撫でた。レイラは思いもよらない彼女の行動にぽかんとするも、必死に鼻水を啜って言葉を搾り出す。


「ど、どうして…。どうしてあなたは、そんなに優しいの?」


「どうしてって…。そんなの決まっているよ。レイラが私の元へ毎日毎日来てくれていたよね。私、すっごく嬉しかった。レイラの気持ち、もう伝わったよ…。私のこと、ずっと心配してくれていたんだよね?」


私は涙が止まらなかった。大粒の涙が私の頬を伝っては、シャンドラがくれたハンカチに吸われていった。


「ぐすっ…。シャンドラ、ありがとう…っ!」


「いいんだよ。これからはお友達になろう!セーシェもいいよね?」


セーシェが教室から姿を現した。赤子のように泣きじゃくる私を見て、ニヤリとする。


「私は構わないけれど…一回くらい私に謝ってくれてもいいのよ?」


「ごっ、ごめんなさい…。私は家を貶められたって思い込んで….とても未熟で哀れだった…。ごめんなさい、セーシェ!」


「いいの。私にだって責任の一端はある。キラベア家のこと、全然知らなかったの。未熟だったのは私も一緒。さあ、立ちなさい。」


セーシェが優しく片手を私に差し伸べる。その様子を見て、シャンドラも開かれた手のひらを私に差し出してきた。私は二人の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


それから、私はずっと彼女達を親友だと信じてきた。あの時彼女達が私に手を差し伸べてくれていなければ、私は何になっていたのだろうとふと考えることもある。


仇を恩で返すとはこの事だろうか。意地悪をした私を優しさで包み込み、赦してくれた彼女達のことを私は一生涯かけて守るつもりだ。


そう決意したはずだった。

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