寂れた町の墓前
セーシェ達は高まる鼓動に合わせて足を踏み出した。鋭い銃弾がルティウスの頬を掠めた。キュレットを抱き抱えているルティウスは全身を震わせながら言った。
「300mは離れているのになぜこんなに正確なんだ!」
「凄腕のスナイパーみたい…。二人とも、早く走って!」
セーシェが2人を急かすも、ザクノの左足はもたつき、ザクノは地面へと倒れ込んだ。セーシェとルティウスは急いでザクノに駆け寄り、ザクノに肩を貸して走り始めた。
「俺は盗賊にやられた傷が痛んでもう走れない、置いていけ!」
「いくらあなたでも死なれたら…寝覚めが悪いわよっ!」
三人はなんとか物陰に隠れ込み、束の間の安堵を手にした。ザクノの左足を、セーシェが自身の服をちぎって患部に巻いた。
「…すまない。俺の不覚だ。お前達を巻き込んだのは間違いなく俺の責任だッ!」
ザクノは深刻そうに苦渋を噛み締めながら言葉を漏らした。ルティウスがザクノの肩に手を置き、優しく語り始めた。
「どうしてザクノは自分を追い詰める?君のせいなんかじゃないさ。」
「そのしおらしげさ、貴方らしくもないわね。さあ、早く立ち上がって。まだ私達はあの狙撃手に命を狙われている。ここから逃げないと、ね?」
セーシェが手を差し出し、ザクノはその手を取りゆっくりと立ち上がった。
「ついてきてくれ…。安全な隠れ道を俺は知っている。」
ザクノはゆっくりと歩き始め、下水道を塞ぐ石蓋の前で立ち止まった。
「ここは安全だ。2人とも、持ち上げるのを手伝ってくれ。」
「いや…流石に。」
セーシェが青ざめた顔でザクノを見つめた。
「安心しろ。下水道ではない、むしろ地上より清潔だからな。」
セーシェとルティウスは嫌々石蓋を持ち上げた。ザクノが先陣を切って暗い地下へと降りていく。ルティウスはにこりと笑いながら言った。
「レディーファーストだ。」
「…人でなし。」
セーシェが慎重に梯子を下っていくと、そこには思いもよらぬ光景が広がっていたのだ。
青と灰色の服装を身につけた剣士たちが、忙しなく動いてる様子がそこにはあった。
「まさか…ここは。」
「そうだ、そのまさかだ。ここは自警団のアジトというべき場所だ。」
「だが、どうして君がその場所を知っている?」
「なぜなら…この自警団を統括しているのはわがロードリッヒ家だからな。」
「「ええっ!?」」
セーシェとルティウスは思いもよらずの答えに驚きの声をあげた。ザクノがアジト内をゆっくりと歩き始めた。ザクノを見ると、自警団の団員たちはザクノに敬礼を送る。
「「ザクノ様、お疲れ様ですっ!」」
「お前たちに頼みたいことがある。ティーズ広場に盗賊どもが横たわっており内1人は死亡している。それから、ヒスール時計台に狙撃手がいる。この二つを解決してくれ。」
「ティーズ広場には既に十数名が向かっております!ヒスール時計台にはメークリオス様が!」
「そうか、メークリオスが…。分かった、ご苦労。」
団員達は一礼をした後、再びあせあせと動き始めたのだった。
「ロードリッヒ家が自警団の管理をしていると言ったね…。なぜ、アルデンブルグの貴族である君たちがここを統率しているんだい?」
ルティウスの言葉にザクノは息をついた後、ゆっくりと口を開いた。
「それについては現場に着いてからの方が分かってもらえるだろう。後で話すさ。」
「ここの管理はもう先も長くない父に代わって俺の双子の兄グレイが指揮を取っている。自費を叩いて、治安維持のために王国騎士団と協力しているのさ。」
「グレイが…。地上でやけに自警団を見ないと思ったら地下にアジトがあるだなんて…。」
「たしかに、地下なら建物にも阻まれず交通の便にも悩まされることもなく自由に通路を移動できるからね。現場に駆けつけるという意味では非常に合理的だ。」
「あぁ、この通路は8年以上街の平穏をもたらすために用いられている。もっとも、最近は盗賊が増えすぎて手に負えていないのが現状だ。」
「どうして盗賊が増えたのかしら?」
「さあな。だが最近何かと物騒なことが多い。お前も気をつけろよ、セーシェ。」
「ふん、言われなくても。」
「…着いたぞ。上がってこい。」
ザクノに言われるがまま、2人は地上に顔を出した。そこに広がるのは、静かに風が草木を撫でるだけの荒れ果てた公園であった。
辺りには焼けこげたような跡が多々あり、それ以外にはポツポツと立つ墓があるだけだった。ザクノは迷いなくその公園を進んでいき、一つの墓をじっと見つめた。
そして、セーシェとルティウスを見てしんみりとした口調で話し始めた。
「これは母さんの墓だ…。母さんは10年前、ここで盗賊に殺された。自警団はな、父が母さんを弔うために作り上げた組織なんだ。」
セーシェとルティウスは茫然とした。セーシェもザクノの母親と会ったことがないのに微かな違和感を覚えていたが、よもや10年前に亡くなってしようとは思いもしなかったのだ。
「そう、だったのか…。すまない、自警団ができた理由など野暮なことを聞いてしまって…。
「気にしないでくれ。今日俺が下層に来たのは母さんを弔うためだ。」
そう言うと、ザクノは手にしていた高級ボトルを墓前に供えた。
「そのボトルはこのために持っていたのね…。」
「あぁ、母さんが生前好きだったワインらしい。俺は母さんの事すらまともに覚えていないが、優しく包み込んでくれたあの感覚だけは今でも覚えている。」
ザクノは公園に吹くそよ風を受け、目を閉じながら言った。
「母さんの無念を晴らすためにも…俺とグレイは立ち上がったんだ。民を守ることこそが貴族の宿命であると。だが…母さんすら守れなかった俺にそんな資格は…あるのだろうか?そこいらの盗賊にやられるような俺にそんな力は…あるのだろうか?」
「ザクノ!」
セーシェの一喝にザクノは驚いたような彼女を見る。
「さっきも言ったでしょう。自分を責めるのはやめなさい、全てを背負い込むのもやめなさい!あなたがしょげているのを見るとうんざりするの。どうしてこの人は、人には貴族のプライドとやらを強要するくせに自分はその資格がないと放棄するの?あなたが本当に貴族の資格がないのなら…小議会選挙を降りなさい。それでも、まだ自分には貴族のプライドが、資格があるのだと信じるのなら…。」
セーシェはザクノをぴしりと指差して言った。
「小議会選挙で私を打ち負かしてみることね!」
ザクノは口を半開きにしたままセーシェの言葉を聞き入っていた。やがて、堪えていた笑いを吐き出すかのようにアッハッハと声を上げた。セーシェは怪訝そうに問いただす。
「な、何がおかしいのよ!」
「い、いや…慰め方がお前らしいなと。そう思っただけだ。…ありがとう、セーシェ。俺は絶対にお前には負けない。」
すっかり元の調子に戻ったザクノを見てセーシェとルティウスは安堵したように笑った。
「どうやら、もう大丈夫みたいだね。」
ザクノは墓の方へと向き直り、手を合わせて目を閉じ祈った。
「母さん、また来るさ。」
「さて、お目当てのキュレットも見つかったことだし…そろそろ行きましょうか。」
ザクノは満足げに頷いた。一つ残された墓前には、辺りを包み込むような暖かい風が静かに流れていたのだった。




