二人きり
柔和な笑顔で、シャンドラはセーシェに笑いかけた。セーシェは彼女を見定めるような目でじろじろと見回した。
「どうかしました?」
きょとんとした顔でシャンドラはセーシェの顔を覗く。セーシェはシャンドラの力の抜けた自然さを見抜いていた。
(この子はきっと、私を大貴族だからって胡麻を擦るような真似はしたりしない…そんな気がする。)
「私はセーシェ=フォン=バロンバルグ。ねぇ、シャンドラ。私たち、友達にならない?」
シャンドラは少しはにかんだ面持ちでセーシェの言葉を二度三度反芻したあと
「よ、喜んで…。って、バロンバルグ家の!?わわわ…私なんかで宜しければ!」
(やっぱり…アルベンブルグにいる限り、この反応は避けられないわね)
セーシェはやむを得まい、とため息混じりでシャンドラの手を掴んだ。シャンドラが怪訝にセーシェの様子を伺う。
「あなたの事、信じてるから!(きっと私に”お嬢様”を演じさせないって)」
「は、はぁ。もちろんですとも!」
「あはは、何よそれ。普通にしてくれればいいのよ」
この日、セーシェとシャンドラは互いに良き友人を持ったのだ。そう確信していた。
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シャンドラは学園の男児達が皆目を惹かれるような美少女である。長く、毛先がくるんと回った緑髪、大きな深緑色の瞳、紅潮したような薄桃色の頬、そして自信なさげに曲がる丸い眉。
セーシェも美少女と呼ばれるのに例外ではなかった。美しく手入れされた金色の髪に、すらりとした鼻筋、目元を際立たせる睫毛と見るもの全てを突き刺すような冷酷な眼差し。
当然、二人は学園内でも少々高嶺の花として扱われる。会話することすら失礼に当たるとして、男児達がセーシェのご機嫌取りに来ることは段々と少なくなっていった。
(あら…学園生活ってなんて素敵なのかしら!女生徒はともかく、煩わしい男生徒に話しかけられないとここまで満喫できるものなのね。)
しかし、これまた当然女生徒の中には神格化に等しい扱いを受けるセーシェとシャンドラが好ましくない者もいる。
小貴族のレイラはその代表であった。表向きはセーシェに当たり障りなく接していたものの、裏では悪口を絶やすことはなかった。
それもそのはず、レイラの家系であるキラベア家は150年ほど前にバロンバルグ家に反乱を起こし、鎮圧された過去をもつ。
その結果、反乱を主導したキラベア家内の反乱派は一斉処分。
バロンバルグ家に忠誠を誓っていたキラベア家の一族すら、中貴族から小貴族へと降格処分を受けた。
中貴族と小貴族では扱いに天と地ほど差があると言ってもいい。自家の騎士団の待遇や庶民への食糧支給の量すらも中貴族と小家族では差別化されている。
現在のバロンバルグ家からしてみれば完全なとばっちりなのだが…とにかく、レイラが人一倍セーシェへの恨みつらみを覚えたことに間違いはない。
セーシェは言葉巧みに近づいてくるレイラの思惑を見抜いていた。前世でこのような底の知れた人間をセーシェは何度も相手をしたことがある。
「あら、セーシェ様。ごきげんよう。今日も麗しゅうございます。」
「レイラ、しばらく見ない内にまた一つお世辞を覚えたのね。」
「ふふふ、ご謙遜なさらないでくださいな?」
シャンドラはこの両名の間に繰り広げられる静かな闘争に気づくことなく、微笑ましく思っていた。
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アルベンブルグ魔法学園は七歳から十三歳の学生で構成されており、在学期間中に成績が良い上位十五名が王都ラドナークに位置する最高峰と名高いギリツィエ王立魔導学院への推薦権を獲得することができる。
セーシェはアルベンブルグ魔法学園内でも高成績を修めており、度々その魔法の腕を表彰されることとなっていた。
彼女はアルベンブルグから出て、外の世界の知見を手にしたいという願望を強く持っていた。だからこそ、自身の固有魔法である水魔法と毒魔法の磨きを怠ることはなかった。
アルベンブルグ魔法学園はその名に恥じず、初級魔法の授業が山ほど詰め込まれている。
「セーシェ、本当にすごい!どうやったら自由自在に炎を操れちゃうの?」
「簡単よ、指先に力を込めて…こう!」
セーシェは指先で円を描き、爪の先に蝋燭の火ばかりの小さな炎を照らして見せた。シャンドラはその様子を見て小さく拍手をした。
「おぉ〜っ!どれ、私もやってみるか。よっ…。」
シャンドラの指先からは火の粉が散り出し、やがてシャンドラの制服に引火した。シャンドラが震え声を上げながらセーシェの元へとにじり寄る。
「どどどどうしよっ、セーシェ助けて!」
「動かないで!」
セーシェは得意の水魔法を操ってシャンドラを水浸しにしてみせた。水浸しになったシャンドラは一瞬時が止まったかのような呆然とした顔をした後、途端に笑い出した。
「あはははは、セーシェひどいよ!」
「あっ、あなたが助けてって言ったんでしょう!」
「うそうそ、ありがと!」
「…全然構わないわよ。」
二人で笑い合う、それだけで…セーシェはこの人生を満喫できているような気がした。
(私はもう、”お嬢様”じゃない。嘘で塗り固められていない一人の人間として生きている。悪役じゃなかったとしても…これで十分だ。)
そう思えること、それこそがセーシェにとっての新たな幸せであった。