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8話 悪役令嬢16歳

 月日はあっという間に経ち、カトリーナは十六歳になった。


 真っ赤な髪の先はいくつもの螺旋が描かれ、動くたびに優雅に揺れる。金の瞳を囲むまつ毛は長く上向きで、ふっくらした唇にはコーラルピンクのルージュが引かれていて色気が漂っていた。

 もちろん容姿だけではなく、スタイルも完璧だ。胸は形よく育ち、コルセットで引き締めた腰は綺麗なくびれが出来上がっていた。人前に出れば、誰もが振り返る美貌の令嬢へと成長したのだった。

 そんなカトリーナは今日、王城の温室に足を運んでいた。



「ふふ、素敵」



 銀糸の刺繍が施されたテーブルクロスに、華やかなデザインのティーカップには金色の紅茶が注がれ、ケーキスタンドには種類豊富なスイーツが用意されている。

 完璧な配置で置かれたそれらは見ているだけで美しく、うっとりするような光景。


 しかしながら、今のカトリーナの眼差しは別方向に釘付け。

 この世の光を全て集めたような金髪を持ち、宝石のような青色の瞳を鋭く向ける婚約者カインが、彼女の正面に座っているからだ。

 あれから背は随分と伸び、顔立ちも少年から青年へと成長したことで麗しさに磨きがかかっている。



(私も悪役令嬢として美を磨いてきたけれど、霞んでしまいそうだわ。本当に大きくなられて……!)



 スチルには無かったカインの少年期を拝めただけでも幸運なのに、その成長過程を見守ることができたカトリーナの胸の高まりは今から最高潮。

 カインから冷たい視線を送られても、どんなに口が不機嫌にへの字になっていても、カトリーナの顔は勝手に綻んでしまう。



(背や顔立ちはちゃんと成長しているのに、まだ残る子どもっぽいところが可愛いんだから♡ 順調に嫌われている証拠だから、そんな顔は私を喜ばせるだけでしてよ)



 カトリーナの計画通り、カインは完全に婚約者に苦手意識を抱いている状態だ。

 今もカトリーナの至福の笑みを見て、うんざりしている。



「そんなにニコニコして……勘違いするな。私がカトリーナとお茶をしているのは、婚約者としての義務だからだ」

「もちろん分かっております。それよりお勉強や剣術のお稽古の調子はいかがですか? 難しいところはございませんか?」

「何様だ? 心配するくらいならお茶に誘わず、そっとしておいてくれ。この時間を勉強にあてられるというのに」

「ふふふ、そうでしたわね。でもお会いしたかったんですもの」



 カトリーナは、ドリルの毛先をファサっと華麗にかきあげる。

 するとカインは、ますます眉間にシワを寄せた。

 今のカインの態度はレディに対して最悪なものであるが、ちょっと俺様チックな部分にカトリーナは萌えるだけ。



(態度は褒められたものじゃないけれど、なんだかんだ都合をつけて会う時間を捻出してくれているのよね。用事があるから無理だと断ることもできるのに、婚約者の希望だからって律儀に付き合ってくれている。それに私以外にはきちんと礼儀正しいし……私にだけこの塩ムーブ、特別感が良いわ♪)



 ゲームでは絶対に見られない『完全無欠の王子カイン』のふてくされモードはご褒美でしかない。

 調子に乗ったカトリーナは、そんなカインの顔を鑑賞する目的も兼ねて、週に一度は王城に押しかけている状態。

 最初は王子らしい爽やかな仮面をつけていたカインも、さすがに辟易しているらしい。

 我儘な悪役令嬢に振り回されて疲れきった王子様の図がきちんとできていた。



「ふふふ、原作通り」

「何か言ったか?」

「えっと、あまりにも素敵なお茶会だなと思いまして」



 シナリオ通りに進んでいることが嬉しい。

 断罪の生スチルの確率が高まっていると実感できる、最高のお茶会である。

 周りで咲き誇るロイヤルローズと呼ばれる国宝の薔薇も、断罪への道のりを彩ってくれているようだ。



「ふんっ、こんな頻繁に茶会を要求してきて、カトリーナの王妃教育は大丈夫なんだろうな?」

「もちろんですわ。先日王妃殿下から修了のお墨付きをいただきましたわ」

「――終えた、のか? あの量を?」

「何を驚きになってますの? カイン殿下に()()()()()()()頑張りましたの」



 前世の知識チート万歳。

 この世界よりも高度な教育を前世で受け、真面目な学生だったからか、基礎教科はしっかり覚えていた。

 それにカトリーナは、ラスボスという強者設定のせいかポテンシャルが高い。

 記憶力は抜群で、ダンスも楽々こなせるほど運動神経も良かった。努力した分だけ身になる体質だったのだ。

 前世の知識、最高の素質と肉体、そこに完璧な悪役を目指すための努力が加わったのだから当然の結果ともいえる。



「まぁ、それでも優秀なカイン様には及ばないんでしょうけど。ふふ♡」



 笑みを浮かべてプレッシャーをかければ、カインの表情が硬くなった。

 ゲームの中でのカインは、文武両道の完璧な王子だった。カトリーナはそんなカインを崇拝し、心酔していた。


 実際に今のカインも、他の貴族の令息とは比べ物にならないくらい勉強ができる。

 だが、転生カトリーナには勉強面でやや及ばない。

 人間、得手不得手があるので当然と普段は割り切れるカインも、カトリーナだけは例外。

 煽るような言葉をかけられると負けず嫌いの性が刺激され、彼は悔しくて仕方なくなってしまう。

 どうしてドレスショップや宝石店に連日通っている相手に負けているのか、というように。

 カトリーナの予想通り、カインは席を立ってしまう。




「やるべきことを残してきているんだ。これ以上は付き合っていられない。アルト、あとはお前が相手をしておけ」

「かしこまりました」



 そうしてカインはカトリーナの許可を取らずに、温室から出ていってしまった。

 今からまた、時間がある限り勉学や剣の稽古に励むのだろう。

 それを分かっているカトリーナは笑顔でカインを見送った。


 代わりに残されたのは、申し訳なさそうな表情を浮かべる執事アルト・ラティエ。

 ずっと気配を消して控えていた彼はテーブルのそばに寄ると、新しくお茶を淹れ直した。

 同じく十六歳になったアルトもまた、立派な青年に成長中だ。


 メインヒーローのカインとほぼ同じ高さまで身長が伸びたため、スラリとした手足が麗しく、燕尾服が良く似合う。

 長かった前髪は耳にかけられ、今は闇色の瞳がよく見えた。攻略対象ではないのが不思議なくらい、甘い顔立ちをしている。

 アルトはそんな顔に、苦笑を浮かべた。



「いつも申し訳ありません。僕が代わりにお詫び申し上げます。カトリーナ嬢はもうお帰りになりますか?」

「いいえ。アルト様が良ければ、カイン殿下の言うとおり、もう少しだけお相手くださいませんか?」



 カトリーナがにっこりと微笑めば、アルトも顔を綻ばせ、先程カインがいた場所に座った。



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