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7話 もうひとりの主人※アルト視点

 アルト・ラティエの生まれた家は、()()()()王家の命により植物研究を進めている家門だ。

 それ以外に特段目立つような功績もなく、領地も広大というわけではない。


 しかし裏では、歴代の国王を影から支える忠臣を輩出している隠れた名門。直系の血筋から、その世代でもっとも優秀な子どもが選ばれ、何かしらの形で次期国王の側につく。

 アルトの叔父は、王族のプライベートガーデンの庭師として、目立たないところで国王と懇意にしている。


 そう、訳あって『目立たず仕える』というのが、ラティエ伯爵家の方針であり王家の希望でもあった。


 しかし次期国王カインと同い年のアルトは、一族で最も優秀ながらも、この国では珍しい真っ黒な闇色の瞳を持って生まれてきてしまった。

 闇色の瞳はすべてを見透かす魔眼として忌み嫌われているため、悪目立ちしてしまう。

 大人からも子どもから避けられ続けたアルトは、常に孤独を抱えていた。


 家族は息子としてきちんと扱ってくれたが、それは王家に献上する道具を育てるとの意味合いが強い。

 アルトは友人ができることも、誰かに好かれることの希望も持てずにいた。

 次期国王のカインに仕える予定にはなっているが、「どうせ気味悪がられて、弟と交代させられるんだ」と思っていた。

 しかし。



「お前が、私の影になってくれるアルトだな。よろしく頼む!」



 今から約一年前。親に連れられて顔を合わせたカインは、笑顔でアルトに握手を求めてきたのだった。

 待ち遠しかった自分だけの従者に会えて嬉しいと言わんばかりの顔。

 無邪気な態度を向けられたのが初めてで、呆気にとられたアルトは手を握ることに戸惑う。



「僕が、気持ち悪くないんですか?」

「目の色のことか? 本当に何でも見透かす目だったら、私にそんな質問はしないはずだ。そうだろう?」

「……あ」

「安心してくれ。私は見た目でアルトを遠ざけたりしない。仲良くしてくれると嬉しい」



 カインの言葉に、嘘偽りは感じられなかった。これほど真っすぐで、優しい人は他にいるだろうか。

 このとき仕えるべき主はカインであると運命を感じたアルトは、差し出された手をしっかりと握った。


 それからアルトは、帝王学の授業以外のほとんどの時間をカインと過ごすようになった。

 熟練の使用人ほどお茶が上手に淹れることができなくても、「次に期待している!」と励ましてくれる。授業で分からないことがあっても、呆れることなく丁寧に教えてくれた。

 アルトのカインを尊敬する気持ちは増すばかり。



(僕の主がカイン殿下で良かった。こんな僕を大切にしてくれる人は、きっとカイン殿下だけだ)



 そう思い見習い修行に励んでしばらくした頃、カインの婚約者が決まったことが知らされた。

 話を聞けば、クレマ公爵家の父娘に言葉を誘導され、言質を取られてしまったかららしい。

 娘は父親に利用されただけとカインは最初は思っていたようだが、そもそもの発案者がカトリーナの可能性があるのだとか。

 しばらく縁がなかった王家とクレマ公爵家の婚約は、政略的にもメリットの方が多い。

 対外的にも問題ないのだが……カインの心情が複雑なのは、アルトの目から見ても明らかだった。



「父上にも言われたが……私はどうも騙されやすいタイプらしい。警戒心が足りないと注意を受けてしまった」

「それは……」



 アルトは即座に否定できなかった。約一年ともに過ごしてきたが、カインは純粋で優しすぎるのだ。

 特に困っている弱者には、助けてあげたいという気持ちが先行し、突っ走ってしまう傾向がある。

 今回のカトリーナとの婚約も、蜂を前にして倒れてしまうか弱い令嬢と油断してしまったのが原因とアルトは推察していた。



「父上は私を叱りつつも、クレマ公爵と繋がりを強めることできたと今回は褒めてくださったが……カトリーナ嬢と一対一で話すと、正直また私はやらかしそうで怖い。次は一体どんな言葉を引き出されてしまうか……!」

「カイン殿下……っ」



 カトリーナ嬢の罠に嵌ったことが、ややトラウマになっているカインが可哀想だ。



「ということで、これから定期的に行われるカトリーナ嬢との交流会に、アルトも付いてきてくれ!」

「え!?」

「アルトは私と違って慎重なタイプだろう? いざというときのストッパーになるだろうし、私も心強い。それにアルトが同席していれば、カトリーナ嬢も下手に動けないはずだ。頼む!」



 闇色の目を蔑まれると思うと、カインと家族以外の人の前に出るのが怖い。だからアルトは対人関係には慎重だし、相手の言葉は鵜呑みにしないだけなのだが……。

 カインに助けを求められることは嬉しいし、カトリーナからの蔑みくらい耐えてみせようと思える。


 そう覚悟して交流会についていったところ、カトリーナは想像と違ってアルトを普通に受け入れてくれた。

 視線を向けても気味悪がることなく、むしろ握手を求めてきた。


 でもまだ信用するには早い。カインに好印象を持ってもらうための、演技かもしれない。

 しかしオセロに連敗したカインに対して、影で慈愛の視線を送るカトリーナを見てから少し考えが変わった。嫌われ役になっても、カインの成長のために尽くそうとする姿は尊敬に値する。

 さらに驚くべきことに、彼女はアルトの闇色の瞳を恐れるどころか、気に入って眺めているらしい。

 気付けばアルトは、カトリーナという令嬢が気になって仕方なくなってしまっていた。


 決定的だったのは、高位貴族の令息から池に落とされ、カトリーナに助けられたときだ。

 彼女は迷わず令息ではなくアルトを選び、震える自分を抱き締めてくれた。誰かに抱き締めてもらったのはいつぶりだろうか。

 アルトは感動を禁じ得なかった。



(カイン殿下の執事見習いである僕をも丁寧に扱ってくれるなんて、なんて素晴らしい令嬢なのだろう。カトリーナ嬢は、いずれカイン殿下のもとに嫁ぐ方。王妃としてカイン殿下のおそばにずっといる……つまりカトリーナ嬢にも尽くすことができる!)


 想像しただけで胸が躍った。

 カインという素晴らしい主に仕えられるだけでなく、カトリーナという第二の主を迎えられる未来が待ち遠しい。

 だからアルトとしては、カインとカトリーナに仲良くしてほしいのだが……。



「カトリーナが、あれほど悪女の素質を持っているとは」



 第一王子の私室にて、カインは頭を抱えていた。

 アルトは主人のお茶を準備しながら、先日のカトリーナの言葉を頭に浮かべた。



『どうして本当のことを言っちゃうのよ。黙ってくれていたら、カイン殿下に慰めてもらえるのはアルト様ではなく私だったのに』



 そのまま受け取れば、カトリーナはカインの気を引くためにアルトの不幸を利用した悪女だ。自ら冷たい池に飛び込んだことも含めたら、狂気の沙汰。

 とんでもない令嬢と婚約してしまったと、カインの未来への不安が募るのも当然。


 けれどアルトは、あの言葉がカトリーナの本心とは思えなかった。

 必死にアルトに伸ばされた華奢な手と、令息に向けた怒りの炎を燃やした瞳は、アルトのことを大切に思っていないと表れないものだったからだ。



(数えるくらいしか顔を合わせていないけれど、カトリーナ嬢はかなり賢いお方だ。カイン殿下が悩むことも計算のうちのように思う。僕では分からない何か深い理由があるのかな?)



 カトリーナは素晴らしい令嬢だとカインにも共感してほしいが、カトリーナの思惑が分からない状況で下手に庇うことはできない。



「カイン殿下、カトリーナ嬢の照れ隠しかもしれませんよ! 褒められたのが恥ずかしくなって、思わず悪い子ぶった可能性もあります」

「そう、なのだろうか」

「急に褒められたら、素直になれなくなる人もいると本に書いてありました。カトリーナ嬢の表面上の言葉や態度だけではなく、素顔を探ってみてはどうでしょうか?」



 疑心を溶かすには、他人の言葉ではなく、自身の目で確かめるのが一番だ。

 迷信よりも目で見てきたものを信じるタイプのカインは、特に有効だろう。



「分かった。アルトが言うのなら、先入観を持たずにもう一度カトリーナへと向き合ってみる」

「はい!」



 渋々ながらも応じたカインに、アルトはほっと胸を撫でおろした。

 カインがカトリーナを嫌い、遠ざけたら困る。



(おふたりは僕の生き甲斐になった。僕の未来にはカイン殿下だけなくカトリーナ嬢も必要。できるだけ、おふたりは一緒にいてほしいな)



 アルトは主がカトリーナの魅力に気付くことを心から祈りながら、ティーカップに紅茶を注いだ。




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