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コミカライズ開始記念SS『抜け出せない恋』※アルト視点

2026年1月27日より連載開始のコミカライズ記念SSです!

 ある日の昼下がり。アルトは生家であるラティエ家の厨房で、生クリームを泡立てていた。

 今日は週に一度の休日で、婚約者であるカトリーナとふたりっきりでお茶ができる貴重な日。カトリーナに充実した時間だと思ってもらえるよう、抜かりなく準備をする必要がある。

 ケーキに添えるクリームを、これまでカトリーナが一番頬を緩ませていた甘さに調整するのは当然のこと。

 このちょっとした苦労でカトリーナの笑みを得られるのなら、手間とは思えない。

 むしろ、自分の手で作ったものが彼女の命の糧になっていると考えると、いくらでも手間をかけられる。



「よし、できた。あとは――」

「アルト坊ちゃま、カトリーナお嬢様がお見えになりました」

「わかった。第二サロンに案内してくれる? 僕もすぐ行くから」

「承知しました」



 ちょうどティーセットの準備が整ったところで、来訪の報せがやってきた。

 愛しい人の名前を聞くだけで、胸が高鳴る。アルトはワゴンにケーキとティーポットを載せ、軽やかな足取りでサロンへと向かった。



「アルト様、ごきげんよう」



 そしてサロンに入ると、 薔薇のように赤い髪は波打ち、太陽のように強く輝く瞳を持つ、まるで庭園に住む薔薇の女王のような美しい令嬢――カトリーナが笑みを浮かべて待っていた。



(今日もカティ様は、この世で一番綺麗だ)



 カトリーナは誰もが見惚れるような美女だ。アルトは再会するたびに一目惚れしたような気持ちにさせられる。



「カティ様、拝んでも良いですか?」

「おやめなさい。私はアルト様の婚約者であって、女神ではないのよ」

「それは残念。では愛でるのは?」

「……ほどほどにね」



 拝むことについては冷たく拒絶した一方で、愛でることに関しては恥じらいながら返してくれる婚約者が可愛らしい。

 どのようなピンチにも堂々と立ち向かい、どんな強者にも怯まないカトリーナが、自分の前だけでは“女の子”の顔を見せてくれる。

 それがどうしようもなくアルトの独占欲を刺激した。



「んっ」



 アルトは心のままに、カトリーナに唇を重ねた。

 柔らかな唇の感触に、ふわりとした薔薇の香りに混ざって届く彼女の甘い香り。お酒なんて一滴も飲んでいないのに、酔ったような幸福感がアルトの心を満たしていく。

 顔を離せば、カトリーナは顔を真っ赤にし、不満げな表情を浮かべていた。

 ほどほどにと言われたそばから、約束を破って口付けしてしまったからだろうか。

 アルトは眉を下げて、弱々しい微笑みを浮かべてみせる。



「すみません。カティ様が魅力的すぎて」

「絶対に悪いと思っていない顔ですわね。アルト様ったら前回も同じこと言っていたのに、反省せず顔を合わせるなりキスするなんて、確信犯としか思えませんわ」



 キッとカトリーナに睨まれるが、自分だけを見てくれていると思うとアルトは嬉しいだけだ。

 思わず顔が緩んでしまう。



「ほら! 反省してしてないじゃない」



 バレてしまっては仕方ない。アルトは猫を被るのをやめて、婚約者を誘惑するように甘い笑みを浮かべた。



「ふっ、失礼しました。だって早く結婚したくて、あなたを独り占めしたくて、髪も化粧も僕の手で美しく整えたくて――毎日会いたくて仕方ないのを我慢しているのです。あなたが思うほど、僕の理性は完璧ではないのですよ」

「その笑み……開き直ったわね」

「だって、本当にカティ様への愛しさが止められないので。ではお詫びと言ってはなんですが、特製ケーキとお茶を用意したので許してください」

「それは味次第よ」



 プンプンしながらもカトリーナは席に着き、アルトの給仕を待つ。

 本来、令息令嬢のお茶の席は執事や侍女が準備するが、カトリーナとの時間を独り占めしたいアルトは誰の手も借りる気はない。

 その場でシフォンケーキに生クリームと果実を添え、アルト自らブレンドしたハーブティーをカップに注いだ。



「どうぞ、召し上がれ」

「いただくわ」



 カトリーナはケーキを口にするなり、顔を緩ませた。そしてハーブティーを飲み、肩の力を抜いてホッと短いため息を漏らす。

 王太子カインの希望で、ライバル兼婚約者ミアの教育係であるカトリーナは多忙だ。

 それでも究極の悪役令嬢としての姿を崩さないカトリーナは疲れを隠し、周囲に弱音を零すことはない。

 だからカトリーナが肩の力を抜いてくれることは、最大限にリラックスしている姿を見せてくれている状態。

 誰よりも気を許してくれているようで、そんな彼女の姿を引き出せたアルトは内心ガッツポーズをとった。



「アルト様」

「なんですか? カティ様」



 カトリーナに手招きされたアルトは、軽く腰を折って彼女の顔を覗き込んだ。

 その瞬間、カトリーナの唇がアルトの頬に軽く触れる。

 キスを仕掛けるのはいつも自分ばかりで、彼女からしてもらったのは初めてで……アルトの心臓が飛び跳ねた。



「え? カ、カティ様!?」

「想像していたより美味しかったから、ご褒美よ。受け取りなさい」

「――っ」



 アルトはじわじわと顔に熱が集まっていくのを感じた。

 本当にカトリーナは、いつも想像の上をいく。

 愛情を注ぐ量では勝っていたと思っていたのに、完敗の気分だ。しかも負けたのに、嬉しい気持ちが溢れ出して止まらない。



「ふふっ、アルト様ったら真っ赤。なるほど、されるのは恥ずかしいけれど……好きな方を翻弄する側になると、とても楽しいのね」



 カトリーナは妖艶な笑みを浮かべてから、上機嫌でケーキをまた食べ始めた。

 一方でアルトは口付けが贈られた頬に手を当て、ますます恋の深みにはまっていくのを感じながら立ち尽くしたのだった。



お読みくださりありがとうございます!

本日(1/27)からコミックグロウ様にてコミカライズの連載がスタートしました。

第1話は完全無料なので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!


※ページ下のコミカライズ表紙からジャンプできます※

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