36話 悪役令嬢の覚悟
本日2話目の更新。こちら最終話となっております!
カインの言葉が飲み込めなかったカトリーナは、もう一度聞き直す。
「もう一度仰っていただけませんこと?」
「悪役の復活を頼みたい」
やはり聞き間違いでない。カトリーナは軽い目眩を覚える。
カインとの婚約は円満に解消され、ミアとの関係は良好。アルトが浮気する心配は皆無で、嫉妬する先もない。
悪役令嬢として振る舞うことはもうないと思って、髪のドリルまでなくしてしまった。
というのに?と、カトリーナは警戒する。
「わたくしに、どんな悪役をお望みなのでしょうか」
「次期王妃の筆頭相談役ミルフィス夫人が、その役目を辞退することとなった。代わりにカトリーナには筆頭相談役に着任してもらい、ミアを支えて欲しい。王妃である母上とミルフィス夫人より、承諾は得ている」
「????」
カトリーナは紅茶を口に含んで、頭を整理する。
王妃には社交を円滑に進めるために、相談役が数名付くことになっている。
ドレスの流行や貴族の動向を伝えつつ話題づくりの手伝いをし、夜会の選定やお茶会のセッティグのアドバイスを行なう立場。
ミルフィス夫人はカトリーナがカインの婚約者になった時から用意されていた有能な相談役で、指導者でもあったのだが。
「ミルフィス夫人が辞退なさるなんて……ミアに何か致命的な問題でもありまして?」
「うっ」
ミアが瞳に涙を浮かべると、カインは頭痛を耐えるように額を押さえた。
「問題大アリだ。王妃教育が全く進んでいないんだ」
「なんですって!? ミア!」
カトリーナは強く名前を呼んで問いただす。
ミアは胸の前で手を組んで、祈るように懺悔した。
「だって……だって……カティお姉様の話題で盛り上がって止まらないんだもん! ミルフィス夫人ったらカティお姉様の素晴らしさを語りだしたら止まらなくて、私もお姉様自慢が止まらなくて進まないの!」
「と言うことだ! カトリーナ語りについて競ってしまい、ミアはミルフィス夫人と折り合いが悪くなった」
「なんてくだらないの!」
一気に疲労に襲われ、カトリーナは肩をガックリと落とす。
すかさず、ティーカップに新しい紅茶が淹れられた。
「アルト様……」
「本当にくだらないですよね。カティ様の自慢なら、ネネさんにも勝った僕が一番だというのに、お二人が競うなんて無意味なことを分かっていらっしゃらないのです」
「そこ参戦しないの!」
必死にツッコミ要員を探すが足りない。
「ま、まぁ良いわ。それでなぜ、わたくしは悪役でなくてはならないの?」
「カティお姉様の学園での悪役らしいあら探しのお陰で、自分の欠点がよく見つかったの。ほらクッキーを踏みつけて、刺激的に教えてくれたでしょう? 弱点克服には、追い込んでもらうくらいが最適だと思ったの。それとね……えっと」
「しゃきっと言いなさい」
「カティお姉様の悪役なくして、今の私はいない! そんな大切な存在が……悪役令嬢がいなくなってしまったら私……不安で、寂しくて、だからお願い!」
ミアが上目遣いでカトリーナに大きな瞳を向けた。
ものすごく可愛い。過去のスチルでもこんなに可愛いカットは無いのでは、と思うほど可愛くて胸が痛い。
「私からも頼む」
「カイン殿下……?」
「そなたの尊大な態度への対抗心で、私は常にやる気に満ちていた。無くしてから、どれだけ大切な存在だったか気付いてしまった。学園を卒業すれば、いよいよ難しい公務に携わる。私のやる気のために、国の運営のために悪役令嬢の復活を切に願う!」
カインのこんなにも真摯な眼差しは受けた事はない。今までは敵意しか感じなかったのに、こんなにも友好的になった。
それは喜ぶべきことなのに、素直に喜べない。
「カイン殿下もミア嬢もカティ様を困らせてはいけません。カティ様、お嫌でしたら断れるように影の情報を持ち出しましょうか?」
「おやめなさい」
国の影一族である次期当主が、王家よりもカトリーナ優先で良いのかと不安になる。
(カイン殿下は純粋すぎるし、ミアは甘えん坊すぎるし、アルト様は放っておいたら危険な香りがするし……仕事の面では有能なのは分かっているけれど、国政の要がこのメンバーなんて不安しかない)
カトリーナはテーブルに突っ伏した。淑女失格の行為なのに誰も罵ってくれない。
いよいよ、本気で心配になってきた。
安定の未来を手に入れるためには、休むのは早いらしい。
「手のかかる人たちですこと。仕方ありません。筆頭でなければ相談役はお受けしますわ。ただし、社交界デビューして日の浅いわたくしより、先輩のマダムが相談役を務めた方が軋轢は生まれにくいでしょう。また、わたくしが厳しい指摘をしても罰しないことが条件ですわ」
「カトリーナ、恩にきる。やったな、ミア」
「はい! これで王妃教育の遅れを取り戻せます」
カインとミアはお互いの手を取り労り合った。
早速カインは国王と王妃にこのことを報告するようで、お茶会は一旦お開き。
ミアはカインと一緒に謁見するとのことで、カトリーナとアルトは待機となった。
「カティ様、カイン殿下とミア嬢が戻ってくるまで散歩でもしませんか?」
「えぇ、良いわね」
「ではこちらに。お見せしたい場所があるんです」
差し出されたアルトの手にカトリーナは手を重ねた。
今まで何とも思わなかったのに、握り返された手の力強さに頼もしさを感じる。
カトリーナはアルトに手を引かれ、王宮の奥にある非公開の特別な庭園へと誘われた。
足を踏み入れた瞬間、広がる光景に感嘆のため息が漏れる。
「素敵……見たこともない花がこんなにもあるだなんて。あんなに王城に通っていたのに気付かなかったわ」
「ここは植物の研究を兼ねた庭園です。大陸のあらゆる花木だけではなく、交配による珍しい品種も愉しめます。王族や研究に関わる一部の人しか立ち入りが許されていませんから、知らなかったのは無理もないかと」
「そんな大切な所へ、わたくしが入っても宜しいの?」
「暗殺に使う毒花や麻薬の栽培もしているためラティエ家が多く出資しております。そして管理も任されているので、ラティエ家に加わる者であれば出入りしても大丈夫ですよ」
「ふふふ、それはいい事を聞きましたわ。また来なくては」
相談役の仕事に疲れたら、癒やされに来ようと決める。
前世でも今世でも綺麗なものを見るのが趣味だったカトリーナ。宝石も悪くないが、花の方が癒やし効果がありそうだと心が踊った。
「カティ様は人をある意味駄目にするタイプですね」
「……」
カトリーナは否定できず、口をつぐんだ。
溺愛しすぎる家族。
心酔の侍女ネネ。
依存気味の親友ミア。
そして新しく病み仲間に加入したと思われる婚約者――アルトをチラリと見上げた。
アルトはカトリーナと視線が合うと、幸せそうに微笑みを返してくれる。
しかし穏やかな表情とは裏腹に、闇色の瞳には執着と僅かな不安が混ざっているのが見て取れた。
婚約が成立した際に、ラティエ伯爵家の本当の役目が『王家の影』と聞かされた。諜報員であることはもちろん、時には暗殺業も担っているらしい。
次期当主であるアルトは当然訓練を受けており、実際に王命でいくつか仕事を請け負ったこともあるのだとか。
「そんな目で見なくても大丈夫ですわよ。裏家業や毒花くらいで引いたりしません。わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?」
カトリーナがニッコリと微笑めば、アルトの黒い瞳から不安が消え歓喜へと変わる。
王家の懐刀として誇りを持ちつつも、優しい彼は何度も傷ついてきたのだろう。
こんな些細な言葉で彼の心を救えるのなら、いくらでも言おう。
「薔薇だって鋭い棘がございますわ。安易に手を出せば怪我をする。綺麗なだけではない――わたくしみたいでしょう? 毒花とたいして変わりませんわ」
「あなたって人は本当に」
アルトの手がカトリーナの頭に伸ばされる。
上から下へと赤薔薇色の髪を撫で、白薔薇色のような頬の輪郭をなぞる。そして彼の指は薄紅色の蕾のような口元で止まった。
カトリーナの心臓は弾けてしまいそうなほど強く鼓動していた。
でも大輪の笑顔は絶やさない。
「大切に扱ってくださらないと許しませんことよ?」
「もちろんです。手折ることなく、いつまでも大切に」
カトリーナの唇にアルトの唇が重なった。
優しく、慈しむように角度を変えて数回繰り返される。
それから、ゆっくりとアルトの顔が離れていった。
そして彼はカトリーナを見て破顔する。
「本当に薔薇のようですね」
アルトの瞳には白薔薇だった肌を真っ赤に染めるカトリーナの顔が映っていた。
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