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33話 第二の壁


 予想していなかったアルトの提案に、一瞬にしてカトリーナの顔に熱が集まった。

 あまりにも都合が良すぎる告白に、夢と錯覚しそうだ。



「ほ、本気で仰ってますの?」

「はい。僕にチャンスを下さい。弱ったところにつけ込もうと卑怯なことをしようとし、まだ殿下と婚約解消もしていない時点で告白しようとしていた僕にカトリーナ嬢が失望するのは当然です。ですが諦めたくありません。婚約をしている間に好きになってもらうよう頑張るので、どうか僕にチャンスをください」



 アルトの声色は真剣みを強く帯び、軽い気持ちで言っているのではないと分かる。

 最初は勢いで自分を弄んだ責任を利用しようと思っていたが、好きな人が自分のせいで被るデメリットを想像すると、カトリーナであっても返事に躊躇した。



「どのような理由があっても、わたくしは世間で王太子と婚約解消となった悪女でございます。周囲からアルト様はどんな目で見られるか」

「大丈夫です。カイン殿下とミア嬢との関係を見せていけば、カトリーナ嬢への評価は確実に良くなります。そこまでしても、カトリーナ嬢の素晴らしさが分からない者たちの目など節穴。そんな人間からどんな目で見られても、僕は痛くもかゆくもありません」



 カトリーナの気持ちは、期待で膨らんでいく。



「ほ、本当にわたくしでいいの? カイン殿下と婚約解消によって傷物になったわたくしへの憐みが理由なら、今からでも」

「憐みではありません。ずっと仕えるべき未来の王妃だからと抱かないように蓋をしていた気持ちにようやく気付き、表に出せるようになっただけです。不謹慎だと分かっていても、カイン殿下が婚約解消すると決断されたとき、僕にもチャンスが巡ってきたと喜びで身が震えました。僕はずっと、この世で一番素敵な女性はカトリーナ嬢だと思って生きてきたのですから……!」

「~~っ」



 あまりにも熱烈な言葉が並び、恋愛経験ゼロのカトリーナはキャパオーバー寸前だ。

 彼女を見上げるアルトの瞳は闇色なのに、小さな光が反射して夜空の様に輝いていてそのまま吸い込まれそうになる。



「もう一度申し上げます。僕との婚約を考えていただけませんか?」



 好きな人から、これほど情熱に求められたら答えは決まっていた。



「わたくしでよければ、喜んで。婚約いたしましょう」



 カトリーナが微笑みを浮かべてそう返すと、アルトは蕩けるような笑みを浮かべて、両手でカトリーナの片手を握った。



「ありがとうございます。カトリーナ嬢が下さった貴重な機会を大切にして、これから好きになってもらえるよう、全力で頑張ります。覚悟なさってくださいね」

「ん?」



 アルトの言葉にカトリーナは引っかかりを覚え……すぐに自分の気持ちを伝えていないことに気が付いた。

 恥じらいながら、言葉にする。



「わたくしは、すでにアルト様のことを慕っているの。そこまで気合を入れなくても良いわよ」

「……今なんと?」

「……だから、わたくしはすでにアルト様が好きだと言っているのよ」

「!!」



 アルトは目を真ん丸にして、驚きを露わにした。



「どうして、そんなに驚くの?」

「まだ何もしていないのに、好かれる要素が分からなくて……だって僕は、あなたの悪女の噂よりも忌々しい事実がありますから」



 アルトは気にするように、片手で右目を覆った。

 彼は黒髪と黒目を持っているせいで幼少期から差別を受け、今も苦労しているところがある。

 特に黒目はすべてを見透かす悪魔の目として、この国では多くの人が恐れていた。


 けれどカトリーナから見れば、彼の艶のある黒髪は落ち着きを与えてくれるし、瞳は黒曜石を嵌めこんだかのように美しくて心に潤いを与えてくれる。



「カイン殿下が好きと嘘をついていたにもかかわらず、アルト様に全くバレてなかったのに? 根拠のない迷信を恐れる人間など放っておけばいいのよ」

「はは、カトリーナ嬢の前では誰もが恐れる迷信も型無しですね」

「でもね。アルト様には悪いけれど、実は怖い迷信があって良かったと思っている部分もあるの。余計な虫が寄ってこないから、わたくしがその綺麗な瞳を独占できるってことでしょう? それって素敵なことだと思うの」

「カトリーナ嬢が……僕を独、占……っ」



 ずっとカトリーナを一方的に翻弄していたアルトが、じわじわと顔を赤くしていく。

 初めて見る彼の反応が初々しくて、カトリーナは心をくすぐられる。



「実を言うとね、容姿はカイン殿下よりもアルト様のほうが好みだし、特に穏やかな笑みが好き。いつでもわたくしを気遣ってくれる優しさには癒され、時には励まされたわ。落ち着きのある振る舞いはわたくしも学ぶところが多く、尊敬もしている。わたくしにとって、アルト様は十分に魅力的な男性よ。好きになるのも当然だと思うのだけれど」



 アルトの可愛らしい反応が見たいと思ったら、すらすらと口が動いた。

 しかし、彼の赤くなった顔はそれ以上見ることはできなかった。



「あぁ、夢のようです」



 アルトは腰を浮かし、カトリーナを腕の中に閉じ込めた。



「ずっと焦がれておりました。その美しい金の瞳に長く映されるカイン殿下に憧れ、僕だけに見せてくれる綻ぶ笑顔に優越感を感じ、愛称を呼ぶことを許されたミア嬢に嫉妬してました。最も、カトリーナ嬢と一番長く時間をともに過ごし、寝顔から寝起きまでお世話している侍女が憎……羨ましかった」



 不穏なワードがチラついたが、好きな人に抱き締められて舞い上がってしまったカトリーナの耳はスルーした。



「愛称なら、好きに呼んでもよくってよ。あ、でもカイン殿下の婚約解消が公表されたあと……になるけれど」

「ありがとうございます。来週の公表が待ち遠しくて仕方ありません」

「ふふ、わたくしも」



 カトリーナもそっとアルトの背に手を回し、抱き締め返した。

 アルトの腕の中は温かく、紅茶の香りが漂い、ずっと居たくなるような心地よさがある。

 しばらくふたりは、東屋で抱擁を堪能したのだった。


 帰りは、アルトが屋敷まで送ってくれることになった。

 その馬車の中でカトリーナは、アルトの求婚については彼の両親であるカティエ伯爵夫妻からの承認はすでに取れており、カインと国王陛下も知っていると教えられた。

 知らない間に徹底した根回しがされていたことに、カトリーナはアルトの本気度を感じ取って、ますます舞い上がりそうになる。

 だから彼女は忘れていた、一番説得が難しい人たちのことを……。



「やってきたな。アルト・ラティエ……!」



 屋敷の前で馬車から降りるカトリーナとアルトを待ち構えていたのは、兄ウィリアムを先頭にクレマ公爵夫妻と多くの使用人、まだ学園に残っていると思っていたミアだった。

 彼らは全員厳しい視線をアルトに向けている。



「お兄様、みんなを集めて一体何を……」

「カトリーナは我が家の至宝だ。それは知っているな?」

「えぇ、まぁ」



 自分で言うのは何だが、かなり溺愛されている自覚はある。

 カトリーナが望めば、ギリギリ犯罪的なことも迷わずするくらいには……。



「まさか!」

「あぁ! 今回の婚約解消で、王家であってもカトリーナを幸せにできないと分かった。求婚するとかなんとか聞いていたが――アルト、貴様にカトリーナは渡さない! 強行するなら、森に埋めてやる!」

「「「そうだそうだ!」」」



 アルトに人差し指を向けた兄と賛同するクレマ公爵家一同の姿に、カトリーナは遠い目をした。


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