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32話 第三のルート


 無事に断罪イベントを終えたカトリーナは、生徒会サロンに向かう皆とは別に、「風に当たりたいの」と告げてひとり旧校舎の裏庭に向かった。

 そして東屋につくと、ベンチに寝そべった。



「はぁ〜終わったわぁ。ようやく肩が軽くなった。さすがわたくし! 完璧なハッピーエンドよ」



 逆ハーレムに片足を突っ込んだときはシナリオ強制力を恨みそうになったが、ミアをカインルートのハッピーエンドに導くことができた。

 断罪スチルも今までの頑張りのご褒美というように、礼拝堂に光が差し込みSRスチルがSSRスチルへとレベルアップ。

 カトリーナの処罰は、事実上何もなし。

 他の攻略者と婚約者たちの関係には課題が残っているが、おおむね大団円といっても差し支えないだろう。



「しばらく、のんびり休みたいわね。屋敷に帰ったらすぐに荷物をまとめて、明日にでも領地目指して発とうかしら」



 王都追放という罰はなくなったが、夢の田舎スローライフへの憧れは持ったまま。

 カトリーナの悪女としての評判は根強いため、カインとの婚約解消は双方納得の上となっていても、周囲は信じないだろう。

 あれこれ詮索される煩わしい学園生活を送るよりは、卒業ギリギリまで田舎に引っ込んでいる方が良いように思う。

 どんなことをして過ごそうかと、カトリーナは心を躍らせた。

 だから、()がそばに来ていたことに気付くことができなかった。



「明日にも出ていくとは……僕とお話する時間を作ってくださる約束をお忘れで?」

「――アルト様!?」



 アルトは皆にお茶を出すために生徒会へと向かったはずだというのに、いつのまにか寝そべるカトリーナを上から覗き込んでいた。



(まったく気配がしなかった……っ!)



 礼拝堂で見た穏やかな眼差しと打って変わり、狙いを定めたような鋭さがある。

 撤退は不可能と悟ったカトリーナの脳裏には、ミアに刃物を突きつけた日のことが蘇った。



***



 今から二週間前。カトリーナはミアに鎌を向けて、この東屋にてカインとアルトと対峙していた。


「カトリーナ! 貴様、何をしているのか分かっているのか」

「えぇ! もちろんですわ」



 カインは声を荒らげて怒りを露わにし、アルトは目を見開いて硬い表情を浮かべていた。



「カイン殿下に要求がございますわ!」

「ミアを離せ。話はそれから聞こう」

「できませんわ。ミアを離せば、カイン殿下は話を聞くより先にわたくしの口を塞ぐでしょう。それに日頃から殿下はわたくしの言葉に耳を傾けていただけてませんわ。殿下に聞いてもらうためには、こうする他ありませんでしたの!」



 カインは奥歯を噛み締めて、苦渋の面持ちになる。



「わたくしの要求は――」

「黙れ! 何故罪人の言葉に耳を貸さねばならない。叶うことはない。とにかくミアを離すんだ」

「いえ、要求を聞いてもらうまで離しません。わたくしの願いは唯一。それは――」

「だから黙れと言っている」



 カインは完全に冷静さを失い、ミアを取り戻すことしか頭にない。

 あるいは、我儘を極めたカトリーナの要求を聞くだけ無駄と切り捨てているか。



(悪役令嬢を極め過ぎたかしら!?)



 そう内心舌打ちをしたとき、アルトがカインの腕を掴んだ。



「カイン殿下、ここは話だけでも聞きましょう」

「アルトも戯言を言うか。どうしてお前はカトリーナに甘いんだ!? 目を覚ませ!」

「お言葉ですが、目を覚ますべきは殿下の方です! もっと表には見えない部分まで見てください、カトリーナ嬢は――」

「それを見た上で言っている!」

「いいえ! 殿下はまだ見えておりません!」



 カインの忠実な右腕であるはずのアルトが、強い言葉で反論したことにカトリーナは驚いた。

 しかもアルトの言葉を信じるとすれば、彼はまだカトリーナを単なる悪女ではないと思ってくれている。

 そのことがカトリーナの胸を打ったその時、スポッと手から鎌が消えた。



「二人ともカティの話を聞いてください! これが見えませんか?」

「ミア!?」



 カトリーナの首元へと、ミアが鎌の刃を添えていた。

 なんでお前がカトリーナを人質にしてるんだ――とミア以外の三人の気持ちがハモる。



「これで私もカティと同じく悪いわ。カティを国外追放するなら、私も一緒に付いていきますぅー! 殺さないでー!」



 いや、カトリーナを今一番殺しそうなのはミアだろう。と誰もが思った。

 ミアが泣いているせいで鎌を持つ手がぷるぷると震え、首に刃が当たりそうなカトリーナは顔を引き攣らせた。



「ミア、落ち着きましょう?」

「いや! カティを失いたくない。カイン様が話を聞くまでカティを離さないんだからぁ!」

「~~~~た、助けてください!」



 カトリーナがそう言うやいなや、ミアの毛先が数本ハラリと落ちた。

 アルトが短剣をミアの顔すれすれに向けて投げたのだ。



「「きゃぁぁぁあ」」



 カトリーナとミアが揃って絶叫する。

 カインが慌ててアルトの前に立ち塞がった。



「アルト、暗器をだすな!」

「人質の危機なんですよ。お救いしなければ。今のは警告です。次は確実に当てます」

「待て! お前はどうしてミアが人質のときにしないんだ!」

「助けを求めておりませんでしたので。さぁカイン殿下、そこをどいてください。急ぎカトリーナ嬢を救出しなければ」

「あーくそっ、分かったから! 聞くから! カトリーナ、さっさと要求を言え」

「はい! わたくしに婚約破棄をお申し付けくださいませ!」



 カインに促された勢いのまま、カトリーナは要求を告げた。



「……それは私とカトリーナの婚約破棄と言うことか?」

「はい。そしてミアとさっさと婚約して外堀埋めてください」

「お前は本物のカトリーナか? 大丈夫か?」

「初めて殿下に心配されましたわ。喜んでください。本物のカトリーナ・クレマでしてよ!」



 そして数秒の沈黙のあと、カインは「説明してくれ」と疲れた様子で大きなため息をついた。


 カトリーナは数年前からカインに恋愛感情もなく、王妃への執着がないこと。

 カインとミアがお互いに惹かれているのを知って、応援したくなったこと。

 それ故、あらゆるライバルからの牽制や罠にも対処できるようになるための、訓練的な嫌がらせを行っていたこと。

 正義感の強いカインが罪悪感なくカトリーナを断罪できるように、ミアの口を封じていたことを白状した。


 そして、取り巻き令嬢たちについてはカトリーナの指示でないことを弁明した上で、彼らに最大限の反省と恩を売りつけながら断罪を行うことを提案。

 もちろんカトリーナとミアが前世の記憶持ちで、この世界がゲームと酷似していることは内緒だ。

 カインも最初は半信半疑だったが、ミアが肯定したことでなんとか納得してくれた。



「まさか、私がこれからなそうとしていたことがカトリーナの誘導だったとは。素晴らしい令嬢だとアルトをはじめ、クレマ公爵が言っていた意味がやっと分かった。そなたの器を見誤っていた自分が情けない。ミアの望み通り、私もここまで献身的な悪女に徹してくれたカトリーナに罰を与えたくはない」



 カインが苦しげにそう言えば、すかさず彼の手をミアが包み込んだ。



「カイン様! カティは本当はとても優しいのです。大切な親友なの。それにカイン様に隠し事をしてごめんなさい。嫌いにならないで」

「ミア、もちろんだ。こちらこそ情けない私でも愛してくれるか?」

「当たり前です! 大好きです!」

「――っ、ありがとう。カトリーナに罪が及ばないよう父上を説得しに行きたいのだが、協力してくれるな?」

「もちろんです!」



 カインは国王陛下を説得するためにミアを伴い、あっという間に王城へと帰っていった。

 そうして東屋には熱々カップルに砂糖をぶっかけられたカトリーナとアルトだけが残った。



「えっと……アルト様は、カイン殿下のお側についていなくてもよろしいのですか?」

「今の二人と共に馬車にのったら、色々と耐えられなさそうなので」

「確かに」



 カトリーナとアルトは顔を見合わせると、同時にくすりと笑った。



「カトリーナ嬢のことはよく知っているつもりでしたが、僕までスッカリ騙されてしまいました。以前言っていた理解者というのはミア嬢のことだったのですね」 

「隠し事は人数が少ないほどよろしいですから。でも、結局成し遂げる前に知られてしまいましたけれど」



 危うく殺人未遂や脅迫の罪で国外追放になるところだったが、ミアの暴走に運良く助けられた。

 そうカトリーナが苦笑していると、アルトの眉が下がる。



「カトリーナ嬢に謝らないといけませんね。失恋の弱みにつけ込んで、気持ちを揺さぶるような卑怯な行動までしてしまいました。申し訳ございません」

「……っ」



 アルトの謝罪がカトリーナの胸に突き刺さった。



(謝るなんて……やっぱり“僕を選んで”というのは、本心ではなかったのね。分かっていたじゃない……アルト様がわたくしを大切にしてくださっていたのは、カイン殿下に相応しい身分であり、未来の王妃だったから。その肩書を失った今、ただの他人でしかない)



 アルトがカインに反論したとき、自分は特別だとちょっと期待したことが切ない。



「カトリーナ嬢、僕の本当の気持ちは――」

「お待ちになって。今、その続きを聞くつもりはありませんわ。また今度になさって?」



 恋を自覚した日に、直接本人から失恋を宣告されるのは受け入れがたい。

 もう少し心の整理をして、覚悟ができてからが良いと望んだカトリーナはアルトの言葉を遮った。

 アルトは続きを言いかけた口を一度閉じると、ゆっくりと頷く。



「今は止めておきます。では、いつ頃なら良いでしょうか?」

「断罪劇が終わってから、なら……?」

「……なるほど。僕が性急すぎました。それでは、断罪劇のあとにカトリーナ嬢のお時間を僕にくださいね」

「分かりましたわ」


 その日カトリーナは、後日時間を作るとアルトと約束したのだった。



***



(……断罪劇の根回しがあまりにも忙しすぎて、すっかり失念していたわ。失恋から目を背けたかったのもあるけれど……何度も逃げるのはプライドが許さない)



 二週間前に交わしたアルトとの約束を思い出したカトリーナは身を起こすと、ベンチに座って姿勢を正した。

 悪役令嬢を止めてもカトリーナの美学に「戦略的撤退」はあっても、「逃げ」は消すべきだ。



(そもそも何もしないうちに失恋を受け入れるのも、わたくしらしくないわ。簡単に諦める性格ではなくってよ)



 失恋を受け入れるつもりでいたが、前言撤回。



「確か、揺さぶりをかけた件でしたわよね。このわたくしの心を乱そうなんて、いい度胸ですこと。責任、取れまして?」

「もちろんです。早速、僕から提案しても?」

「え?」



 アルトが積極的に責任を取ろうとする姿勢に、カトリーナは呆気にとられる。

 このあと彼女は「弄んだ責任を取って恋人になりなさい」と脅すように要求するつもりだった。それから自慢の美貌と体で、アルトを落とせばいいと考えていたのだが……これでは、言い難い。



「とりあえず聞いてあげるわ」



 あとで気に入らなければ却下すれば良いと判断したカトリーナは、とりあえず聞くことにして頷いた。

 するとアルトは片膝をつくと、左胸に手を当てた。

 彼の闇色の瞳はいつになく熱が帯びていて、焦がれたようにカトリーナを見つめている。

 そしてアルトは一度大きく息を吸うと、こう告げた。



「カトリーナ嬢、愛しています。僕と婚約をしてくださいませんか?」


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