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31話 運命の断罪


 学園には、祈りを捧げる生徒のために礼拝堂が併設されている。


 礼拝堂の壁は清廉を示すように白亜の石で造られ、床は鏡のように磨かれた大理石が敷き詰められていた。

 そんないつも開放されている場の扉が、今日は重たく閉ざされていた。



「クレマ公爵家の令嬢カトリーナ! 貴様はこれまでにボーデン男爵家の令嬢ミアの制服を切り裂いたり所持品をインクで汚すなど、嫌がらせを繰り返してきた。貴様が行ってきた悪行の証拠は揃っている。弁明はないか?」



 礼拝堂の中では、祭壇の上に立つカインのカトリーナを告発する声が響く。

 ミアはカインの隣で緊張した面持ちを浮かべ、他の攻略対象――側近四人は睨むようにしてカトリーナを見つめている。



「すべては敬愛するカイン殿下のために動いたまで。わたくしに後ろめたい事情は一切ございませんわ!」



 張りつめた空気にもかかわらずカトリーナが強く言い切れば、カインは彼女の後ろで横並びになっている取り巻き令嬢たちへと視線を移した。



「さてカトリーナはこう言っているが、そなたたちは何故ミアに危害を加えたのか答えよ」



 男性陣の冷たい眼差しを受けた令嬢四人は、揃って静かに息を呑んだ。

 だが彼女たちは目を見合わせると、涙を浮かべて顔を上げる。



「本当はしたくなかったのですが、カトリーナ様のお立場を考えたら……っ」



 ひとりが口を開けば、他の令嬢も続く。



「わ、私も同じですわ! カトリーナ様があまりにもお辛そうで、見捨てることができず」

「私もです。ミア様には悪いとは思いましたが、カトリーナ様のご意思を無視することはできなかったのです」

「いつも従っている私たちが、カトリーナ様を止めることなどできましょうか」



 直接指示されたという嘘をつくようなことはしないが、カトリーナが原因だという言い訳が並んだ。

 権力を前に逆らえなかっただけで、本意ではなかったから自分たちには罪は無い――と全ての責任をカトリーナに背負わそうとしているのは明らか。

 けれどカトリーナ本人は、反論することなく静かに佇むだけ。

 カインは眉を顰め、再びカトリーナに向き直った。



「真に残念だ。この度の件、すべての責任はカトリーナ・クレマにあるとし、令嬢たちは不問とする。またカトリーナの処遇は――」

「殿下、お待ちください! 俺たちの婚約者も、カトリーナ嬢に指示されたとは言え嫌がらせをしたのは事実。お咎めなしというのは、いかがなものかと!」



 自分たちの婚約破棄の口実を失うわけにはいかない――と焦った側近のひとりが異論をあげた。

 せっかくカトリーナに責任転嫁できた取り巻き令嬢たちは、硬い表情になる。

 だが、カインは眉一つ動かすことなく、カトリーナへと視線を戻す。



「意見は後で聞こう。王族の正式な命令の言葉を遮るな」

「――っ、申し訳ありません」



 側近は悔しげな表情を浮かべて、後ろへと下がった。

 いよいよ、運命の宣言がされる。



「アッシーナ王国の王太子カインが告げる。本日にてカトリーナ・クレマ、貴様と私の婚約は解消とする。そして新たな婚約者としてミア・ボーテンを迎えることとなった。これは既に国王陛下並びにクレマ公爵の承諾を得ており、決定事項である!」

「カイン様っ」

「ミア、待たせたな」



 カインは処遇を宣告すると、感極まるミアの肩を抱き寄せる。

 その瞬間、祝福するかのようにステンドグラスから日が差し込みふたりを照らした。



「あ……あぁ……っ」



 カトリーナは耐えきれず、声を漏らしながら崩れ落ちた。

 顔を手で覆い、肩を震わせる。

 選ばれし者と捨てられし者の明と暗が分かれ、礼拝堂は時が止まったかのように静寂に包まれた。



 それから一分が経った頃、カシャカシャと機械音が数回、静かに響いた。



「アルト、写真は撮れたか?」

「はい、カイン殿下。きちんと撮影機にてこの場の記録ができました」

「だそうだ。これでいいのだろうな? カトリーナよ」



 カインが冷たい眼差しを消し、苦笑しながら床に座ったままのカトリーナに問う。



「ええ、完璧ですわ。この日を迎えることをどれだけ待ちわびたでしょうか。ふふふ、こんなにも嬉しい気持ちになったことはございませんわ」



 断罪され、次期王妃の座から落とされたというのにカトリーナは恍惚の表情で笑った。彼女の金色の目元は、ほんの少し涙で滲んでいる。

 カインの側近と、取り巻き令嬢たちは状況が飲み込めず唖然と立ち尽くすのみ。

 そんな彼らと違い、アルトは素早くカトリーナに駆け寄って手を差し出した。



「カトリーナ嬢、見事な負け役でした。人気の舞台女優よりも輝いておいででしたよ。さぁ、お手を」

「ありがとうございます。ふふふ、写真の出来上がりを見るのが待ち遠しいわ。額に飾って毎日眺めたいから、できるだけ大きめに現像してね」

「かしこまりました。額も写真に合う物を僕が用意しましょう」

「あら、嬉しい」



 微笑むアルトの手を借りて立ち上がれば、次は祭壇にいたミアが駆け寄ってきてカトリーナに抱きついた。



「ありがとう! カティ、本当にありがとう」

「きちんとカイン殿下をお支えするのよ。そして幸せにおなりなさい」

「うん!」



 前世も含めて母にはなったことはないが、娘を嫁に出す気持ちが分かる。

 手放すのが寂しいと思いつつ、もっと笑顔を咲かせてほしいとエールを送りたくなるような、そんな気持ちだ。

 そうカトリーナが母性を実感していると、カインもそばへとやってきた。



「カトリーナ、一連の計画に感謝する」

「いいえ。わたくしの勝手で、何度もカイン殿下には余計な心労をかけたことを謝罪しなければなりません」

「いや、私が未熟だったのだ。そなたは自慢の臣下だ」

「恐悦至極にございますわ。今後ともクレマ公爵家をよしなに」



 数年ぶりに笑顔を向けるカインから握手を求められたカトリーナは、踊り出しそうな気持ちを抑えながら応じる。

 恋愛感情は無くとも、最推しキャラの笑顔は格別だ。十年頑張ってきた甲斐があったと、再び感動で胸がいっぱいになった。

 そんな感動いっぱいの雰囲気に水を差すように、カインの側近たちが騒ぎ出す。



「カイン殿下、どういうことなのですか? ミア嬢に酷い仕打ちをしていたというのに、婚約破棄だけで済ますおつもりですか!?」

「軽い処分では牽制にならず、また身分の低いミア嬢が他の誰かに嫌がらせを受けるやもしれません」

「それにミア嬢と婚約とは……身分の差から生まれる反発をお考えておられないのでは?」

「新たな婚約も含めて、我々の婚約者にも厳正な処分を与えるようお考え直しくださいませ」



 取り巻き令嬢たちは再び自分たちに罪の矛先が向き、顔を青褪めさせた。

 カトリーナはそれを冷めた目で眺める。



(自分たちで蒔いた種なのに情けない。でも、元をただせば攻略者がカイン殿下とミアに横やりを入れたからよね? どちらも中途半端だわ。ここはラスボスとして、格の違いを見せてあげましょう)



 庇うように取り巻き令嬢たちを背にしたカトリーナは、扇子の先を側近たちにビシッと向けた。



「お黙りなさい! カイン殿下の前で醜態を晒すつもり!?」

「――なっ」

「カイン殿下、わたくしより説明しても宜しいでしょうか?」



 カインが頷けば、ミアは小さく拳を作ってエールを、アルトは期待に満ちた眼差しをカトリーナに送ってくれる。



(さぁ、大団円にむけて仕上げよ)



 カトリーナは薔薇が咲いたような自信に満ちた笑みを浮かべ、側近たちと対峙した。



「わたくしはカイン殿下の幸せのためなら、悪人になることも厭わない。そんな覚悟で、婚約者として名乗りを上げました。そうして学園に入り、わたくしよりミアの方がカイン殿下の力になれると判断。ミアを殿下の婚約者に押し上げるべく、わたくしは殿下に婚約破棄の口実を作るための悪行を重ねておりましたの」

「……どうして、そんな面倒で遠回りなことを」

「王都郊外で育ってきたミアは、王都の貴族特有の駆け引きや陰湿な罠には慣れていません。しかし、対処できないようであれば王妃など務まらないのも事実。なので表向きの婚約破棄の理由を作りつつ、わたくし自らミアに試練と教育を与えてましたの。ちなみに身分を引き上げるために、ミアをクレマ公爵家の養女に迎えることになりましたので、皆様のご心配は無用でしてよ」



 原作のシナリオでもカトリーナの情状酌量と引き換えに、クレマ公爵がミアを養女として迎え入れて後ろ盾になっていた。

 ちなみに今回は「ミアが気に入ったから、妹に欲しいの」とカトリーナが家族に相談したら、二つ返事で承諾がもらえた。

 ミアの両親であるボーテン男爵夫妻は驚きつつも、「私、カティの妹になりたいの♡」とヒロインの上目遣いを炸裂させればイチコロだった。



「国王陛下の説得、クレマ公爵の根回し、ボーテン子爵家への説明など多忙になり、わたくしは嫌がらせをする余裕がなくなっておりましたわ。婚約破棄に必要な罪が足りなくなり、困っていたところ助けてくれたのは、わたくしの友人――皆様の婚約者たちの存在です」



 カトリーナは妖艶な笑みを浮かべて、取り巻き令嬢たちへと振り返る。

 彼女たちの肩がビクッと大きく跳ねた。

 だがカトリーナは遠慮なく“余計なことを言わないで”という圧を視線で送りつつ、説明を続ける。



「双方への説明不足と、加減を間違えてミアに恐怖を与えてしまうこともございましたが、彼女たちがわたくしの罪を作ってくれたお陰で、陛下も認める婚約破棄が叶いました。友人の皆さまの協力には感謝しておりましてよ」

「そん……な。知らなかったのは俺たちだけだったのか?」 



 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか。側近たちは閉口した。



「カイン殿下がどうして、側近である皆様に打ち明けられなかったか……胸に手を当てて考えることをおすすめするわ。でもね、わたくしはカイン殿下の思い込みだと思うのです」

「は?」

「わたくしと同じくカイン殿下の忠実な臣下が、カイン殿下のものを取ろうなんて邪な気持ちを抱くはずがありませんもの。ミアが可愛いから誰もが好きになってしまうという、カイン殿下の初々しい嫉妬のせいだと推察したのですが……そうよね? 本当にカイン殿下の懸念した通り、わたくしが裏で動かなくてはいけないような事情なんてないわよね?」



 カトリーナが軽く振り返りぐっと笑みを深めれば、側近四人は顔を引き攣らせて「その通りです!」と声を揃えた。

 恋で盲目になっていた彼らも、ミアに恋慕していたことが公になれば、王太子の側近という立場を失いかねないことをようやく理解したのだろう。



(ミアに関すること以外は、とても優秀で仕事に真面目な側近たちだもの。未来の国政を支えてもらうためにも、簡単に切り捨てては勿体ない。彼らの弱みを上手く使って、こってり働いてもらいましょう。次、カイン殿下の慈悲を裏切ったら許さないけれど)



 さすがのカインも、側近たちの“ミアに恋心はなかった”という言葉は鵜呑みにはしていない。

 だが、彼は根っからの聖属性。『人間たるもの過ちは犯す。今後、私を裏切ることなく忠誠を捧げるならば、彼らのミアへの気持ちは知らなかった振りをしようと思う』と割り切るつもりらしい。

 ミアも『側近たちが、スッパリキッパリ諦めてくれるならそれでいいよ』という調子だった。



「ふふ、皆様のあらゆる誤解が解消され何よりですわ。本当に――皆様には苦労をかけましたわね」



 カトリーナは取り巻き令嬢たちとの距離を詰め、彼女たちの手を集めて一箇所に重ねた。

 そして彼女たちにしか聞こえないように、顔を近づけてそっと囁いた。



「わたくしに罪を被せようとしたことは特別に目を瞑りますわ。次やったら……ふふ。分かるわよね?」

「!!」



 カトリーナが重なり合う手に力を込めれば、取り巻き令嬢は激しく頷いたのだった。



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